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1.始まりは突然のプロポーズから
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玄関で靴をぬいでもらい、なんだか緊張気味に見える秋斗くんをリビングに案内する。ここに来るのは初めてじゃないでしょうに、どうしてそんなに固くなることがあるんだか。
リビングの入り口で部屋の中を見渡す彼にソファーをすすめながら、私は冷めてしまったあんこ入りパスタを持ち上げ、キッチンに移動した。
「懐かしいな、美結さんの家。全然、変わってない」
秋斗くんの声を背に受け、私はオーブンレンジのスイッチを押す。
暗かったレンジ内に独特のオレンジの光が照らされ、お皿が回りはじめる。それをぼんやりと眺めていると、秋斗くんの質問が続けて耳をうった。
「おじさんとおばさんは? 相変わらず、海外暮らしなの?」
「そうよ。この前帰ってきたから、しばらくはまたあっちだと思う」
ピー。レンジのあたため終了音。
お皿を取り出そうと手を伸ばせば、「そっか」とあっさりした秋斗くんの返答が聞こえてくる。
「じゃあ、二人きり、なんだ」
「!」
カタ。淵に指が当たり、私はお皿をつかみそこねてしまう。
二人きり。言われてみれば、確かにそうだ。
だ、だからどうしたって? 今はうしろをむいているから見えないし声も多少違っているかもしれないけど、彼はそう。小学三年生の幼馴染。平常心、平常心、と。
「あの夜は――、美結さんがずっと傍にいてくれて心強かったな」
あの夜? ああ、もしかしてあの時のかな?
冷静さを取り戻した私はようやくお皿を手にすると、リビングに戻った。
確かあれは、私が高校受験が終わってすぐくらいだから半年くらい前かな?
秋斗くんと暮らしていたおじいさんが突然亡くなって、彼が天涯孤独の身になった日のことだった。彼の両親はもっと前に行方不明になっていたから――って、あれ? じゃあ、そのあと一人になってしまった幼いあっくんの面倒を見ていたのは……
「あ!」と嬉しそうな声があがり、私はふけっていた回想を一時中断させた。
「美結さんの料理も、久しぶりに見るな。この黒いのはあんこだよね? あ、のりもある。こっちの緑のは――、もしかしてレタス? うわ~この斬新な組み合わせ、変わらないなあ」
「よかったら、秋斗くんも食べる? 今日のあんこ入りパスタは、ちょっとやそっとの出来じゃないんだから」
「うん。美結さんの作ったものなら、よろこんで」
キッチンからもう一組のお皿とフォークを取ってくると、それに半分ほどを分ける。
秋斗くんが「いただきます」と両手を合わせ、フォークに絡めとられたパスタが彼の口の中へと消えていく。と同時に響きわたったのは、割れんばかりのさわやかな爆笑だった。
「ははははは! 思ったとおり、意味もなくめちゃくちゃ甘いね、これ!」
「失礼ね、意味はあるわよ。この絶妙な甘さ加減がわからないの? それにね、あんこは何にでも合うスーパー調味料なんだから」
少しだけムッとしながら、私も彼の隣で自分のあんこ入りパスタを口にはこんだ。
うん、甘い。この適度な甘さとどこからか感じ取れるコーヒーのほろ苦さがわからないなんて、料理の奥深さを理解していないわね。まったく。
うんうん、とうなずきながらフォークを動かす私に、秋斗くんはどこか感慨深そうにつぶやいた。
「美結さんのあんこ好きも、変わってないんだね」
「そう?」
「うん。全然……、変わってない」
ん? なんだか、ちょっと様子がおかしいような?
そう思ったのも一瞬のこと。いつものさわやかな表情に戻った彼は、再び嬉しそうに私の料理を食べ始めた。その横顔が幼いあっくんに重なり、そういえばあっくんもこうやって食べてくれたっけ、と懐かしい気持ちになってしまう。
私もつられてフォークを動かしていたらしい、あっという間に二枚の使用済みのお皿が出来あがった。
ふう、満足。やっぱり、あんこは私の世界を救ってくれる。
「さて、と。片付けないと」
「あ、片付けはおれがするよ」
立ち上がろうとした私を、秋斗くんが制してくる。
「え、別にいいわよ。これくらい、そんなに手間じゃないし」
「いいから。食べさせてもらったんだし、片付けくらいおれにやらせてよ」
両手を差し出し、秋斗くんはニコと笑う。
私は、そんな彼と手にした使用済みのお皿たちとを交互に見比べる。まあ、彼には便利そうな能力もあるようだし、そこまで言うなら。
「じゃあ、お願いしようかな」
「よかった。じゃあ、美結さんは休んでいてね」
私から二枚のお皿を受け取り、秋斗くんはキッチンへと移動していく。
どうせ、さっきみたいな手品かイリュージョンみたいなのを使ってパパッとやってしまう気なんだろうけど。
ふう、と私は息を吐いた。
休んでいてとは言われたものの、特にすることが思いつかない私はキッチンをのぞきこみ、秋斗くんの手が蛇口をひねる現場に出くわす。もう、終わってしまったのね。さすがに早い。
一人で感心していると、泡だったスポンジがお皿をなでていく。あれ?
って、普通に洗ってるしっ!
カチャカチャカチャ、とお皿どうしがぶつかりあう音。それを響かせながら、秋斗くんはちょっと恥ずかしそうに目を伏せる。
リビングの入り口で部屋の中を見渡す彼にソファーをすすめながら、私は冷めてしまったあんこ入りパスタを持ち上げ、キッチンに移動した。
「懐かしいな、美結さんの家。全然、変わってない」
秋斗くんの声を背に受け、私はオーブンレンジのスイッチを押す。
暗かったレンジ内に独特のオレンジの光が照らされ、お皿が回りはじめる。それをぼんやりと眺めていると、秋斗くんの質問が続けて耳をうった。
「おじさんとおばさんは? 相変わらず、海外暮らしなの?」
「そうよ。この前帰ってきたから、しばらくはまたあっちだと思う」
ピー。レンジのあたため終了音。
お皿を取り出そうと手を伸ばせば、「そっか」とあっさりした秋斗くんの返答が聞こえてくる。
「じゃあ、二人きり、なんだ」
「!」
カタ。淵に指が当たり、私はお皿をつかみそこねてしまう。
二人きり。言われてみれば、確かにそうだ。
だ、だからどうしたって? 今はうしろをむいているから見えないし声も多少違っているかもしれないけど、彼はそう。小学三年生の幼馴染。平常心、平常心、と。
「あの夜は――、美結さんがずっと傍にいてくれて心強かったな」
あの夜? ああ、もしかしてあの時のかな?
冷静さを取り戻した私はようやくお皿を手にすると、リビングに戻った。
確かあれは、私が高校受験が終わってすぐくらいだから半年くらい前かな?
秋斗くんと暮らしていたおじいさんが突然亡くなって、彼が天涯孤独の身になった日のことだった。彼の両親はもっと前に行方不明になっていたから――って、あれ? じゃあ、そのあと一人になってしまった幼いあっくんの面倒を見ていたのは……
「あ!」と嬉しそうな声があがり、私はふけっていた回想を一時中断させた。
「美結さんの料理も、久しぶりに見るな。この黒いのはあんこだよね? あ、のりもある。こっちの緑のは――、もしかしてレタス? うわ~この斬新な組み合わせ、変わらないなあ」
「よかったら、秋斗くんも食べる? 今日のあんこ入りパスタは、ちょっとやそっとの出来じゃないんだから」
「うん。美結さんの作ったものなら、よろこんで」
キッチンからもう一組のお皿とフォークを取ってくると、それに半分ほどを分ける。
秋斗くんが「いただきます」と両手を合わせ、フォークに絡めとられたパスタが彼の口の中へと消えていく。と同時に響きわたったのは、割れんばかりのさわやかな爆笑だった。
「ははははは! 思ったとおり、意味もなくめちゃくちゃ甘いね、これ!」
「失礼ね、意味はあるわよ。この絶妙な甘さ加減がわからないの? それにね、あんこは何にでも合うスーパー調味料なんだから」
少しだけムッとしながら、私も彼の隣で自分のあんこ入りパスタを口にはこんだ。
うん、甘い。この適度な甘さとどこからか感じ取れるコーヒーのほろ苦さがわからないなんて、料理の奥深さを理解していないわね。まったく。
うんうん、とうなずきながらフォークを動かす私に、秋斗くんはどこか感慨深そうにつぶやいた。
「美結さんのあんこ好きも、変わってないんだね」
「そう?」
「うん。全然……、変わってない」
ん? なんだか、ちょっと様子がおかしいような?
そう思ったのも一瞬のこと。いつものさわやかな表情に戻った彼は、再び嬉しそうに私の料理を食べ始めた。その横顔が幼いあっくんに重なり、そういえばあっくんもこうやって食べてくれたっけ、と懐かしい気持ちになってしまう。
私もつられてフォークを動かしていたらしい、あっという間に二枚の使用済みのお皿が出来あがった。
ふう、満足。やっぱり、あんこは私の世界を救ってくれる。
「さて、と。片付けないと」
「あ、片付けはおれがするよ」
立ち上がろうとした私を、秋斗くんが制してくる。
「え、別にいいわよ。これくらい、そんなに手間じゃないし」
「いいから。食べさせてもらったんだし、片付けくらいおれにやらせてよ」
両手を差し出し、秋斗くんはニコと笑う。
私は、そんな彼と手にした使用済みのお皿たちとを交互に見比べる。まあ、彼には便利そうな能力もあるようだし、そこまで言うなら。
「じゃあ、お願いしようかな」
「よかった。じゃあ、美結さんは休んでいてね」
私から二枚のお皿を受け取り、秋斗くんはキッチンへと移動していく。
どうせ、さっきみたいな手品かイリュージョンみたいなのを使ってパパッとやってしまう気なんだろうけど。
ふう、と私は息を吐いた。
休んでいてとは言われたものの、特にすることが思いつかない私はキッチンをのぞきこみ、秋斗くんの手が蛇口をひねる現場に出くわす。もう、終わってしまったのね。さすがに早い。
一人で感心していると、泡だったスポンジがお皿をなでていく。あれ?
って、普通に洗ってるしっ!
カチャカチャカチャ、とお皿どうしがぶつかりあう音。それを響かせながら、秋斗くんはちょっと恥ずかしそうに目を伏せる。
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