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第六話 お姉様と私、そして
しおりを挟む「お嬢様、聞いておられますか?ジョセリン様がいらっしゃるのは二日後に決まったそうですよ。エイミーも久しぶりに会えるとなると、嬉しゅうざいます。――って、お嬢様、聞いておられますか?」
エイミーが言ったことは聞いていたことには聞いていたのだが、今の私の頭の中はこないだのお姉さまの言ったことでいっぱいだった。
時はしばし遡るが――。
あの時、確かにお姉さまは、私の部屋に来ると何かを決意したようにこういった。
『カリン、わたくしは確かにお父さまが間違っているとは思うわ!カリンがどう思っているかは知らないけれど……』
『お姉さま?どうかしまして?』
『いっ、いえ、だからわたくしは……。あのね、カリン、貴女あの事知りたいんじゃなくて?』
『えっ?』
『いや、だからね、そんなことはよくって、わたくし見てしまったのよ。とある事を』
あの日のお姉さまの様子は何処か違った。いつものヒステリックなわけでもなければ何処か隠し事をしている様子でもなかった。
ただ、少しだけ悲しそうな表情をそのヒステリックな顔から時々のぞかせていた。それは、たまにお母さまがしていたことなような気がした。
その時、私は本当は本能的に分かっていたのかもしれない。けれど、好奇心と疑問で頭の中はいっぱいだった。
お姉さまが言葉を濁すことは今まで数少なかった。それこそ片手の指で数えられるほど。少なくとも、妹に言葉を濁すようなことはしなかった。
お姉さまはヒステリックでうるさくて怒ってばかりいるけれど、本当は誰よりも家族、友達思いで心優しいことを家族は知っていた。そしていつもすぐ決断して感情を豊かに怒り、妹たちを面倒見てくれた。そこは家族として尊敬はしていた。
たまに、そんなに怒れるお姉さまが羨ましく思ったこともある。お姉さまは信じないだろうけれどね。
そんな事を考えながら、その考えを頭の隅に持っていってお姉さまに問いかけた。
『あることってなんです?お姉さま』
すごい言いづらそうにモゴモゴ言った。
『い、いえ、ある事と言うかある人を見てしまったのよ』
『だから、なんですか?』
『あのね、これから話すことは口外禁止よ。お父様にも、兄様にもいってはいけないわよ』
『ええ、わかりましたけれど』
やけに説明というか前置きが長かった。どちらかと言うと早く言わなきゃ人が来てしまってまずいと思うのだけれど……。
『あのね、こないだのパーティーの話なのだけれど……。あの時、マティアスも来ていてね』
『え?来ちゃって良かったの?』
『多分、駄目。お忍びだったから。ただね、あの時にわたくし達の知らない重要な話がされていたの。わたくしも内容までは知らないけれど。それでね、その後にわたくしの婚約が決まったでしょう?』
『ええ、たしかにそうでしたわね』
確かにあの時はびっくりした。あの、お姉さま婚約とかありえないって思っていたから。――そしてやけに短期間にテンポよく決まったことに。
故に私はとても不審に思った。それはどうやら、お姉さまも同じだったらしい。
マティアスはコリがないと言うか何というか。でもそれも不審といえば不審になる。というか何故婚約者探しに来たのだろうか。確かに彼、婚約者いなかったけれど……。
『カリン、不審に思ったことでしょう?わたくしも不審に思ったの。それは兄様が教えてくれたのだけれ――』
不自然に話を止め、お姉さまはその後を言わなかった。――人が来たからだ。
人が歩いてきた気配。多分、ユリアだろう。ユリアは決して足音を立てるようなことはしない。だとすると、よほど急いでいるのだろうか……。
『カリン様、いらっしゃいますか?ユリアです。入ってもよろしいでしょうか?』
『ええ、今お姉さまがいるのだけれど。入ってもいいわよ』
そう答えるより早く、バーンと扉が開いて慌てた様子のユリアが入ってきた。
ユリアはベレーナの――お姉さまがいることなんてまったく気づいていないようだった。その証拠に彼女はお姉さまの方なんか見向きもせずに、私の耳元まで走ってきた。顔をやけに蒼白にしながら、震える声で言った。
『――、――!……――』
私の耳元でユリアは早口で囁いた。
私はしばらく固まっていた、と思う。勿論、ユリアの言ったことが理解できなかった訳では無いが、私の頭はそのユリアの言葉を拒否した。ユリアは未だに、顔を蒼白にして、固まっている。
お姉さまは私達の雰囲気から何か感じ取ったのだろう。ちょっと考える風に眉間に皺を寄せると、私の近くまで来て、これもまた耳元で囁いた。……やけに不機嫌に。
『いまは、やめにするわよ。いい、明日の晩餐後にわたくしの部屋に来るのよ!……わたくしの話が聞きたかったらね。まぁ、兄様たちは教えてくれないと思うけれど』
『えっ?』
『だから、知りたかったらわたくしの部屋に来なさいって言っているのよ。何度も言わせないで頂戴!だから、その、絶対にくるのよ!他の誰にも知られちゃまずいのよ!わたくしはね、貴女のことを心配しているのよ!だから、姉として当然のことをするだけ。勘違いしないでちょうだい!』
すごい怒って命令口調で言っていて、何を言い出すのかと思った。しかし、まとめると明日の昼過ぎに誰もこないお姉さまの部屋で話したいので来て、ということになる。
本人はあくまで善意活動ではなくて、姉としての話がしたいから、ということになるが、つまるところ、姉のお人好しの善意活動ということになるだろう。
――好奇心の血が騒いでいるのもありそうだが、それは私も人のことを言えないので置いておくことにしよう。
『ええ、わかりましたわ。必ず、伺いますわね、お姉さま』
そう言うと頭に血が上ったらしく、顔を真赤にしている。相変わらず、ユリアはそれに気づいてはいない。お姉さまの話は聞かれてはまずいので、好都合と言うところだろう。
改めて思う。世の中はなんて皮肉なんだろう、と。
お姉さまはやっと自我を取り戻したようにはっとその顔を上げた。目には光が戻っていた。好奇心と、悪戯という名の。
お姉さまがこの表情をするのには見覚えが結構ある。それも悪い思い出の方のだ。ああ見えてお姉さまも頭がいい。怒っていたりする中で、意外と拍子抜けするような事を考えていたりするのだ。それも、それで、人を振り回すような。
お姉さまの目にその光が宿ると、私はこう思う。今まで、可能性として一番低く考えていたが。お姉さまに振り回されるよりはマシだ。それは、――私が直接調査をすること。つまり、お姉さまが言っている事件になりそうな事と、お兄様の言っているあの件について調査を自力ですること。案外、できないことでは無いのだが、ユリアに迷惑をかけてしまうのでやめようかと考えていたのだ。
まぁ、それもお姉さまの話を聞いてからにしよう。まずは情報を集めることからだからね。それに、今はそんな簡単に動けないかもしれないのだ。ユリアがもたらした情報によると。
これも、どうなるかはまだ見えていないけれど。
私が考え事をしていると、お姉さまは再び私の耳元に近づいてきた。ユリアがいることを気にしてか、あまり囁いてるとはわからないように、部屋を出るために扉のそばに行くために歩き、途中で私の肩に自分の肩をぶつけると、こう言い残していった。
『政略結婚……。お母さまは王女様だったわ。お父様も宰相。おまけに王家との繋がりも深いなんてね』
ほとんど独り言みたいに、――少なくとも私に言ったようには聞こえなかった。でも、その一言で、私は分かってしまった――。お姉さまや、お兄さま、お父様のやりたいことが――。
「……嬢様、お嬢様!聞いておられますか!今日の予定を確認していたところでしたのに、ずっと心あらずなんて、あまりにもひどいですわよ!」
「ご、ごめんなさい!」
ぼーっと考え事をしていたが、エイミーの一言で我に返った。
お姉さまの言ったことは非常に興味を惹かれる内容だった。そして、ほぼ確信した。私達が考えてきた間違いにも――。
多分、本当に政略結婚なのだ。それも、絶対にしなければならず、下手をすればうちの国を――他国を揺るがすように、凶器にもなるような――。
そして、お父様たちは私達のために――。
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