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第六章 互いの傷痕
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「ですが、その……」
言いにくそうに言葉を濁すフィルロードに、フィオナは訝しげに眉を寄せた。
「なあに?」
「お身体の方は、その……、大丈夫なのですか?」
しぼり出された声が予想以上に小さくて、フィオナは赤い目を瞬かせた。ようやく意味を理解した彼女は、口元に手を当てて「……ふふっ」と微笑した。
「す、すみません! 女性に、不躾なことを聞いてしまって……」
「いいえ。私の方こそ、謝らなくてはいけないわね。たとえ策略の類だったとしても……、あんな場面を見られてしまったんだもの。いくら騎士様でも、衝撃だったでしょう?」
フィルロードはしばらく黙りこんでから、フィオナから視線を外すようにわずかにあごを引いた。
「正直、驚きはしましたが……」
「本当に、ごめんなさいね。でも、心配しなくても私は平気。優しいのね、騎士様は」
「あの……、叔母上」
と、フィルロードが顔を上げながら額に手を当てた。
「いいかげん、その騎士様というのはやめて貰えませんか」
「あら。あなたが、名前を呼ぶに値するくらいの立派な騎士になれたのなら、考えてあげてもいいわよ?」
「確かに、父や兄に比べればまだまだ半人前だと自覚はしていますが……。立派な騎士になるまで、その『騎士様』呼ばわりですか? 立派な騎士になれていないのに『騎士様』とは、なんだか矛盾しているような気がしてならないのですが」
不満げに嘆息するフィルロードに、フィオナは楽しそうに笑った。ひとしきり肩を揺らしてから、彼女の赤い瞳が横に流されていく。
「私よりも、姫様の方を気遣ってあげて」
「それは、もちろんです」
きっぱりと言い切ったフィルロードの目もまた、カリオスたちと談笑しているリリーシャをとらえて、やわらかく細められる。
微笑を浮かべる彼の横顔とリリーシャの方を見比べていたフィオナは、口元に指を当てて「へえ」とつぶやいた。
「――好きなのね、姫様が」
「っ!!」
思わず吹き出しそうになりながら、フィルロードがフィオナの方に視線を戻す。
その頬がかすかに染まっているような気がして、彼女は「ふふっ」とさらにこぼした。
「本当に素直な子ね、あなたは。王族の方々をお慕いするのは、別におかしなことでも何でもないのに」
「そ、それは、当然のことです、から……!」
「でしょう? んーでも、あなたの姫様を見る目は、王族の方々に対する畏怖とか尊敬とかそういう類のものとはかけ離れた、どちらかといえば欲――」
「叔母上っ」
声を荒らげて遮ってくるフィルロードに、フィオナはからかうような眼差しで人差し指を回した。
一気に羞恥が高まってしまったフィルロードは、リリーシャの様子を見ることが出来なくなり、頭を振りながら短く息を吐いた。
「……育て方が、よかったのでしょうね」
ポツリ、と漏らされた言葉が聞こえてきて、フィルロードは下を向いたまま、瞳を一度、二度と瞬いた。
スッと表情を引き締めると、彼は隣のフィオナに誇らしげに頷いた。
「父と兄は、わたしの誇りですから」
「そうね。私も……、そう思うわ」
フィオナも首を縦に動かしてから、再びリリーシャたちを見た。ちょうど、リリーシャに向かって一人一人が礼をして立ち去っていく場面だった。
話の終わりを感じて、フィオナは手招きしたフィルロードに耳打ちする。
「大事にして差しあげて。おそらく――、あなたが思っている以上に傷は深いと思うから」
「はい」
深く頷いてから、フィルロードは固くしていた頬を和ませる。どこかまだ戸惑うような色を滲ませるその瞳には、笑顔でこちらに戻ってくるリリーシャの姿が映っていた。
***
「……!」
暗闇に暖炉の炎だけが揺れる部屋で、リリーシャは弾かれたように寝台の上で身体を起こした。
はぁはぁ、と繰り返される荒い息と共に、長い髪が肌にはりついてくる。しっとりと汗ばんでいる前髪をかきあげながら、リリーシャは両足を曲げて抱き寄せた。
その耳にかすかな音色が聞こえてきたような気がして、リリーシャは窓の方に目を向けると、近くに置いてあったショールを手に部屋の出口へと移動していった。
「フィルロード?」
かけられた声に、フィルロードは動かしていた指を止めた。銀の横笛から唇を外し、顔を上げる。滞在しているバルコニーへと足を踏み入れる存在に目が留まり、彼はバルコニーの手すりから背中を離した。
「姫? このような時間に、どうされたのですか?」
歩み寄ってくるリリーシャに、フィルロードは眉をひそめて尋ねる。
「すみません。邪魔を、してしまいましたか?」
横笛を懐に押しこむフィルロードの前で、リリーシャはおずおずと彼を見あげた。
「いえ、そのようなことは決して。わたしの方こそ、あなたの眠りの妨げになったのでは?」
「いいえ。あなたの笛の音がまた聞けて、逆に嬉しいくらいです」
「……ありがとうございます」
目を伏せるようにして、フィルロードが礼をする。
言いにくそうに言葉を濁すフィルロードに、フィオナは訝しげに眉を寄せた。
「なあに?」
「お身体の方は、その……、大丈夫なのですか?」
しぼり出された声が予想以上に小さくて、フィオナは赤い目を瞬かせた。ようやく意味を理解した彼女は、口元に手を当てて「……ふふっ」と微笑した。
「す、すみません! 女性に、不躾なことを聞いてしまって……」
「いいえ。私の方こそ、謝らなくてはいけないわね。たとえ策略の類だったとしても……、あんな場面を見られてしまったんだもの。いくら騎士様でも、衝撃だったでしょう?」
フィルロードはしばらく黙りこんでから、フィオナから視線を外すようにわずかにあごを引いた。
「正直、驚きはしましたが……」
「本当に、ごめんなさいね。でも、心配しなくても私は平気。優しいのね、騎士様は」
「あの……、叔母上」
と、フィルロードが顔を上げながら額に手を当てた。
「いいかげん、その騎士様というのはやめて貰えませんか」
「あら。あなたが、名前を呼ぶに値するくらいの立派な騎士になれたのなら、考えてあげてもいいわよ?」
「確かに、父や兄に比べればまだまだ半人前だと自覚はしていますが……。立派な騎士になるまで、その『騎士様』呼ばわりですか? 立派な騎士になれていないのに『騎士様』とは、なんだか矛盾しているような気がしてならないのですが」
不満げに嘆息するフィルロードに、フィオナは楽しそうに笑った。ひとしきり肩を揺らしてから、彼女の赤い瞳が横に流されていく。
「私よりも、姫様の方を気遣ってあげて」
「それは、もちろんです」
きっぱりと言い切ったフィルロードの目もまた、カリオスたちと談笑しているリリーシャをとらえて、やわらかく細められる。
微笑を浮かべる彼の横顔とリリーシャの方を見比べていたフィオナは、口元に指を当てて「へえ」とつぶやいた。
「――好きなのね、姫様が」
「っ!!」
思わず吹き出しそうになりながら、フィルロードがフィオナの方に視線を戻す。
その頬がかすかに染まっているような気がして、彼女は「ふふっ」とさらにこぼした。
「本当に素直な子ね、あなたは。王族の方々をお慕いするのは、別におかしなことでも何でもないのに」
「そ、それは、当然のことです、から……!」
「でしょう? んーでも、あなたの姫様を見る目は、王族の方々に対する畏怖とか尊敬とかそういう類のものとはかけ離れた、どちらかといえば欲――」
「叔母上っ」
声を荒らげて遮ってくるフィルロードに、フィオナはからかうような眼差しで人差し指を回した。
一気に羞恥が高まってしまったフィルロードは、リリーシャの様子を見ることが出来なくなり、頭を振りながら短く息を吐いた。
「……育て方が、よかったのでしょうね」
ポツリ、と漏らされた言葉が聞こえてきて、フィルロードは下を向いたまま、瞳を一度、二度と瞬いた。
スッと表情を引き締めると、彼は隣のフィオナに誇らしげに頷いた。
「父と兄は、わたしの誇りですから」
「そうね。私も……、そう思うわ」
フィオナも首を縦に動かしてから、再びリリーシャたちを見た。ちょうど、リリーシャに向かって一人一人が礼をして立ち去っていく場面だった。
話の終わりを感じて、フィオナは手招きしたフィルロードに耳打ちする。
「大事にして差しあげて。おそらく――、あなたが思っている以上に傷は深いと思うから」
「はい」
深く頷いてから、フィルロードは固くしていた頬を和ませる。どこかまだ戸惑うような色を滲ませるその瞳には、笑顔でこちらに戻ってくるリリーシャの姿が映っていた。
***
「……!」
暗闇に暖炉の炎だけが揺れる部屋で、リリーシャは弾かれたように寝台の上で身体を起こした。
はぁはぁ、と繰り返される荒い息と共に、長い髪が肌にはりついてくる。しっとりと汗ばんでいる前髪をかきあげながら、リリーシャは両足を曲げて抱き寄せた。
その耳にかすかな音色が聞こえてきたような気がして、リリーシャは窓の方に目を向けると、近くに置いてあったショールを手に部屋の出口へと移動していった。
「フィルロード?」
かけられた声に、フィルロードは動かしていた指を止めた。銀の横笛から唇を外し、顔を上げる。滞在しているバルコニーへと足を踏み入れる存在に目が留まり、彼はバルコニーの手すりから背中を離した。
「姫? このような時間に、どうされたのですか?」
歩み寄ってくるリリーシャに、フィルロードは眉をひそめて尋ねる。
「すみません。邪魔を、してしまいましたか?」
横笛を懐に押しこむフィルロードの前で、リリーシャはおずおずと彼を見あげた。
「いえ、そのようなことは決して。わたしの方こそ、あなたの眠りの妨げになったのでは?」
「いいえ。あなたの笛の音がまた聞けて、逆に嬉しいくらいです」
「……ありがとうございます」
目を伏せるようにして、フィルロードが礼をする。
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