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第三章 二人の距離
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「あれは……」
リリーシャの呟きに、オズウォンドも彼女と同じ方へ視線を投げる。
彼女の疑問に心当たりがあったのか、「ああ」とオズウォンドは首を縦に動かした。
「遠目ではっきりとは認識できませんが、あの辺りはちょうどミルスガルズとウィンスベルの国境になりますか。おそらく、我が兵たちがウィンスベルの侵攻を阻止しているのでしょうな」
「! 戦争、ですか」
リリーシャの表情が、固まった。
「端的に言えば、そういうことですな」
あごを指で触りながら再度頷くオズウォンドの方に向き直り、リリーシャは慌てたように早口で問いかける。
「叔父様、あとどれくらいでウィンスベルの城に着きますか?」
「この調子で行けば、明日もしくは明後日には着くでしょうな」
「そう、ですか……。突然私が出向いても、不都合はないのでしょうか」
「先に早馬を飛ばしてありますので、あちらには我々が向かうことは知らせてあります。心配には及びません」
「なら、良いのですが……」
リリーシャは呟いて、再び外を見る。
間に合うのだろうか?
彼が前線に送られる前に、戦争を止めて貰わないと――
沸き起こってきた不安に瞳を揺らしていると、ポンと肩に手が置かれ、リリーシャの意識がそちらに向けられる。
「王が、そなたをどう扱うかはうかがい知れないが、すべては我がミルスガルズのため。それを忘れることなく、ご自身のお役目に励まれますように」
「わかって、います」
「そなたの言動一つでミルスガルズがどうなるか――、常に胸に刻みつけておくことです」
「……はい」
うつむくように頷きながら、リリーシャは今にも消え入りそうな声で返事をした。
***
「――報告は以上です」
「そうか、ありがとう。ということは……」
広げられたこの国の地図に線を引き、報告のあった地域を塗りつぶしていく。
隣で同じように地図を眺めていたカリオスが、小さく嘆息した。
「これで、南側はあらかた探しつくしたってことかな」
カリオスの言葉に、フィルロードは無言で首肯する。
少しずつ、塗りつぶされる箇所が増えているにも関わらず、彼女の消息はいまだに掴めていなかった。
羽ペンを握る手に思わず力がこもり、フィルロードはかぶりをふる。
騎士団団長ジュシルスの命令に従い、騎士団の中から数名に声をかけて捜索隊を結成したフィルロードは、早速ミルスガルズ国内の情報集めに取りかかっていた。
が、決定的なものが見つからず、次の捜索範囲をどうするか考えあぐねていたところに、開けっ放しの扉が突然ノックされ、そこにいた者たちの視線が一斉にそちらに集められた。
「邪魔をする」
一言置いてから部屋に入ってきた男に、全員が姿勢を正して彼を出迎える。
「ジュシルス団長!」
「団長!」
「ジュシルス、団長」
次々に呼んでくる団員一人一人に紅の目を向けてから、最後に同じ光を宿した瞳をとらえて、ジュシルスは口元をかすかに緩めた。
「どうだ? 調子の方は」
黙りこんでしまうフィルロード、そしてお互いに顔を見合わせてあまり快い表情を浮かべていない団員たちを一通り眺めたジュシルスは、短く嘆息した。
「……あまり良くなさそうだな。フィルロード、少しいいか? おまえに話がある」
「はい」
返事と一緒に頷いて、フィルロードは先に歩き出していたジュシルスの後を小走りで追って行った。
***
「……っ! ……っ!」
扉を開けた途端、くぐもったいくつもの声がリリーシャの耳を撃った。
照明もろくにない、奥にある一部だけがおぼろげに浮かびあがっている程度の明るさで、誰かの気配だけが小高くなったその場所にはある。
ここが、玉座の間だと教えられて来た。ウィンスベル王が、いる場所だと。
獣のようなうなり声が空気を震わせていき、身がすくみそうになるのを必死にこらえながら、リリーシャは自分の衣服を握りしめた。
この城に着いたと同時に通された部屋で、それまで身にまとっていた衣装をすべてはぎ取られ、この頼りない白地の薄いドレス一枚と毛皮のケープを被せられた。下着も取りあげられ、その意味をなんとなく理解してしまったリリーシャは、無言で唇を引き結んだ。
薄暗い中、リリーシャは目を細めながら毛の長い絨毯の上を進んでいく。徐々に視界がはっきりとしてくるにつれ、リリーシャの足が鈍くなり、ついには止められた。
「あ――っ!!」
思わず顔を背けたリリーシャの耳を、女の悲鳴のような声がつんざいていく。ビクッと肩を震わせてから、リリーシャは恐る恐るそちらに視線を戻した。
リリーシャの呟きに、オズウォンドも彼女と同じ方へ視線を投げる。
彼女の疑問に心当たりがあったのか、「ああ」とオズウォンドは首を縦に動かした。
「遠目ではっきりとは認識できませんが、あの辺りはちょうどミルスガルズとウィンスベルの国境になりますか。おそらく、我が兵たちがウィンスベルの侵攻を阻止しているのでしょうな」
「! 戦争、ですか」
リリーシャの表情が、固まった。
「端的に言えば、そういうことですな」
あごを指で触りながら再度頷くオズウォンドの方に向き直り、リリーシャは慌てたように早口で問いかける。
「叔父様、あとどれくらいでウィンスベルの城に着きますか?」
「この調子で行けば、明日もしくは明後日には着くでしょうな」
「そう、ですか……。突然私が出向いても、不都合はないのでしょうか」
「先に早馬を飛ばしてありますので、あちらには我々が向かうことは知らせてあります。心配には及びません」
「なら、良いのですが……」
リリーシャは呟いて、再び外を見る。
間に合うのだろうか?
彼が前線に送られる前に、戦争を止めて貰わないと――
沸き起こってきた不安に瞳を揺らしていると、ポンと肩に手が置かれ、リリーシャの意識がそちらに向けられる。
「王が、そなたをどう扱うかはうかがい知れないが、すべては我がミルスガルズのため。それを忘れることなく、ご自身のお役目に励まれますように」
「わかって、います」
「そなたの言動一つでミルスガルズがどうなるか――、常に胸に刻みつけておくことです」
「……はい」
うつむくように頷きながら、リリーシャは今にも消え入りそうな声で返事をした。
***
「――報告は以上です」
「そうか、ありがとう。ということは……」
広げられたこの国の地図に線を引き、報告のあった地域を塗りつぶしていく。
隣で同じように地図を眺めていたカリオスが、小さく嘆息した。
「これで、南側はあらかた探しつくしたってことかな」
カリオスの言葉に、フィルロードは無言で首肯する。
少しずつ、塗りつぶされる箇所が増えているにも関わらず、彼女の消息はいまだに掴めていなかった。
羽ペンを握る手に思わず力がこもり、フィルロードはかぶりをふる。
騎士団団長ジュシルスの命令に従い、騎士団の中から数名に声をかけて捜索隊を結成したフィルロードは、早速ミルスガルズ国内の情報集めに取りかかっていた。
が、決定的なものが見つからず、次の捜索範囲をどうするか考えあぐねていたところに、開けっ放しの扉が突然ノックされ、そこにいた者たちの視線が一斉にそちらに集められた。
「邪魔をする」
一言置いてから部屋に入ってきた男に、全員が姿勢を正して彼を出迎える。
「ジュシルス団長!」
「団長!」
「ジュシルス、団長」
次々に呼んでくる団員一人一人に紅の目を向けてから、最後に同じ光を宿した瞳をとらえて、ジュシルスは口元をかすかに緩めた。
「どうだ? 調子の方は」
黙りこんでしまうフィルロード、そしてお互いに顔を見合わせてあまり快い表情を浮かべていない団員たちを一通り眺めたジュシルスは、短く嘆息した。
「……あまり良くなさそうだな。フィルロード、少しいいか? おまえに話がある」
「はい」
返事と一緒に頷いて、フィルロードは先に歩き出していたジュシルスの後を小走りで追って行った。
***
「……っ! ……っ!」
扉を開けた途端、くぐもったいくつもの声がリリーシャの耳を撃った。
照明もろくにない、奥にある一部だけがおぼろげに浮かびあがっている程度の明るさで、誰かの気配だけが小高くなったその場所にはある。
ここが、玉座の間だと教えられて来た。ウィンスベル王が、いる場所だと。
獣のようなうなり声が空気を震わせていき、身がすくみそうになるのを必死にこらえながら、リリーシャは自分の衣服を握りしめた。
この城に着いたと同時に通された部屋で、それまで身にまとっていた衣装をすべてはぎ取られ、この頼りない白地の薄いドレス一枚と毛皮のケープを被せられた。下着も取りあげられ、その意味をなんとなく理解してしまったリリーシャは、無言で唇を引き結んだ。
薄暗い中、リリーシャは目を細めながら毛の長い絨毯の上を進んでいく。徐々に視界がはっきりとしてくるにつれ、リリーシャの足が鈍くなり、ついには止められた。
「あ――っ!!」
思わず顔を背けたリリーシャの耳を、女の悲鳴のような声がつんざいていく。ビクッと肩を震わせてから、リリーシャは恐る恐るそちらに視線を戻した。
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