身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

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第二章 彼の決断

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 敵意むき出しできっぱり言い放ってくるフィルロードに、ジュシルスはフッと口元を緩めると額と目元に手を当てた。顎を逸らし、天井を仰ぐと、くぐもった声が漏れ出してくる。

「クッ、クククク……、ハハハハハ!」
「……ジュシルス、兄、上?」

 おかしそうに両肩を揺らし始めたジュシルスに、昂らせていた感情が一気に冷めていく。どうして急に笑いが起こるのか理解が追いつかず、呆けたようにフィルロードは手の力を緩めた。

 ひとしきり笑ったあと、ジュシルスは乱れていた襟元を整えると、フィルロードに人差し指を向けた。

「やっとらしくなったじゃないか、フィルロード。殊勝な態度など、最初からおまえには似合わん」
「な……っ」
「まさか、俺の胸倉まで掴んでくるとはな……クククッ。まあいい。元々おまえは、こうと決めたら周りも顧みず、反発しながらも直進していく性格ではないか。それなのに、自分の意志や感情を無理矢理押し殺して自制自制自制、ククッ! それが、騎士としての当然の振舞だとでも思っているのか?」

「そ、それは……!」

 口ごもるフィルロードに、ジュシルスが「ハハハ!」と笑った。

「少しは大人になったかと思えば、やはりまだまだ青二才だな。だが、今はその青さが必要な時なのかもしれん」
「え……?」

 ジュシルスの飄々としていた表情が引き締まり、その切れ長の瞳が横に流される。そちらから、青みがかった紫の髪を宙に流しながら、リリセニーナが静かに歩み寄ってきた。

 ハッとなったフィルロードがその場で畏まり、ジュシルスが小さく腰を折って目を伏せる。

「フィルロード」
「……は。申し訳ありません。女王代行殿下の御前で、醜態を晒してしまいました」
「いいえ、良いのです。むしろ、私は喜んでいますから」
「え?」

 リリセニーナの意外な言葉に、フィルロードは顔を上向かせる。
 悪戯っぽく微笑してから、リリセニーナはゆっくりと頷いた。

「あなたの『本心』を、ようやく聞かせて貰えたような気がしますから。ね、フィル?」
「! それは……、その」

 ばつが悪くなり、フィルロードは下を向く。
 今度は優雅に笑ってから、リリセニーナはもう一度フィルロード、と呼んだ。

「あなたに折り入って頼みがあります」
「は。女王代行殿下のご命令ならば、なんなりと」

 片膝を折ったフィルロードが、リリセニーナの前で頭を垂れる。

「私の妹を……リリーシャを、探して欲しいのです」

 意外な依頼に、フィルロードが勢いよく顔を上げた。

「わたしが、ですか? よろしいのですか?」
「はい。私はもとより、テューラー卿も騎士団をまとめる立場にあるため、そんなに率先して動くことは出来ません。出来ることなら、あまり表立ったことにはしたくないのです。その点、あなたは妹とも懇意にしてくれている。これ以上ない適任でしょう」
「各地に放った斥候が戻ってきたら、情報をまとめておまえに渡す。それまでに、おまえを筆頭として、騎士団の中から口の堅そうな数名を選抜し、捜索隊を組織しておけ。名目上は――、そうだな。ウィンスベルも大人しくなったことだし、国外の視察とでもしておけ。いいな?」
「……はい」

 返事をしながら、フィルロードは身を固くする。

 姫を、探す。
 元々、そのつもりだった。ここから出られても出られなくても、そんなのはもう関係ない。

『あなたは……、あなたの望んでいる未来を、信念を貫いてくださいね? 約束、です』

 蘇ってくる、彼女の声。

 ――あなたとの約束、しかと受け果たします。
 床につけられたフィルロードの拳が、ギュッと強く握られた。

 「まあ、もっとも」と切り出してきたジュシルスに、フィルロードがそちらを見あげれば、ニヤとした不敵な笑みが返される。

「そんな命令などなくとも、おまえは勝手に一人でリリーシャ姫を探しにいくつもりだっただろうがな?」
「…………」
「その顔は、図星か。相変わらず、わかりやすいやつだ」

 伸ばされた指先が、フィルロードの皺の寄せられた眉間を軽く押す。その拍子にフィルロードの表情が崩れ、紅の双眸が瞬かれた。

「……ジュシルス団長、一つ伺ってもいいですか?」
「なんだ」
「ウィンスベルが大人しくなった、とはどういうことですか?」
「その言葉の通りだ。戦闘自体は一進一退、持久戦にもつれこむ寸前で急に兵を引き上げていったからな、深追いはするなと命じてある。元々、その前線に、罰を欲していたおまえを送りこんでやろうと思っていたのだがな」
「そうだったんですね。わたしも、もちろんそのつもりでした。けれど……」

 思いつめたように一点を凝視したまま唇を引き結ぶフィルロードを、ジュシルスはジッと見つめる。
 腰の剣鞘を後ろに引き、ジュシルスはフィルロードの前にしゃがみこむと、「心配するな」と声を落として話を始めた。

「リリーシャ姫は、おそらく無事だ」
「……どうして、そう言い切れるのですか?」

 うめくようなフィルロードの問いかけに、ジュシルスは首を振った。

「姫の足取りの予想が、大方ついているからだ。戦闘に巻きこまれるような恐れは、たぶんないはず。ただ……」

 どこか神妙な面持ちで黙りこんでしまう兄に、フィルロードは「ただ?」とおうむ返しに促す。

「いや……、なんでもない。折を見て、話す。おまえは、今は捜索の方に尽力しろ。リリーシャ姫のこと……、くれぐれも頼んだぞ」

 フィルロードの肩に手を置いてから膝を伸ばしたジュシルスは、そのまま後退する。代わりに歩み出てきたリリセニーナが、フィルロードに右手を差し出した。

「では、フィルロード・ルクト・W・テューラー。今このときより、あなたの謹慎を一時的に解きます。妹のことを……、どうかよろしくお願いします」

 リリセニーナと彼女の手を交互に見比べて、少しだけためらった後。

「……はい!」

 真っすぐに見つめながら返事をしたフィルロードは、その手を握って立ち上がった。
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