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四章

スレイヤの因果

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「……それにしても、参ったなぁ」

 今日も今日とて、オレは一人でスレイヤ君の元を訪れていた。サラちゃんとフローラさんから、オレが彼を見捨てる姿を見たくないと言われたからだ。

「ーーって言われてもなぁ……。正直オレに出来ることなんて特に無いよなぁ……」

 仲間にならないならば、オレの存在をバラす訳にはいかない。そうなると、オレからは基本的に干渉出来ない。
 ただただ彼の生活を見守る。それも無断で。……これはストーカー以外の何者でもない。

「何が悲しくて男の子の生活を観察しなきゃいけないんだろうなぁ……」

 はぁ、と溜息をつく。
 そして当のスレイヤ君はというと、今日も借金の取り立て業務に勤しんでいた。相手は屋台のオヤジさんだ。かっぷくは良いが、威厳はなくオドオドとしている。

「こ、これ……今月分です」

「なんだ。ちゃんと払えるのかよ。つまんねーな……」

「はは……」

「おい」

 スレイヤ君が相手の肩に手を回す。

「ひっ!? な、なんでしょう……?」

「おいおい怯えんなよ。金は返してんだから手を出したりはしねーさ。ただよ? オレもちぃっと退屈でよ? あまりにもすんなり終わっちまったから遊びてーんだわ」

「そ、そうですか」

「だからよ。ちぃっと遊び代をーー」

 そこまで言いかけた所でスレイヤ君が考え込んだ。

「ーーいや……この辺で遊べるとこはねーか? 適当な賭場とかよ」

「と、賭場ですか……? それなら、南の繁華街にありますが……」

「そうか。分かった」


 そう言って離れるスレイヤ君に、オヤジさんは安堵の息をついた。
 ふむ。あの人から金を巻き上げるつもりだったのかな? だけど流石にスレイヤ君もそこまで馬鹿じゃなかったようだ。キチンと返済している相手にちょっかいをかけ、取り立てに支障が出れば、スレイヤ君が責任を取らなければならなくなる。ただでさえ彼はまだファミリーに加わっていないんだ。どうなるかは想像に難くない。

 だけど、それにしたって危なっかしいなぁ……。今の所はスリやカツアゲといった犯罪行為はしていないけれど、さっきの様子だと多分前科がいくつもある。サラちゃん達にも手を出そうとしていたし、ひょっとしたら強姦だってしたことがあるかもしれない。

 ……やっぱり、彼の加入は簡単に認める訳にはいかない。せめてこれらの事にキチンと罪悪感を覚えさせてからだ。だけど、そうなると彼を躾ける事の出来る人物が必要だ。
 しかしオレは姿が見えないし、ゼリカさん、フローラさんだとこじれかねない。唯一ゼルクさんなら指導出来るかもしれないけれど、付きっきりになる訳にもいかない。
 他に考えられる人物としては……王子やサラちゃんのツテを使って指導員でも雇うか? でも、そんなのスレイヤ君に一ミリもメリットが無いから言う事を聞くとは思えない。
 スレイヤ君に舐められない人材の確保に加え、スレイヤ君がそれを聞く理由、か。

 いくら考えても思いつく気はしないが、これもサラちゃん達の為。やれるだけの事はするしかないな。


 …………


「ーーここか」

 スレイヤは一人、南の繁華街にある賭場にやってきた。中に入り、様子を確認するために一通り見て回る。

「……へぇ。ルーレットに競馬。ポーカーにブラックジャック。一通りは揃ってんな。それにーー」

 周囲を見渡し、客の表情を確認する。

(ヤバそうなのもいるが、それ以上にカモも多そうだ。良い賭博場じゃねーか)

 スレイヤは内心ほくそ笑んで歩き続ける。と、一人の客にぶつかった。

「っと、わりぃなオッサン」

「ってーなーーあ? なんだぁ? なんでここにガキがいやがる?」

「あ゛?」

 ガキと言われ、ギロリと睨むスレイヤ。相手はひょろっとした30過ぎの男だが、目は挙動不審で、黙っている間もやたらと口が開く。お世辞にも聡明には見えなかった。しかし、彼はスレイヤを子供だと侮っているようで、ニタニタと嘲笑ってくる。

「あんだオッサン? なんか文句あんのか?」

「おいおい、随分とナマイキだな。大丈夫かボク? イイコにしてないとパパとママに叱られちゃうぞ?」

「あ゛あ゛!? テメェナメてんのか!」

「わー。おねがいだからなぐらないでー」

「ちっ、ふざけたことぬかしやがって! テメェ、そこのポーカーで勝負しやがれ!」

「仕方ないなぁ、ちょっとオジサンが遊んであげよう」

 感情をあらわに怒鳴るスレイヤ。そんなスレイヤが面白いのか上機嫌で席につく男。だが、こうして激昂してみせたことはスレイヤの計算のうちだった。

(くく……。簡単に挑発に乗るバカなガキ、テメェのような覇気のねぇ野郎からすりゃよだれものだろ? せいぜい油断してくれや。オレをガキだと侮ったこと、後悔させてやるぜ)


 …………


「くそっ! これでどうだ、フルハウス!」

「くく……残念だなぁオッサン。フォーカードだ」

「なっ……!?」

「はーい。じゃあ今回もイタダキまーす♪」

 スレイヤ君は先程から何連勝もしている。その結果、スレイヤ君の手元のチップは数倍にまで増えた。当然、相手のチップは殆どなくなっている。

「ふ、ふざけるな! お前、イカサマしてんだろ!?」

「はぁ? 何言ってやがる。言いがかりはやめろよ。大体、イカサマしてんならこの程度の勝ちで収まるかよ」

 1対1でのポーカー。全体を通したスレイヤ君の勝率は4割弱。単純な勝利回数で言えばスレイヤ君の方が少ない。
 しかし、彼は序盤にわざと連敗してみせた。簡単な挑発ですぐに感情的になったスレイヤ君は、この男からすれば美味しいカモに見えたのだろう。だが、中盤以降にスレイヤ君は連勝しだす。カモだと思っていた相手に連敗し、相手の判断力はどんどんと鈍っていった。加えてスレイヤ君は勝負どころではかなりの引きを見せ、結果的には大勝してみせた。

 ただ、ぶっちゃけ彼はイカサマをしている。
 このカジノは簡単にイカサマが出来ないように、ディーラーがついている。
 だからカードを配るのはディーラーであり、基本的には山札を触る事など出来ない。だというのに、気づいた時には彼の袖には一枚のカードが隠れていた。スレイヤ君を注視していて、かつ認識されていないオレですらいつ抜いたのか分からなかったのだ。他の人たちはもっとだろう。
 そして五枚のカードが配られた後は、必要に応じて袖の一枚と入れ替える。つまり、スレイヤ君は自分だけ手札六枚でポーカーをしている。勿論その入れ替えにも細心の注意を払っているようで、いまだに数回しかしていない。
 加えて、勝負師としてのカンもあるようだ。引き際と攻め時を正しく見極めている。
 結果、大事なところでキチンと勝利を収めてのこの結果だ。恐らく、ゲームでのトラップ解除にもこの器用さと慎重さを活かしていたのだろう。

「んじゃ、これで終わらせてもらうぜ」

「ふ、ふざけるな! まだオレはーー」

「悪ぃがここまでだ。大勝ちした後は判断も鈍るんでね。今日は帰らせてもらうぜ」

 
 袖の一枚を忍び込ませ、何事もなかったかのように全ての手札を返却する。褒められたものではないが、それでも鮮やかな手並みだった。彼が盗賊職として優秀だ、というのも納得だ。

 席を立ち、足早に換金を済ませてスレイヤ君はカジノを後にした。あれ以上勝てば周囲の注目も凄かっただろう。こういったリスク管理も出来るらしい。流石は攻略対象。粗野であっても優秀ではあるようだ。

 それでもそこそこに勝った後だから警戒はしているのだろう。先ほどのチンピラにつけられていないかと後ろを気にしつつ、路地裏を抜けて大通りを目指す。そしてようやく大通りに出るかと思った所で、スレイヤ君は思わぬ人物と遭遇した。

「……え? スレイヤ様……?」

「あ゛? ……テメェは確かーー」

 そこにいたのは二人の護衛を連れた少女ーーエレナちゃんだった。
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