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第六章 互いの傷痕
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「兄? マースには、もう一人息子がいるの?」
「はい。ジュシルスと言います。この剣の本来の所有者は、その兄なんです」
「ジュシルス……、名前だけは覚えているわ。そう……、私たちの末の弟を兄さんが息子として引き取ったのね」
あご先に指を絡めて考えこむようにうつむいていたフィオナの視線が、上向く。
「あなた、名前は?」
「フィルロードです」
「フィル、ロード……?」
告げられた名前をおうむ返しに口にしたフィオナの表情が強張り、緩々と赤い瞳が伏せられていく。
どこか様子が変わった彼女に、リリーシャが不思議そうに声をかけた。
「どうかされましたか?」
「……いいえ、なんでもありません。素敵な名前ね」
リリーシャに首を振ってから、フィオナはフィルロードに笑いかける。
「ありがとうございます。父がつけてくれたと、聞いています」
嬉しそうに告げてくるフィルロードに、フィオナはどこかためらうように視線をさまよわせてから、両腕を組んだ。
「……ねえ、騎士様。あなたの本当のご両親は、今どうされているの?」
「あ……、すみません。わたしにもよくわからなくて。ですが、おそらく両親のどちらもがもう既に他界していると思います。幼い頃、父がわたしにこれを渡してくれたので」
フィルロードが、自分の懐から何かを取り出す。
それをとらえたフィオナの目が、かすかに大きさを増した。
「……! 銀の、横笛……」
思わず、彼女の指がそれに引き寄せられる。
フィルロードが、小さく頷いた。
「わたしの母の形見だそうです」
「形見? そう……、ならあなたのご両親はもう……」
差し出された横笛の上で指先を止めて、フィオナがポツリとつぶやく。ゆっくりと手を戻しながら、じっと見つめていた彼女の眼差しがやわらかく細められた。
「……大事に使っているのね」
「はい。肌身離さず持っていろと、父にも言われましたから」
「そう……」
それきり黙りこんでしまったフィオナを、リリーシャが覗きこむ。
「フィオナ様?」
「ああ、すみません。ちょっと、兄のことを思い出していたものですから」
はっと我に返った彼女が、口早に答える。
そうですか、と頷くリリーシャにフィオナは「姫様」と逆にたしなめ始めた。
「私のことは、フィオナとお呼びください」
「え、ですが……」
「テューラー家は、ミルスガルズ王家に代々仕える臣下の家系です。これでは、立場がおかしくなってしまいますから」
「は、はい。気をつけるようにします」
「ありがとうございます」
にっこり笑ったフィオナが、今度はフィルロードに目を向ける。
「兄さんは、元気にしているの?」
「いえ……。父は、五年ほど前に病で亡くなりました」
かぶりを振るフィルロードに、フィオナは残念そうに肩を落とした。
「そうだったの。その剣があなたたちに継がれている時点で、なんとなくは予感していたけれど。それだけ時が経ったということ……、ね。もう一度、直接会って話をしたかったわ」
遠くを見つめたまま動きを止めたフィオナを無言で眺めていたフィルロードは、ゆっくりと口を開いた。
「今度……、機会があれば我が家にお越しください。とは言っても、元々あなたのご実家でしょうが。兄も、そして父も……きっと喜びます」
「そう、ね。そうさせて貰うわ」
フィオナが微笑し、つられるようにフィルロードも口元を緩める。
二人の話を心配そうに見つめていたリリーシャもようやく笑顔になり、ふと横から響いてきた話し声に彼女がそちらを向くと、見知ったミルスガルズの騎士たち。
彼らにも一言お礼をと思い立った彼女は、フィルロードとフィオナに「すみません」と割って入った。
「少し、外れますね」
「はい。ここで、お待ちしていますので」
はにかんだ笑みを残して、リリーシャが背を向ける。
フィルロードの視界にもカリオスたち仲間の面々が入ってきて、彼らに歩み寄って行くリリーシャが映る。
彼女がカリオスたちと話し始めたのをきっかけに、フィルロードも隣のフィオナに話を振った。
「叔母上。あなたは、どうしてこんなところに? なぜ、ヴィルフレイド王を……」
「……兄さんに聞いたことはないの?」
抑揚のない低い声が返されて、フィルロードは覚えている範囲で記憶を探ってみたが、すぐさま否定を示した。
「いえ。父は、あなたのことを一度も話してはくれませんでした。兄は、もしかしたら知らされていたかもしれませんが……」
「私は、二十年ほど前にテューラーの家を飛び出したの。少し……、わけありで」
「そうだったんですね」
それ以上は何も尋ねてこないフィルロードに、フィオナは横目で伺いながら首を傾げた。
「わけを聞かないの?」
フィルロードはフィオナを一瞥してから、首肯する。
「いろいろと事情があるのは、お互い様ですから。あえて聞き出そうとは思いません」
「そう。その方が、私も助かるわ」
安堵したように、フィオナが嘆息する。
「はい。ジュシルスと言います。この剣の本来の所有者は、その兄なんです」
「ジュシルス……、名前だけは覚えているわ。そう……、私たちの末の弟を兄さんが息子として引き取ったのね」
あご先に指を絡めて考えこむようにうつむいていたフィオナの視線が、上向く。
「あなた、名前は?」
「フィルロードです」
「フィル、ロード……?」
告げられた名前をおうむ返しに口にしたフィオナの表情が強張り、緩々と赤い瞳が伏せられていく。
どこか様子が変わった彼女に、リリーシャが不思議そうに声をかけた。
「どうかされましたか?」
「……いいえ、なんでもありません。素敵な名前ね」
リリーシャに首を振ってから、フィオナはフィルロードに笑いかける。
「ありがとうございます。父がつけてくれたと、聞いています」
嬉しそうに告げてくるフィルロードに、フィオナはどこかためらうように視線をさまよわせてから、両腕を組んだ。
「……ねえ、騎士様。あなたの本当のご両親は、今どうされているの?」
「あ……、すみません。わたしにもよくわからなくて。ですが、おそらく両親のどちらもがもう既に他界していると思います。幼い頃、父がわたしにこれを渡してくれたので」
フィルロードが、自分の懐から何かを取り出す。
それをとらえたフィオナの目が、かすかに大きさを増した。
「……! 銀の、横笛……」
思わず、彼女の指がそれに引き寄せられる。
フィルロードが、小さく頷いた。
「わたしの母の形見だそうです」
「形見? そう……、ならあなたのご両親はもう……」
差し出された横笛の上で指先を止めて、フィオナがポツリとつぶやく。ゆっくりと手を戻しながら、じっと見つめていた彼女の眼差しがやわらかく細められた。
「……大事に使っているのね」
「はい。肌身離さず持っていろと、父にも言われましたから」
「そう……」
それきり黙りこんでしまったフィオナを、リリーシャが覗きこむ。
「フィオナ様?」
「ああ、すみません。ちょっと、兄のことを思い出していたものですから」
はっと我に返った彼女が、口早に答える。
そうですか、と頷くリリーシャにフィオナは「姫様」と逆にたしなめ始めた。
「私のことは、フィオナとお呼びください」
「え、ですが……」
「テューラー家は、ミルスガルズ王家に代々仕える臣下の家系です。これでは、立場がおかしくなってしまいますから」
「は、はい。気をつけるようにします」
「ありがとうございます」
にっこり笑ったフィオナが、今度はフィルロードに目を向ける。
「兄さんは、元気にしているの?」
「いえ……。父は、五年ほど前に病で亡くなりました」
かぶりを振るフィルロードに、フィオナは残念そうに肩を落とした。
「そうだったの。その剣があなたたちに継がれている時点で、なんとなくは予感していたけれど。それだけ時が経ったということ……、ね。もう一度、直接会って話をしたかったわ」
遠くを見つめたまま動きを止めたフィオナを無言で眺めていたフィルロードは、ゆっくりと口を開いた。
「今度……、機会があれば我が家にお越しください。とは言っても、元々あなたのご実家でしょうが。兄も、そして父も……きっと喜びます」
「そう、ね。そうさせて貰うわ」
フィオナが微笑し、つられるようにフィルロードも口元を緩める。
二人の話を心配そうに見つめていたリリーシャもようやく笑顔になり、ふと横から響いてきた話し声に彼女がそちらを向くと、見知ったミルスガルズの騎士たち。
彼らにも一言お礼をと思い立った彼女は、フィルロードとフィオナに「すみません」と割って入った。
「少し、外れますね」
「はい。ここで、お待ちしていますので」
はにかんだ笑みを残して、リリーシャが背を向ける。
フィルロードの視界にもカリオスたち仲間の面々が入ってきて、彼らに歩み寄って行くリリーシャが映る。
彼女がカリオスたちと話し始めたのをきっかけに、フィルロードも隣のフィオナに話を振った。
「叔母上。あなたは、どうしてこんなところに? なぜ、ヴィルフレイド王を……」
「……兄さんに聞いたことはないの?」
抑揚のない低い声が返されて、フィルロードは覚えている範囲で記憶を探ってみたが、すぐさま否定を示した。
「いえ。父は、あなたのことを一度も話してはくれませんでした。兄は、もしかしたら知らされていたかもしれませんが……」
「私は、二十年ほど前にテューラーの家を飛び出したの。少し……、わけありで」
「そうだったんですね」
それ以上は何も尋ねてこないフィルロードに、フィオナは横目で伺いながら首を傾げた。
「わけを聞かないの?」
フィルロードはフィオナを一瞥してから、首肯する。
「いろいろと事情があるのは、お互い様ですから。あえて聞き出そうとは思いません」
「そう。その方が、私も助かるわ」
安堵したように、フィオナが嘆息する。
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