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第五章 突入、そして
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目を伏せてかぶりを振るリリーシャに、フィルロードは訝しげに眉を寄せた。
「どういう意味ですか、それは」
「だってあなたは……、いつも姉さまをその目で追いかけていた、から……」
「……ああ」
何かに思い当ったフィルロードが、呆けたような声を漏らす。彼は「失礼します」と一言発してから自分の外套をリリーシャにかけると、彼女の前に回りこんでその両肩に手を置いた。
「確かに、リリセニーナ様はお慕いしています。ミルスガルズの騎士として、それは当然のことですから。……が、不躾にも、一時期リリセニーナ様をずっと見ていた時期があったことも事実です」
「! そう……、ですよね。やは」
「なぜならそれは!」と強めの口調でリリーシャの台詞を遮りながら、フィルロードは驚きに目を丸くする彼女に紅の瞳を注ぐ。
「わたしの近くにいたある方を目にするのがどうしても――、憚られるようになってしまったから。だから、その方によく似た姉姫様を見続けることにして、少しでも逸らすようにしたのです。わたしの昂っていく感情を――、鎮めるために」
「それって……」
「リリーシャ姫」
フィルロードの改まった静かな声に、リリーシャはおずおずと彼を見あげた。
その呼ばれ方は、初めてのような気がした。彼からは、ただの『姫』としか呼ばれていなかったはずなのに。
さざめくように揺れる淡黄色の瞳をじっと見つめながら、フィルロードは彼女に問いかけていく。
「どうしてあなたは、わたしがリリセニーナ様を見ていたことを知っているのですか? たまたま偶然が重なって、ですか?」
「……そ、それは」
リリーシャの答えが、途中で詰まる。胸元で右手を握りしめながら言葉を探す彼女に、フィルロードはさらに質問を続けていった。
「どうしてあなたはこんな――、あなた自身を傷つけて投げうってまで、この国に来たのですか? ミルスガルズを守るため、ですか?」
「…………」
完全に言葉を失ってしまったリリーシャに、フィルロードは間を置く。
引き結ばれた唇、伏せられる淡黄色の両目。そして、強張って固まってしまった彼女の頬。そこに指先を伸ばし、そっと触れる。
リリーシャがびくっと肩を大きく震わせ、顔を上げた。
「――どうしてあなたは、あの三日月の晩。わたしに、御身をゆだねてくださったのですか?」
「……!! 知って、いたのですか?」
驚きに見開かれるリリーシャの瞳に、フィルロードは真摯な眼差しのまま首肯する。
「知っていたも何も、あの晩わたしが罪を犯してまでこの腕に求めたのは、他ならない――あなただ」
「っ」
リリーシャの呼吸が、一瞬止まる。
そんな彼女に伸ばしていた手をグッと握って制すると、フィルロードは首を横に振った。
「あなただったから、わたしは自分を抑えることが出来なかった……。あなたが、ウィンスベルの王と婚姻を結ぶと聞いて、どうしても……!」
熱を帯びた赤い瞳が、リリーシャを真っすぐに見つめる。
「謝罪して済む問題ではないと、重々承知はしていますが……。あのときは、本当に申し訳ありませんでした。酔いが回っていたせいもありますが、あなたの気持ちも考えずに、一方的にわたしが求めてしまった。あなたの言葉に甘えて、あなたに夢中になるあまり、何も告げることもなかった」
紅の目を細めてどこか悲痛な表情で語るフィルロードに、困惑を浮かべたリリーシャの足が一歩、二歩とよろけるように後退していく。
「私、私はてっきり……、身に着けていたベールのせいで、あなたがお姉さまの代わりに私を……。お姉さまが結婚される前に、あなたのやるせない想いを、ぶつけにきたのだと思って……」
心の奥に押しこんで仕舞いこんでいたものが、リリーシャの唇から勝手に漏れ落ちていく。
「そんな……っ」
口元を覆うリリーシャの両手から、それ以上は行かせないとばかりに右手だけをフィルロードがさらい、指先が絡められた。
「ならどうして……、あなたはわたしを受け入れてくださったのですか? あなたのその仰りようだと、わたしがリリセニーナ様に好意を寄せていると思われていたのですよね?」
「そ、それは……!」
「あなたを、何とも思っていないような男だったかもしれないのに? あなたを、酔いに任せて、ただの欲の捌け口にするような男だったかもしれないのに? あなたは、誰でもよかったのですか?」
「違い……、ます」
「なら、ならどうして……!」
フィルロードの指が、逃がさないとばかりにリリーシャの手を強く握ってくる。力でかなうはずがなく、それでも彼女は彼から離れようとかぶりを振った。
「誰にでもお優しい、あなたのことだ。やるせない想いをぶつけにきた哀れなわたしに、恩情をかけてくださったのですか? ……それにしたって、あなたの御身をすべて頂けるなんて、お優しいにもほどがあると思いますが!」
「……っ」
黙りこんでしまったリリーシャの瞳から、あふれ出した涙が流れ落ちていく。
それに、はっとなったフィルロードは表情と指の力を緩ませた。
「……すみません。出過ぎた真似を、してしまったようです。でも、わたしは……!」
フィルロードも唇を噛みしめ、リリーシャから目線を逸らす。
その場に静けさが満ちて、繋がれたままの手だけが異様なまでに熱を帯びていた。
「どういう意味ですか、それは」
「だってあなたは……、いつも姉さまをその目で追いかけていた、から……」
「……ああ」
何かに思い当ったフィルロードが、呆けたような声を漏らす。彼は「失礼します」と一言発してから自分の外套をリリーシャにかけると、彼女の前に回りこんでその両肩に手を置いた。
「確かに、リリセニーナ様はお慕いしています。ミルスガルズの騎士として、それは当然のことですから。……が、不躾にも、一時期リリセニーナ様をずっと見ていた時期があったことも事実です」
「! そう……、ですよね。やは」
「なぜならそれは!」と強めの口調でリリーシャの台詞を遮りながら、フィルロードは驚きに目を丸くする彼女に紅の瞳を注ぐ。
「わたしの近くにいたある方を目にするのがどうしても――、憚られるようになってしまったから。だから、その方によく似た姉姫様を見続けることにして、少しでも逸らすようにしたのです。わたしの昂っていく感情を――、鎮めるために」
「それって……」
「リリーシャ姫」
フィルロードの改まった静かな声に、リリーシャはおずおずと彼を見あげた。
その呼ばれ方は、初めてのような気がした。彼からは、ただの『姫』としか呼ばれていなかったはずなのに。
さざめくように揺れる淡黄色の瞳をじっと見つめながら、フィルロードは彼女に問いかけていく。
「どうしてあなたは、わたしがリリセニーナ様を見ていたことを知っているのですか? たまたま偶然が重なって、ですか?」
「……そ、それは」
リリーシャの答えが、途中で詰まる。胸元で右手を握りしめながら言葉を探す彼女に、フィルロードはさらに質問を続けていった。
「どうしてあなたはこんな――、あなた自身を傷つけて投げうってまで、この国に来たのですか? ミルスガルズを守るため、ですか?」
「…………」
完全に言葉を失ってしまったリリーシャに、フィルロードは間を置く。
引き結ばれた唇、伏せられる淡黄色の両目。そして、強張って固まってしまった彼女の頬。そこに指先を伸ばし、そっと触れる。
リリーシャがびくっと肩を大きく震わせ、顔を上げた。
「――どうしてあなたは、あの三日月の晩。わたしに、御身をゆだねてくださったのですか?」
「……!! 知って、いたのですか?」
驚きに見開かれるリリーシャの瞳に、フィルロードは真摯な眼差しのまま首肯する。
「知っていたも何も、あの晩わたしが罪を犯してまでこの腕に求めたのは、他ならない――あなただ」
「っ」
リリーシャの呼吸が、一瞬止まる。
そんな彼女に伸ばしていた手をグッと握って制すると、フィルロードは首を横に振った。
「あなただったから、わたしは自分を抑えることが出来なかった……。あなたが、ウィンスベルの王と婚姻を結ぶと聞いて、どうしても……!」
熱を帯びた赤い瞳が、リリーシャを真っすぐに見つめる。
「謝罪して済む問題ではないと、重々承知はしていますが……。あのときは、本当に申し訳ありませんでした。酔いが回っていたせいもありますが、あなたの気持ちも考えずに、一方的にわたしが求めてしまった。あなたの言葉に甘えて、あなたに夢中になるあまり、何も告げることもなかった」
紅の目を細めてどこか悲痛な表情で語るフィルロードに、困惑を浮かべたリリーシャの足が一歩、二歩とよろけるように後退していく。
「私、私はてっきり……、身に着けていたベールのせいで、あなたがお姉さまの代わりに私を……。お姉さまが結婚される前に、あなたのやるせない想いを、ぶつけにきたのだと思って……」
心の奥に押しこんで仕舞いこんでいたものが、リリーシャの唇から勝手に漏れ落ちていく。
「そんな……っ」
口元を覆うリリーシャの両手から、それ以上は行かせないとばかりに右手だけをフィルロードがさらい、指先が絡められた。
「ならどうして……、あなたはわたしを受け入れてくださったのですか? あなたのその仰りようだと、わたしがリリセニーナ様に好意を寄せていると思われていたのですよね?」
「そ、それは……!」
「あなたを、何とも思っていないような男だったかもしれないのに? あなたを、酔いに任せて、ただの欲の捌け口にするような男だったかもしれないのに? あなたは、誰でもよかったのですか?」
「違い……、ます」
「なら、ならどうして……!」
フィルロードの指が、逃がさないとばかりにリリーシャの手を強く握ってくる。力でかなうはずがなく、それでも彼女は彼から離れようとかぶりを振った。
「誰にでもお優しい、あなたのことだ。やるせない想いをぶつけにきた哀れなわたしに、恩情をかけてくださったのですか? ……それにしたって、あなたの御身をすべて頂けるなんて、お優しいにもほどがあると思いますが!」
「……っ」
黙りこんでしまったリリーシャの瞳から、あふれ出した涙が流れ落ちていく。
それに、はっとなったフィルロードは表情と指の力を緩ませた。
「……すみません。出過ぎた真似を、してしまったようです。でも、わたしは……!」
フィルロードも唇を噛みしめ、リリーシャから目線を逸らす。
その場に静けさが満ちて、繋がれたままの手だけが異様なまでに熱を帯びていた。
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