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第一章 彼女の決断
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顔をこわばらせるフィルロードの前で、ジュシルスは人差し指を立てた。次に中指、薬指と徐々に数を増やしていく。
「何年、おまえと一緒に過ごしてきたと思っているんだ? 何年、おまえの兄をやっているとも? 兄弟そろって似たような罪に溺れることになるとは、因果なものだな。クククッ」
「兄、上……」
呆けたように、フィルロードがつぶやく。
その呼び名に、ジュシルスは少しだけ目を見開いてから小さく息を吐いた。
「フッ、そう呼ばれるのも久しい気がするな。父上が亡くなられてから、おまえはいろいろなものから距離を置くようになった。兄である俺からも、家族同然に振る舞ってくださっていた王族の方々からも。それはまるで、ぽっかりと空いてしまった父上の大きな穴を、おまえ自身で無理矢理穴埋めするかのようにな」
ジュシルスの指摘に、フィルロードの表情がさらに硬直していく。
「それは……!」と言いにくそうに答えながら、フィルロードは戸惑いに揺れる赤の瞳を宙にさまよわせる。かすかな沈黙の後、フィルロードは力なく首を左右にふった。
「そういうつもりじゃ、なくて……その……、申し訳、ありませんでした」
「なぜ、謝る? 別にそれが、悪いというわけではないだろう? 男には、けじめをつけなければならないとき、自身の決意を貫こうとするとき、あるいは――やるせない想いを叩きつけるとき、そんなものの一つや二つ、どこかであるものだからな。それとも何か? おまえは、その犯した罪とやらを後悔しているのか?」
「……いいえ。決して」
きっぱりと言い切るフィルロードに、ジュシルスはフッと口元をゆるめた。
「そうか。ならば――、フィルロード・ルクト・W・テューラー。貴様の処分は、我らがリリセニーナ女王代行殿下に指示を仰いでから下すものとする。それまでは、自室で謹慎でもしておけ」
「……はっ」
かしこまるフィルロードの前で、ジュシルスが立ち上がる。
それと同時に、「ジュシルス団長!」と焦ったような声音で名前を呼ばれ、ジュシルスはそちらを一瞥した。何か言いたげなカリオスをとらえ、視線だけで黙らせると、出入口の方に向かってクイとあごを動かす。
「この件は、以上だ。おまえもさっさと通常の任務に戻れ、カリオス。独断でリリーシャ姫に接触したこと、後ほど改めて問う。相応の覚悟をしておけ」
「! はっ」
腕を胸元で直角に曲げる騎士の礼で固まったカリオスを心配そうに見ていたリリーシャは、カリオスを守るようにジュシルスの方へ進み出た。
「お待ちになってください、ジュシルス団長。お願いです。カリオスはフィルロードのためにその身を顧みず、行動を起こしてくれただけです。私は、その気持ちが嬉しかった。ですから、どうか処分は穏便なものに」
「リ、リリーシャ姫様……!」
背後からきこえてきたカリオスの声にリリーシャがほほえむと、「ハハハッ」とジュシルスが大声で笑った。それに引き寄せられたリリーシャの大きな淡黄色の瞳に、「ああ、ご無礼を」と右手をふってから、ジュシルスは流れるような仕草で彼女へお辞儀をする。
「いやはや。我が義妹姫様は、実に寛大で心優しいお方だ。そんなあなたを、わたしは心から敬愛いたしますよ。が、それでは他の者に示しがつきませんゆえ、少しばかりはご容赦を」
折り曲げていた腰を元に戻しながら、ジュシルスは立てた人差し指をカリオスに向けた。
「カリオス。リリーシャ姫の想いを汲んで、おまえには一週間、厩の掃除を命じてやる。厩の壁に俺の顔が映りこむくらい、きれいに磨き上げておけ。いいな? 心して励め」
「は、はい!」
「リリーシャ姫に感謝するのだな」
裏返った声で返事をするカリオスに近づき、その額を小突いてから、ジュシルスはリリーシャの方へもう一度頭を下げた。
つられて、リリーシャも背中を曲げる。
「ありがとうございました、ジュシルス団長」
ホッと安堵の色を浮かべたリリーシャに、「では、姫」と告げるジュシルス。
「はい?」と小首をかしげて返事をするリリーシャと目が合った瞬間、彼の口元がニヤとつりあがった。
「私はこれから女王代行殿下のところへ、カリオスは早速厩へと向かわなければならなくなりました。面倒を押しつけるようで非常に心苦しいが、謹慎の身となった我が愚弟フィルロードを自室へと連れて行ってはくれませんか? 騎士の隊舎ではない、もう一つの自室の方へ」
「え? 私が……、ですか?」
問いかけながら、リリーシャは困惑する。
まさか、そんなことを頼まれるとは思ってもいなかった上に、何よりそうなった場合どういう状況になるかすぐに想像がついてしまう。
それに気づいたもう一人が、押し黙ってしまったリリーシャをかばうように、二人の話に割りこんでいった。
「! 兄……ジュシルス団長! それは……、姫の御手をこれ以上煩わせるわけにはいきません。今は使わせて頂いていなくとも、元々は自分の部屋ですから一人で戻れます」
フィルロードの言い分を耳にしながら、ジュシルスは執務机に移動すると、そこへ腰かけ、ゆったりと腕と両足を組んだ。
「何年、おまえと一緒に過ごしてきたと思っているんだ? 何年、おまえの兄をやっているとも? 兄弟そろって似たような罪に溺れることになるとは、因果なものだな。クククッ」
「兄、上……」
呆けたように、フィルロードがつぶやく。
その呼び名に、ジュシルスは少しだけ目を見開いてから小さく息を吐いた。
「フッ、そう呼ばれるのも久しい気がするな。父上が亡くなられてから、おまえはいろいろなものから距離を置くようになった。兄である俺からも、家族同然に振る舞ってくださっていた王族の方々からも。それはまるで、ぽっかりと空いてしまった父上の大きな穴を、おまえ自身で無理矢理穴埋めするかのようにな」
ジュシルスの指摘に、フィルロードの表情がさらに硬直していく。
「それは……!」と言いにくそうに答えながら、フィルロードは戸惑いに揺れる赤の瞳を宙にさまよわせる。かすかな沈黙の後、フィルロードは力なく首を左右にふった。
「そういうつもりじゃ、なくて……その……、申し訳、ありませんでした」
「なぜ、謝る? 別にそれが、悪いというわけではないだろう? 男には、けじめをつけなければならないとき、自身の決意を貫こうとするとき、あるいは――やるせない想いを叩きつけるとき、そんなものの一つや二つ、どこかであるものだからな。それとも何か? おまえは、その犯した罪とやらを後悔しているのか?」
「……いいえ。決して」
きっぱりと言い切るフィルロードに、ジュシルスはフッと口元をゆるめた。
「そうか。ならば――、フィルロード・ルクト・W・テューラー。貴様の処分は、我らがリリセニーナ女王代行殿下に指示を仰いでから下すものとする。それまでは、自室で謹慎でもしておけ」
「……はっ」
かしこまるフィルロードの前で、ジュシルスが立ち上がる。
それと同時に、「ジュシルス団長!」と焦ったような声音で名前を呼ばれ、ジュシルスはそちらを一瞥した。何か言いたげなカリオスをとらえ、視線だけで黙らせると、出入口の方に向かってクイとあごを動かす。
「この件は、以上だ。おまえもさっさと通常の任務に戻れ、カリオス。独断でリリーシャ姫に接触したこと、後ほど改めて問う。相応の覚悟をしておけ」
「! はっ」
腕を胸元で直角に曲げる騎士の礼で固まったカリオスを心配そうに見ていたリリーシャは、カリオスを守るようにジュシルスの方へ進み出た。
「お待ちになってください、ジュシルス団長。お願いです。カリオスはフィルロードのためにその身を顧みず、行動を起こしてくれただけです。私は、その気持ちが嬉しかった。ですから、どうか処分は穏便なものに」
「リ、リリーシャ姫様……!」
背後からきこえてきたカリオスの声にリリーシャがほほえむと、「ハハハッ」とジュシルスが大声で笑った。それに引き寄せられたリリーシャの大きな淡黄色の瞳に、「ああ、ご無礼を」と右手をふってから、ジュシルスは流れるような仕草で彼女へお辞儀をする。
「いやはや。我が義妹姫様は、実に寛大で心優しいお方だ。そんなあなたを、わたしは心から敬愛いたしますよ。が、それでは他の者に示しがつきませんゆえ、少しばかりはご容赦を」
折り曲げていた腰を元に戻しながら、ジュシルスは立てた人差し指をカリオスに向けた。
「カリオス。リリーシャ姫の想いを汲んで、おまえには一週間、厩の掃除を命じてやる。厩の壁に俺の顔が映りこむくらい、きれいに磨き上げておけ。いいな? 心して励め」
「は、はい!」
「リリーシャ姫に感謝するのだな」
裏返った声で返事をするカリオスに近づき、その額を小突いてから、ジュシルスはリリーシャの方へもう一度頭を下げた。
つられて、リリーシャも背中を曲げる。
「ありがとうございました、ジュシルス団長」
ホッと安堵の色を浮かべたリリーシャに、「では、姫」と告げるジュシルス。
「はい?」と小首をかしげて返事をするリリーシャと目が合った瞬間、彼の口元がニヤとつりあがった。
「私はこれから女王代行殿下のところへ、カリオスは早速厩へと向かわなければならなくなりました。面倒を押しつけるようで非常に心苦しいが、謹慎の身となった我が愚弟フィルロードを自室へと連れて行ってはくれませんか? 騎士の隊舎ではない、もう一つの自室の方へ」
「え? 私が……、ですか?」
問いかけながら、リリーシャは困惑する。
まさか、そんなことを頼まれるとは思ってもいなかった上に、何よりそうなった場合どういう状況になるかすぐに想像がついてしまう。
それに気づいたもう一人が、押し黙ってしまったリリーシャをかばうように、二人の話に割りこんでいった。
「! 兄……ジュシルス団長! それは……、姫の御手をこれ以上煩わせるわけにはいきません。今は使わせて頂いていなくとも、元々は自分の部屋ですから一人で戻れます」
フィルロードの言い分を耳にしながら、ジュシルスは執務机に移動すると、そこへ腰かけ、ゆったりと腕と両足を組んだ。
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