身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

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第一章 彼女の決断

(13)

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 口を薄く開いたまま、フィルロードの言葉が途切れる。

 待っても、続くのは無言。リリーシャは、訝しげに彼の名を呼んだ。

「フィルロード?」
「……いえ、何でもありません」

 フィルロードは首を左右に振ると、微笑した。

「この国の騎士として、何を置いてでも王族の方々をお守りするのは当然の責務ですから」

 フィルロードの言葉に、リリーシャの胸が小さく痛む。自然と、彼女の両手がそこで重ねられた。

 騎士として、王族の方々を守るのは当然の責務――あなたにとっての私は、やっぱり……

「お引止めして申し訳ありませんでした、姫」

 その声に、リリーシャは耽っていた考えから我に返る。

「あ……、いいえ。では、行って参りますね」
「はい」

 頷くフィルロードに小さく会釈を返してから、リリーシャは彼の部屋を後にした。


 ***


 リリーシャがフィルロードの部屋を出て次に向かったのは、先ほどまで滞在していた騎士団団長の執務室だった。

 この国に何か重大なことが起きれば、まず一報が入るのは騎士団団長と宰相の二人。だが後者は今では名ばかりのもので、そこまでの権限はないとされている。現に、つい先日までこの城に在住すらしていなかった。

 女王が亡くなった際に、後継問題でいろいろともめたせいだとリリーシャは認識していた。そのせいもあって、今でも彼女の苦手としている人物だった。

 廊下を移動中、物々しい様子の騎士や兵士たちとすれ違い、リリーシャは不安な色を浮かべる。何か、大変なことが起こったに違いない。
 リリーシャは、両手いっぱいに資材を持ってあたふたと彼女の横を抜けていく二人を、「あの」と呼び止めた。

「リ、リリーシャ姫!」
「何かあったのですか? どうして、こんな騒ぎになっているのですか?」

 リリーシャがたずねると二人は顔を見合わせ、浮かない表情で口を開いた。

「そ、それが……」
「ウィンスベルとの国境辺りで大規模な戦闘が起きているとの急報が、先ほど飛びこんできて……」
「え……っ」

 二人の回答に、リリーシャは小さく息を飲んだ。

 大規模な戦闘。その言葉だけで、一気に彼女の不安が増していく。詳しくきこうとした矢先、彼女の背後から緊迫した叫び声が飛ばされてきた。

「おい、そこの二人! 手が空いているなら、今すぐ物資補給部隊に回ってくれ!」
「はっ!」
「はい、すぐに!」

 素早く返事をしたのち、二人は慌ててリリーシャに腰を折った。

「申し訳ありません、リリーシャ姫。我々は、これで失礼致します」
「失礼します」
「は、はい。こちらこそ突然呼び止めてしまって、すみませんでした。気をつけて」

 足早に去っていく二人の背中を見送ってから、リリーシャは再び歩き始めた。

 ほどなくして、目的の場所に着く。いつもなら扉の前で控えている兵士たちの姿もなく、やけに静まり返っているその場所に、もしかして誰もいないんだろうかとリリーシャは扉に右手を伸ばした。

「――ならば、フィルロードに任せましょうか」

 中から響いてきた声と名前に、リリーシャはノックをしようとした手を止めた。

 この低い声……、ジュシルス団長? だれかと、話をしているの?

 邪魔をするのも憚られ、様子をうかがおうと彼女は扉にそっと右の耳を当てる。
 次に聞こえてきた声も、よく知ったものだった。

「フィルロードに? ですが彼は……、あなたの弟ですよ?」

 淡々とした、だけれど透きとおるような声音。

 姉さま……?

 すぐに思い当ったものの、話題になっている彼のことが気になって、リリーシャはそのまま耳をそばだてた。

「ああ、その辺はお気になさらず。兄弟という関係以前に、我が弟はこの国の騎士の一人でわたしはその騎士たちを束ねる団長の身。我らが真っ先に考えねばならないのは、この国の平穏と安寧。そのためなら、わたしも弟も命を差し出すことにためらいはありません。むしろ、本望です」
「……あなたの気持ちは嬉しいですが」

 少しだけ間を置いてから、困ったような姉の声。
 あまり良い話ではなさそうで、リリーシャは不安げに両の眉をひそめた。

「それに先ほども報告した通り、フィルロードは何かしらの罰を望んでいます。ちょうどいい機会だ、命をかけてその罪とやらをあがなってもらいましょう。そうすれば――」

 リリーシャの肩が、ビクッと跳ねあがった。

 フィルロードの罰、命をかけて……?

 不穏な言葉に、リリーシャは淡黄色の瞳を激しく揺らした。
 彼女の困惑をよそに、重い雰囲気をまとったままの会話は続いていく。

「……そうですね。そうかもしれません。わかりました、あなたに一任致しましょう」
「御意。では早速、フィルロードを前線へ」
「……っ!?」

 思わず漏れそうになった悲鳴を、リリーシャは慌てて両手で封じこめた。

 フィルロードが、ウィンスベルとの戦争の前線に向かわされる――? そんな、そんなことって……!

 カツカツと部屋の中から、規則正しい靴音が近づいてくるのが聞こえた。
 いけない、とリリーシャは辺りを見わたすと、近くの曲がり角に身を潜める。

 扉の開閉音。それにリリーシャがそっと顔をのぞかせれば、一瞬だけ紅の瞳と目が合った――気がした。
 鼓動が跳ねあがり、彼女は反射的に壁に隠れる。大きく深呼吸をしてから、もう一度彼女がのぞきこんでみれば、そこにはだれもいなかった。

 気づかれていた……、の?

 困惑を浮かべながら、彼女もまたその場を立ち去って行った。
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