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四章

マークス家

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 平日の昼下がり。
 普段ならサラちゃん達と一緒に学園にいるのだが、今日のオレは別行動。オレは公爵家の一つ、マークス家に侵入していた。最後の攻略対象、スレイヤ・マークスの情報を掴むために。

 それは先日の話し合いでのことーー


~~~~~~~~~~~~~


「ーーつまり、未だにスレイヤは学校に来ない、と?」

「えぇ。彼の友人達も困惑しているようです」

 シルヴァ君の説明にゼルクさんが唸る。
 彼はここしばらく、学校を休学していた。それも当初は1ヵ月程度だと聞いていたのに、気づけばもう2ヵ月を過ぎている。その上、3週間後には夏休みに入る。魔人との戦いに備えた訓練は早いに越したことはない。だが、今のまま手をこまねいていては、下手をすれば何ヵ月も先の話になってしまう。

「参ったな。学校側はなんて言ってる?」

「マークス家には、『このまま休学が続くようならば、退学も視野に入れる』と伝えたそうです。ただ、マークス家はそれでも事情を話さないようで……」

「そうか……。玉木、お前からみて、スレイヤは戦力として必須だと思うか?」 

 ゼルクさんがオレに問いかける。
 まぁ、そもそも魔人と戦えるのは、国中見渡してもクレアちゃん含めた8人だけ。そこから1人減るとなると、単純な人数比でいえば1割を超える減少値だ。問題がないわけがない。
 ただーー

『彼の戦闘能力は、恐らくメルク君や剣を握ったロイド君より上です。だから決して弱くは無いんですが……こういう言い方もあれですが、正直、今のメンバーに比べて優先順位が低いのも事実です』

「成程。やはり、といったところか」

「どういうことですか?」

 クレアちゃんがこてん、と首をかしげる。

「玉木の見せたメンバー表を覚えてるか? アレに書いてあったスキル。例えばメルクは医術だ。そしてロイド、シルヴァは戦闘に使えるもの。カイウスだけは何も無かったが、その分1対1なら最強と書かれていた」

 自分だけ何もない、という言葉に一瞬カイウス君の顔が渋くなったが、その先の言葉を聞いてまんざらでもなさそうに黙り込んだ。わかるよ。『スキルは無いけど最強』って何かカッコいいよね。

「そしてスレイヤのスキルは『索敵、盗み』。本来なら戦いには必須な能力だ。ところが……だ。オレ達には既にそれが出来る仲間がいるだろう」

「え?」

「玉木のことだよ。実際、これまでアタシらも玉木に情報収集や敵の配置を調べてもらったりしてるだろう? 玉木の能力は技術や経験で真似ようがないからね。いくらスレイヤってのが優秀でも、玉木を超える事はないだろうね。なんなら、玉木に負ぶさってもらえばシルヴァやカイウスだってそれ以上の事が出来ちまう」

 キョトンとするクレアちゃんに、ゼリカさんが補足する。
 そうなんだよな。スレイヤ君には悪いけど、こと偵察に関して言えばオレの能力が余りにも無法過ぎる。ゲームでも盗賊職だったから戦闘は弱くはないけど強くもない。
 参謀役としても、勧誘した時の様子じゃあゼルクさんやロイド君達に並ぶとも思えない。
 彼もロイド君に負けないほどクセのある子だったから、学校に来ていたとしても仲間にするのは苦労するだろう。こちら側に引っ張ってくる手間を考えると、彼の加入が必須とは言い難いんだよなぁ……。
 ま、それでも幸か不幸か、オレやサラちゃん、フローラさんは訓練してもそれほど強くはなれない。つまり、オレ達は訓練以外の事に時間を割いてもあまり問題がない。
 だからまぁ、オレに出来る調査はしておくに越した事はないな。

『ゼリカさんの言う通り、彼の加入は必須とまではいきません。ですが、それでも調べるだけは調べておきます。魔人が関わっている可能性も無くはないですから』

「ふむ。そうだな。そこはお前に任せる」


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 そうしてサラちゃんからマークス家の場所を聞き、1人で調査にやって来た。サラちゃんは学校があるし、フローラさんだってメイドとしての仕事がある。
 魔人が関わっている疑いがあれば別だが、今の段階ではオレだけで充分だろう。

 屋敷の方は流石公爵家といったところ。石造りでどこか品のある壁や柱の様相は、シルフォード家と同じく小さなお城のようだ。
 しかし、なんか雰囲気がピリピリとしてるな。
 まぁ、同じ公爵家でもシルフォード家は当主がパパさんだ。緩くもないけれど、真面目なだけで殺伐とはしていない。
 だけど……それにしてもなんか剣呑じゃないか? 従者たちはどこか落ち着かない様子だし、執務室にいたスレイヤ君の父ーー当主らしき人物も涼しい顔をしてはいたが、どこか不機嫌そうにも見えた。
 それに、スレイヤ君はどこにいるんだ? 屋敷中を飛び回ったがどこにもいない。まさかガスクの時みたいに地下に幽閉されてるわけはないだろうけど……。そもそも彼の部屋は一体どこなのだろうか。

「ーーでーーからーー」

 ふよふよと飛び回り、屋敷中を探していた所で、上から声が聞こえてきた。この上はーー確か執務室だな。さっきまで1人で黙々と仕事をしていたけれど、誰か来訪者がいるのだろうか?
 床から頭をのぞかせると、そこにいたのは20過ぎくらいの男だった。

「ーー次に、サルテ地方からの報告です。神鏡の使い手が現れた事で、魔人の存在に怯える者が出てきているそうです」

「そうか。それで?」

「はい。魔人への恐怖で仕事に集中出来ない、と工業品の生産量が少しずつ減少しており、昨年比でいうと1割減といったところです」

「ここでもか……。魔人が姿を見せないから余計だろうな。伝承では魔人の恐ろしさしか語られておらず、その姿形は謎のまま。何か動きでもあればいいというのにじれったい」

「ですね。殿下も神鏡の子娘も、さっさと仕事をしてくれると楽なのですが」

「全くだ。双竜にしてもアレらを甘やかしてばかりだと聞く。平民など、家畜と同じ程度の脳ミソしかないのだ。しつけが肝心だというのに……」

 ブツブツと呟くマークス家当主。
 ふむ……。色んな意味でパパさんとは違うらしいな。あまり好きになれそうにない。

「それから、学園からまた連絡が来ました。いい加減、スレイヤを登校させろと」

「ちっ。どこまでも迷惑をかけおってあの愚図が」

「流石に面倒ですね。こちらで手をうちますか?」

「いや、いい。いちいち居場所を探すのも面倒だ。もうじき学園も夏休みなのだろう? なら、その時期に一度帰って来たことにして、勘当するとしよう。一応息子だからと学園に入れてやったのだ。これ以上はしてやる義理もなかろう」

「そうですか。では、そのように」


 そう言って男は踵を返し、退出する。
 ふむ……。スレイヤ君の見た目や言葉遣いから予想はしていたが、やはり家族仲も悪いらしい。
 しかし参ったな。屋敷にいないどころか家族すらも居場所を知らないのか。
 そうなると、どう探せばいいだろうか。とりあえず、さっきみたいに立ち聞きしながら情報を集めるか。


 …………


「ーースレイヤ様、どこに行かれたのかしらね?」

 調査を始めてから数時間ほど経ち、とうとうお昼も過ぎた。有力な情報が見つからないまま、焦燥感に駆られだしたころ、ようやく気になる情報が聞こえてきた
 天井から顔を出して声の主を確認すると、二人のメイドが部屋の前でこそこそと話していた。

「この部屋のシーツももう週一回しか交換してないけれど、最近はずっとシワ一つ無いから、もう帰るおつもりもないのかもね」

 そう言ってチラと部屋のドアに目を向ける。ふむ。と、なるとこの部屋がスレイヤ君の部屋ということか。
 ドアを透過して部屋を覗く。……これが、公爵家子息の部屋? 窓も机もなく、大きさも2畳くらいしかない。ハッキリ言って、物置にしか見えない。

「まぁ、帰って来てほしい訳でもないけれど……」

「そうねぇ……。そりゃあスレイヤ様の事は不憫に思うけど、あんなに横柄な態度を取られるんじゃあねぇ……」


 ……不憫、ね……。スレイヤ君、どうやらかなり複雑な家庭環境らしいな。

「それに噂もあるのよ」

「噂?」

「街で聞いた話だけど、なんでも借金取りの中に灰色の髪にバンダナを巻いた少年を見かけたって噂があるみたいよ」

「借金取り……? まさかーー」

「そ。ゲイグス・ファミリー」

「な……!? 嘘でしょ?」

「あくまで噂よ。実際、流石のスレイヤ様もマフィアには加わらないでしょ」

「そ、そうよね……」

「さ、とりあえず仕事に戻りましょ」

 そう言って部屋から離れていくメイドたち。この国にもマフィアなんているんだな。いや、オレがサラちゃんの周囲しか知らないからなんだろうな。国境付近では他国との小競り合いもあるようだし、本当に平和ならゼルクさんみたいな歴戦の兵士もいないだろう。

 一応、スレイヤ君の部屋に手がかりが無いかを確認した上で、もう少し色々と調べてみるか。
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