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第五話 姉の婚約話

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 しばらくして、公爵アルフレッド(父)がカトリーナに話を持ちかけてきた。ベレーナの婚約についてだ。それまではやっと訪れた平和な日常をカトリーナは堪能していた。いや、機嫌が最悪で堪能している気分ではなかった。
 ベレーナが婚約するなんていうのは、カトリーナの婚約よりも一大事。絶対にありえないことだ。アルフレッドもカトリーナも、以下兄弟も、全員が信じられないような気持ちで過ごしていた。

(あのお姉さまが婚約話をイエスと言ったなんて…。信じられないような。いや、実際信じられない。そんなことあるはずないのに。どうしたのかしら…?私の婚約が決まったから?そんな事あるかしら。)


 ベレーナが婚約するなどそう、ありえないこと。ことは二日前。




 カトリーナの婚約が決まっても精神的に疲れていたアルフレッドが珍しく上機嫌で返って来た。それどころかそう見たことのない笑顔で、いや、機嫌でこう言い出した。カトリーナに。

「カトリーナ。喜べ!ベレーナの婚約についてだ。決まったぞ。」

 珍しく上機嫌なアルフレッドとは正反対に、カトリーナはここ最近、婚約が決まってから機嫌が最悪だった。そんなカトリーナの口から出てきたのは、

「はっ?えっと、な、なんと?」

だった。

(ありえない。聞き間違えじゃないかしら。私としたことが…。なぜ、それも急に?お姉さまの婚約の話になるの?だいたい、あの人、婚約話が出たら舌を噛み切ってやるって仰っていたのに?)

 カトリーナは珍しく混乱した。

 カトリーナが驚いたのは、そんなカトリーナの様子を気にもとめない様子で話すアルフレッドのことだった。

「いや、やや、半ば強引に話を勧めたんだがな。いやあなんと、あのベレーナがうんといったのだぞ。これを奇跡と言わずしてなんという。」

(いや、お父様が勝手に決めただけで、お姉さまは「うん」とはいっていないのでは???しかし…。)

「まあ、混乱するのもわかる。ゆっくり考えろ。・・・わたしもなあ、あーあ、しかしお前たちが嫁にいくとなると・・・。」

 言い濁した、やや棘の含む瞳で見つめたアルフレッドをカトリーナは睨み返した。

「なによ、結婚させたくないのならさせなければいいじゃないの!何が不安なの?結婚お話を持ち出してきたのはお父様だっていうのに!」

(まるで私達に前科があって心配っていう瞳で見つめないでよ!そんなに心配なら婚約を解消してくれれば済む話なのに。・・・もしかしてお姉さまが『Yes』といったら私の婚約はそのまま…?どうしよう)

「なんだ、その言い方は。親に向かって何という口の聞き方だ。しばらく頭を冷やしていろ。とにかく、ベレーナの婚約は決まったことだこらな。覆らないぞ。…よっぽどのことがなければな。」

 あいにくと言うか、カッとなっているカトリーナには、アルフレッドがボソッと言った最後のことは聞こえていなかったらしい。

 姉の婚約をやや他人事として考えていたカトリーナにとって、思わぬ悲報となった。
 アルフレッドは、そんなカトリーナを見て、頭を抱えて帰っていった。

 カトリーナは……。現実の悲しさを突きつけられた。

(だいたいまだ、十代半ばなのに結婚しなければならないなんて。もう少し遊んでたかったなあ。いや、私は、あのペテン師とは結婚したくないわ。頑なに、絶対にね。)



 時を見計らってユリアが声をかけてきた。恐る恐るといった様子で。しかし、エミリーはさすがというか、肝が座っていた。

「カリン様。あのですね、その、ベレーナ様の婚約の話は、本当なのですか?いや、疑っているわけではないのですが、それでは計画が……」

 機嫌が悪いカトリーナは怒鳴り返していた。

「うるさいわねえ。お姉さまが良いというはずないとおもっていたのに!だいたい、そんなウジウジしていたらこの計画はできないわよ!」

 この二人、喧嘩は対等にできるらしい。

「はい?ウジウジですって!?いつどこでわたくしがウジウジしていたって言うのよ。だいたい、カリン様こそズーッとウジウジベットでしていたじゃないですかあ!」

「は?う、うるさいわねえ!そっそれは、別にいいじゃないの。わたしは、ユリアがウジウジしているのが…!」

「はい?なんでカリン様はよくってわたくしではだめなのですか?」

 やーややかましく言い合っている二人。

 救世主というべきはエミリーだったのだが……。今の二人には不動明王にすら見えた。
 エミリーは、感情のない瞳で言った。

「おやめくださいまで。今回の件、私は言いたいことがあります。お二人にです」

「「はい!?」」

「だいたい、カトリーナ様が機嫌が悪ういらっしゃられた理由は分かります。しかし、他人に当たり散
らすのは良くないことです。ユリア、貴方もねカトリーナ様の機嫌が悪かったのは分かっていたことでしょう。なにも突っ込まれることは無かったのですよ。」

「「すみません!」」

「まだお話があります。おふたりとも」

 こうしてエミリーの長いお説教は明け方まで続きましたとさ。おしまいおしまい。
 で、終わらなっかた。思わぬ話を聞いたからだ。

「…………聞いていらっしゃいますか。おふたりとも。これだから旦那様がジョセリン様をお呼びになるという話になってしまうのよ」

 最初に驚いたのはユリアだ。カトリーナは固まってしまった。

「お母さまが何故?最近忙しいから伯爵邸にも帰ってないって言っていたのに。……そんな暇あったの?」

 ユリアのお母さん、つまりジョセリンは王宮に出仕している身だ。休みはもらえるが、領地経営があるので滅多に会わないらしいのだが。いくら公爵といえども陛下の、王妃の右腕とも言えるジョセリンを借りれるだろうか。

(ジョセリンが戻ってきてくださるなら、いや会えるなら、婚約も仕方ないのかなぁ。)

「ホントナノ、エミリー。いや、ホントでは無かったら怒るからね」

 いや、怒るどころではないだろうが。

(こほん。珍しく取り乱してしまったわ。けれど、私の親とも呼べるジョセリンが、ジョセリンに会えるなんて……)

 実を言うと二人は、いやカトリーナは二週間に一回くらいのペースであっているのだが。最近は忙しくて、こないだのパーティーもすぐ帰ってしまう始末だったのでカトリーナは怒っていたのだ。ユリアといえば…。公爵家が自分の家という感覚すらできているのでどう思っていることか、カトリーナは不思議に思っていた。

 ちなみにエミリーの話をカトリーナが聞いた所によると、ジョセリンはたいへん驚いて、仕事がとても早くなったとか、しばらく放心状態だったとか。言っちゃえばものすごーく驚いていたということになる。

 ありえないことでも、分からないこともないと言えるだろう。何せジョセリンはキャサリンの乳姉妹だからだ。そう、ずっと一緒にいたジョセリンは、婚約の話などイチからジュウまで知っている。そんなキャサリンに懲り懲りしていいいたジョセリンは、最初こそ驚いたが、キャサリンの子のことだ。意外とすぐに放心状態から回復して、含みのある表情で手紙を読んでいたらしい。勿論、カトリーナのしようとしていたことまで分かってしまったかもしれなかった。

 ……カトリーナにとってそれがいちかばちかは置いておいて。

 ……そもそもキャサリンと一緒にいたジョセリンは共犯とすら言えたかもしれなかったので、犯行の手口まですべて分かったと言ったほうが正しいだろう。

(ジョセリンもジョセリンよ。大体いつも私が考えていることをぜーんぶ見透かしてしまうのだから。ジョセリンに隠し事などできやしないのよねぇ)

「でも本当に来るなら私は嬉しいわ!早く来てくださらないかしら」

「ええ、私も嬉しゅうございます。ジョセリン様に会えるなど久しぶりのことですから」

「お母さまとカリン様が一緒に会えるなんて…!こんな嬉しいことはありませんね」

 カトリーナの婚約の落ち込みや、喧嘩など無かった事にしはなしている三人は幸せそうでした。
 また、その話を聞きつけた使用人一同もほっと息を吐きました。めでたしめでたし。でことは終わりませんでした……。






 ……ところが、そんな喜んでいる気分ではない人が約二名(三名)いました。



 この件で誰よりも頭を抱えていたのは旦那様ことアルフレッドだ。なんせ、お転婆娘が寄りにもよって二人も嫁いでしまうのだ。自分で決めた話ながら一番アルフレッドが後悔していたと言えるだろう。いや、後悔どころかうわ言に恨みを言う始末。
 国王に仕事は増やされるは気の落ち着かない日々をすごしていた。しかし、宰相としての仕事を放棄するわけにもいかず、部下に当たり散らすわけにもいかず。



 加害者の一人としてカテールが上げられるだろう。アルフレッドには当たり散らされ、多くなった仕事をこなし、家に帰ったら義母様、ソフィアのぐちの相手を務めなければならなくてはいけなくなったのだから。
 また、カミリアの相手と、カテールが四人いても務められる役目では無かった。皮肉にもカテールができたのは、宰相であり、天才とうたわれた父をもっていたからだろう。
 とにかく、頭を抱えていたことには変わりなかった。



 もうひとりは今回の件の被害者と言うべきか、加害者と言うべきか、とにかくベレーナだ。
 少し考えれば当たり前のことだ。なんせ、ベレーナは婚約したくなかったのだから。
 いきなり婚約の話を聞かされ、もう決められたことと言われたら誰でも頭を抱えるに決まっている。いや、ベレーナはとてつもなく悩んでいた。これ以上悩むことはないだろうというくらいに。人生で。
 勿論、周りの人もおかしいとは思っていたのだ。しかし、口に出すことは無かった。

 皆の知らぬところで悩んでいたのはもうひとりいたが。


 人々は思ったことだろう。キャサリンなら対処法も分かっていただろうに、と。

(お母さま。私達はどうすれば良いのですか。お母さまはどうして一五で嫁ぐことができたのですか。教えて下さいませ。わたくしたちに。どうか、神様。どうするのが正しいのですか。)

 答えのないこの話。実は解決策は直ぐ側にあったというのに。・・・誰一人として気づくことは無かった。






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