身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

文字の大きさ
33 / 63
第三章 二人の距離

(2)

しおりを挟む
「あれは……」

 リリーシャの呟きに、オズウォンドも彼女と同じ方へ視線を投げる。
 彼女の疑問に心当たりがあったのか、「ああ」とオズウォンドは首を縦に動かした。

「遠目ではっきりとは認識できませんが、あの辺りはちょうどミルスガルズとウィンスベルの国境になりますか。おそらく、我が兵たちがウィンスベルの侵攻を阻止しているのでしょうな」
「! 戦争、ですか」

 リリーシャの表情が、固まった。

「端的に言えば、そういうことですな」

 あごを指で触りながら再度頷くオズウォンドの方に向き直り、リリーシャは慌てたように早口で問いかける。

「叔父様、あとどれくらいでウィンスベルの城に着きますか?」
「この調子で行けば、明日もしくは明後日には着くでしょうな」
「そう、ですか……。突然私が出向いても、不都合はないのでしょうか」
「先に早馬を飛ばしてありますので、あちらには我々が向かうことは知らせてあります。心配には及びません」
「なら、良いのですが……」

 リリーシャは呟いて、再び外を見る。

 間に合うのだろうか?
 彼が前線に送られる前に、戦争を止めて貰わないと――

 沸き起こってきた不安に瞳を揺らしていると、ポンと肩に手が置かれ、リリーシャの意識がそちらに向けられる。

「王が、そなたをどう扱うかはうかがい知れないが、すべては我がミルスガルズのため。それを忘れることなく、ご自身のお役目に励まれますように」
「わかって、います」
「そなたの言動一つでミルスガルズがどうなるか――、常に胸に刻みつけておくことです」
「……はい」

 うつむくように頷きながら、リリーシャは今にも消え入りそうな声で返事をした。


 ***


「――報告は以上です」
「そうか、ありがとう。ということは……」

 広げられたこの国の地図に線を引き、報告のあった地域を塗りつぶしていく。
 隣で同じように地図を眺めていたカリオスが、小さく嘆息した。

「これで、南側はあらかた探しつくしたってことかな」

 カリオスの言葉に、フィルロードは無言で首肯する。
 少しずつ、塗りつぶされる箇所が増えているにも関わらず、彼女の消息はいまだに掴めていなかった。

 羽ペンを握る手に思わず力がこもり、フィルロードはかぶりをふる。

 騎士団団長ジュシルスの命令に従い、騎士団の中から数名に声をかけて捜索隊を結成したフィルロードは、早速ミルスガルズ国内の情報集めに取りかかっていた。
 が、決定的なものが見つからず、次の捜索範囲をどうするか考えあぐねていたところに、開けっ放しの扉が突然ノックされ、そこにいた者たちの視線が一斉にそちらに集められた。

「邪魔をする」

 一言置いてから部屋に入ってきた男に、全員が姿勢を正して彼を出迎える。

「ジュシルス団長!」
「団長!」
「ジュシルス、団長」

 次々に呼んでくる団員一人一人に紅の目を向けてから、最後に同じ光を宿した瞳をとらえて、ジュシルスは口元をかすかに緩めた。

「どうだ? 調子の方は」

 黙りこんでしまうフィルロード、そしてお互いに顔を見合わせてあまり快い表情を浮かべていない団員たちを一通り眺めたジュシルスは、短く嘆息した。

「……あまり良くなさそうだな。フィルロード、少しいいか? おまえに話がある」
「はい」

 返事と一緒に頷いて、フィルロードは先に歩き出していたジュシルスの後を小走りで追って行った。


 ***


「……っ! ……っ!」

 扉を開けた途端、くぐもったいくつもの声がリリーシャの耳を撃った。

 照明もろくにない、奥にある一部だけがおぼろげに浮かびあがっている程度の明るさで、誰かの気配だけが小高くなったその場所にはある。

 ここが、玉座の間だと教えられて来た。ウィンスベル王が、いる場所だと。

 獣のようなうなり声が空気を震わせていき、身がすくみそうになるのを必死にこらえながら、リリーシャは自分の衣服を握りしめた。

 この城に着いたと同時に通された部屋で、それまで身にまとっていた衣装をすべてはぎ取られ、この頼りない白地の薄いドレス一枚と毛皮のケープを被せられた。下着も取りあげられ、その意味をなんとなく理解してしまったリリーシャは、無言で唇を引き結んだ。

 薄暗い中、リリーシャは目を細めながら毛の長い絨毯の上を進んでいく。徐々に視界がはっきりとしてくるにつれ、リリーシャの足が鈍くなり、ついには止められた。

「あ――っ!!」

 思わず顔を背けたリリーシャの耳を、女の悲鳴のような声がつんざいていく。ビクッと肩を震わせてから、リリーシャは恐る恐るそちらに視線を戻した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!

タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。 姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。 しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──? 全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...