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第五章 突入、そして
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「もし……、もし、まだお許し頂けるのなら」
横向きにうつむいていたフィルロードが、ゆっくりとリリーシャに向き直る。
掴んでいたリリーシャの手を持ち直し、フィルロードは彼女の淡黄色の瞳を見つめた。
「今からでも、あなたに告げてもよろしいですか?」
「…………」
どう返事をしていいかわからず沈黙したままのリリーシャの手の甲に、フィルロードがそっと唇を寄せる。
「あなたを心からお慕いしています、姫」
真っすぐに射貫いてくる赤い瞳と共に、やわらかな声がそう告げた。
それはまるで、忠誠を捧げる騎士の誓い。
「……フィル、ロード」
「……いや、これじゃ本当の気持ちは伝わらないな」
かぶりを振りながらフィルロードは小さく笑うと、握っていたリリーシャの手を引いて抱き寄せてから、彼女の耳元にそっとささやきかけた。
「……俺がずっと好きだったのは、きみだ。……リリー」
「……!」
リリーシャの瞳が、一瞬で大きさを増した。見る間にまた潤んでいくそれを悟られないよう、彼女は唇を引き結ぶとうつむいた。
「いつからか、この名前を呼ぶのもためらわれてしまっていた。わきまえないといけない、あきらめないといけない、そう思ったから。でも結局……、『姫』としか呼べなくて。名前を呼ぶと、嫌でも実感してしまう、から」
リリーシャの首と肩に顔を押しつけて、フィルロードは彼女を抱く腕に力を入れる。
「随分遠回りしてしまったけど、この気持ちに嘘偽りはない」
「…………フィル……」
つぶやいたリリーシャはフィルロードの衣服を握りかけて、その手を止めた。
「私は……、私はあの晩……。あなたになら……、あなただったから……、姉さまの身代わりでもいいと思って、この身をゆだねました。もうすぐ私は、ミルスガルズのための道具になってしまう。だからその前に……、あなたとの思い出を……と」
リリーシャのたどたどしい声が、徐々に掠れて小さくなる。
一度口を閉じた彼女は、フィルロードの胸元で頭を左右に動かしながら、ひた隠しにしていた想いをさらけ出していく。
「ここに来ることを選んだのも、あなたを失うのが怖かった、から……! 私の身で戦争を終わらせられるなら、それでいいと。もう二度と会えないとわかっていても、あなたを死なせたく、なかった……」
「リリー……」
リリーシャに回されたフィルロードの腕に、力がこめられる。
それに押されるように彼女の瞳が彼に向けられ、切なく歪んだ。
「私も……、私もあなたのことが……! ですが、私は……、私は、もう……」
「それ以上は、言わなくてもいい。それも全部ミルスガルズのため――いや、俺のためだったんだから」
ビク、とリリーシャの全身が跳ねあがる。はじかれたように、彼女は首をさらに強く振り始めた。
「いいえ、いいえ、違うのです。私が、勝手に決めたことですから。あなたは、関係ありません。ですから、私はもうあなたに、は……!」
うつむいたまま、リリーシャは声をしぼり出していく。
「フィル、ロード……、お願いです。どうか、放してくだ……」
「ご命令だとしても、それは聞けません」
きっぱりと言い切ったフィルロードは、今にも堰が切れそうなリリーシャの髪を優しく撫でる。
淡黄色の瞳の膜が揺らされ、かすかに散っていった。
「……どんなきみでも、きみには変わらない。手の届かないところに行ってしまったと思っていたきみが今、俺の腕の中にいる。俺のずっと欲しかった言葉も、一緒に。それだけで、十分だ」
告げられたフィルロードの穏やかな声音が、リリーシャにゆっくりと吸いこまれていく。
言葉にならない想いが溢れてきて、リリーシャはためらいながらもフィルロードの胸元に両手を添える。
「フィル……、フィル……っ」
「ここにいます。ここにいる、から」
フィルロードの唇が、リリーシャの目の淵と頬に寄せられる。
「あ……」
「きみの全部を、俺が受け止める」
フィルロードの頷いた顔が、徐々にぼやけていく。
耐えられなくなったリリーシャは、彼にすがりつくと、今まで溜まっていたものを吐き出すように泣き叫び始めた。
華奢だった身体が、あの時よりも細くなってしまっている。折れないよう、加減を間違えないように力をこめれば、さらに彼女がしがみついてきて。
フィルロードは、リリーシャを抱きしめたまま紅の瞳を細める。その耳に、勝ちどきのような歓声が響き渡ってきた。
横向きにうつむいていたフィルロードが、ゆっくりとリリーシャに向き直る。
掴んでいたリリーシャの手を持ち直し、フィルロードは彼女の淡黄色の瞳を見つめた。
「今からでも、あなたに告げてもよろしいですか?」
「…………」
どう返事をしていいかわからず沈黙したままのリリーシャの手の甲に、フィルロードがそっと唇を寄せる。
「あなたを心からお慕いしています、姫」
真っすぐに射貫いてくる赤い瞳と共に、やわらかな声がそう告げた。
それはまるで、忠誠を捧げる騎士の誓い。
「……フィル、ロード」
「……いや、これじゃ本当の気持ちは伝わらないな」
かぶりを振りながらフィルロードは小さく笑うと、握っていたリリーシャの手を引いて抱き寄せてから、彼女の耳元にそっとささやきかけた。
「……俺がずっと好きだったのは、きみだ。……リリー」
「……!」
リリーシャの瞳が、一瞬で大きさを増した。見る間にまた潤んでいくそれを悟られないよう、彼女は唇を引き結ぶとうつむいた。
「いつからか、この名前を呼ぶのもためらわれてしまっていた。わきまえないといけない、あきらめないといけない、そう思ったから。でも結局……、『姫』としか呼べなくて。名前を呼ぶと、嫌でも実感してしまう、から」
リリーシャの首と肩に顔を押しつけて、フィルロードは彼女を抱く腕に力を入れる。
「随分遠回りしてしまったけど、この気持ちに嘘偽りはない」
「…………フィル……」
つぶやいたリリーシャはフィルロードの衣服を握りかけて、その手を止めた。
「私は……、私はあの晩……。あなたになら……、あなただったから……、姉さまの身代わりでもいいと思って、この身をゆだねました。もうすぐ私は、ミルスガルズのための道具になってしまう。だからその前に……、あなたとの思い出を……と」
リリーシャのたどたどしい声が、徐々に掠れて小さくなる。
一度口を閉じた彼女は、フィルロードの胸元で頭を左右に動かしながら、ひた隠しにしていた想いをさらけ出していく。
「ここに来ることを選んだのも、あなたを失うのが怖かった、から……! 私の身で戦争を終わらせられるなら、それでいいと。もう二度と会えないとわかっていても、あなたを死なせたく、なかった……」
「リリー……」
リリーシャに回されたフィルロードの腕に、力がこめられる。
それに押されるように彼女の瞳が彼に向けられ、切なく歪んだ。
「私も……、私もあなたのことが……! ですが、私は……、私は、もう……」
「それ以上は、言わなくてもいい。それも全部ミルスガルズのため――いや、俺のためだったんだから」
ビク、とリリーシャの全身が跳ねあがる。はじかれたように、彼女は首をさらに強く振り始めた。
「いいえ、いいえ、違うのです。私が、勝手に決めたことですから。あなたは、関係ありません。ですから、私はもうあなたに、は……!」
うつむいたまま、リリーシャは声をしぼり出していく。
「フィル、ロード……、お願いです。どうか、放してくだ……」
「ご命令だとしても、それは聞けません」
きっぱりと言い切ったフィルロードは、今にも堰が切れそうなリリーシャの髪を優しく撫でる。
淡黄色の瞳の膜が揺らされ、かすかに散っていった。
「……どんなきみでも、きみには変わらない。手の届かないところに行ってしまったと思っていたきみが今、俺の腕の中にいる。俺のずっと欲しかった言葉も、一緒に。それだけで、十分だ」
告げられたフィルロードの穏やかな声音が、リリーシャにゆっくりと吸いこまれていく。
言葉にならない想いが溢れてきて、リリーシャはためらいながらもフィルロードの胸元に両手を添える。
「フィル……、フィル……っ」
「ここにいます。ここにいる、から」
フィルロードの唇が、リリーシャの目の淵と頬に寄せられる。
「あ……」
「きみの全部を、俺が受け止める」
フィルロードの頷いた顔が、徐々にぼやけていく。
耐えられなくなったリリーシャは、彼にすがりつくと、今まで溜まっていたものを吐き出すように泣き叫び始めた。
華奢だった身体が、あの時よりも細くなってしまっている。折れないよう、加減を間違えないように力をこめれば、さらに彼女がしがみついてきて。
フィルロードは、リリーシャを抱きしめたまま紅の瞳を細める。その耳に、勝ちどきのような歓声が響き渡ってきた。
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