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プロローグ
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「――シャ。――シャ? リリーシャ?」
「あ……」
頬を撫でられて、リリーシャはようやく我に返った。
目の前には、椅子の背もたれを間にして心配そうに彼女をのぞきこんでいる姉の姿。
――そうだった。今は、日付が変わって朝。姉の晴れの日の最後の準備を、進めているところだった。
ごめんなさい、とつぶやいて前を向くようにうながしてから、姉の艶やかな髪を梳いていた手をリリーシャは再開した。
姉が小首を傾げる様子が、指先に伝わってくる。
「どうかしたのですか、リリーシャ。さっきから、心ここにあらずといったようですが。体調でもよくないのですか?」
「いいえ、大丈夫です。ごめんなさい、お姉さま。昨日の夜ベッドに入ってから、お姉さまたちの結婚式がどんな風になるんだろうって想像していたら、ドキドキが止まらなくなってしまってあまり寝つけなかったのです」
「まあ、そうだったの。リリーったら」
「私もいつか、心から愛しあえる男性とこの日を迎えられたらいいなって……」
徐々にうつむきながら、リリーシャはつぶやく。
でもそれはきっと、無理な話。
私の幼い頃からの恋は、昨日の一夜で終わりを告げたのだから。
そして私は、『価値』だけの存在になって顔も知らない隣国の王と――
リリーシャは、テーブルに置いてあるベールを手に取った。昨夜のことが一瞬蘇ってくるが、彼女はそれを打ち消すように首を左右に振った。
ベールを後ろから姉に乗せて、髪と一緒に整えていく。満足のいく出来栄えになったところで、リリーシャは「お姉さま、終わりました」と姉に告げた。
「ありがとう、リリーシャ。あなたの結婚式――私も、あなたの花嫁姿が早く見たいわ。あなたの最高の笑顔と一緒に」
「もう、お姉さまったら……」
姉が微笑しながら立ち上がり、リリーシャの肩に手を置く。
「それじゃあ、あの人も待っていることだし、そろそろ時間だから行くわね」
「はい。すごくきれいです、お姉さま」
「あなたにそう言ってもらえると、とても嬉しいわ」
リリーシャは背筋を伸ばすと、姉の前で折り目正しくお辞儀をする。
「本日は本当におめでとうございます……、リリセニーナお姉さま」
「ええ。ありがとう、リリーシャ」
最上の笑みを浮かべて、白い姿がクルと後ろを向く。
リリーシャは姉――リリセニーナの背中が奥の扉で見えなくなるまで、ただじっと見送り続けていた。
***
色とりどりの花が束ねられた、美しいブーケが青空を舞い踊る。
周りの女たちの歓声が、男たちの野次が、拍手が、笑い声が、その行先を祝福するように彩っていく。
風に流され、あるいはバランスを崩した者の指先を滑って、あるいは不運にも衝突してしまった者たちの衝撃に飛ばされて、伸ばされた無数の手たちをかいくぐったその先。
ブーケは、まるで最初からそこが目的地だったといわんばかりに、驚いて淡黄色の瞳を丸くした一人の少女の腕の中へと、吸いこまれていったのだった。
「あ……」
頬を撫でられて、リリーシャはようやく我に返った。
目の前には、椅子の背もたれを間にして心配そうに彼女をのぞきこんでいる姉の姿。
――そうだった。今は、日付が変わって朝。姉の晴れの日の最後の準備を、進めているところだった。
ごめんなさい、とつぶやいて前を向くようにうながしてから、姉の艶やかな髪を梳いていた手をリリーシャは再開した。
姉が小首を傾げる様子が、指先に伝わってくる。
「どうかしたのですか、リリーシャ。さっきから、心ここにあらずといったようですが。体調でもよくないのですか?」
「いいえ、大丈夫です。ごめんなさい、お姉さま。昨日の夜ベッドに入ってから、お姉さまたちの結婚式がどんな風になるんだろうって想像していたら、ドキドキが止まらなくなってしまってあまり寝つけなかったのです」
「まあ、そうだったの。リリーったら」
「私もいつか、心から愛しあえる男性とこの日を迎えられたらいいなって……」
徐々にうつむきながら、リリーシャはつぶやく。
でもそれはきっと、無理な話。
私の幼い頃からの恋は、昨日の一夜で終わりを告げたのだから。
そして私は、『価値』だけの存在になって顔も知らない隣国の王と――
リリーシャは、テーブルに置いてあるベールを手に取った。昨夜のことが一瞬蘇ってくるが、彼女はそれを打ち消すように首を左右に振った。
ベールを後ろから姉に乗せて、髪と一緒に整えていく。満足のいく出来栄えになったところで、リリーシャは「お姉さま、終わりました」と姉に告げた。
「ありがとう、リリーシャ。あなたの結婚式――私も、あなたの花嫁姿が早く見たいわ。あなたの最高の笑顔と一緒に」
「もう、お姉さまったら……」
姉が微笑しながら立ち上がり、リリーシャの肩に手を置く。
「それじゃあ、あの人も待っていることだし、そろそろ時間だから行くわね」
「はい。すごくきれいです、お姉さま」
「あなたにそう言ってもらえると、とても嬉しいわ」
リリーシャは背筋を伸ばすと、姉の前で折り目正しくお辞儀をする。
「本日は本当におめでとうございます……、リリセニーナお姉さま」
「ええ。ありがとう、リリーシャ」
最上の笑みを浮かべて、白い姿がクルと後ろを向く。
リリーシャは姉――リリセニーナの背中が奥の扉で見えなくなるまで、ただじっと見送り続けていた。
***
色とりどりの花が束ねられた、美しいブーケが青空を舞い踊る。
周りの女たちの歓声が、男たちの野次が、拍手が、笑い声が、その行先を祝福するように彩っていく。
風に流され、あるいはバランスを崩した者の指先を滑って、あるいは不運にも衝突してしまった者たちの衝撃に飛ばされて、伸ばされた無数の手たちをかいくぐったその先。
ブーケは、まるで最初からそこが目的地だったといわんばかりに、驚いて淡黄色の瞳を丸くした一人の少女の腕の中へと、吸いこまれていったのだった。
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