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第六章 互いの傷痕
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捧げ持つようにリリーシャの手を持ち換えながら、フィルロードは真剣な眼差しを彼女に向けた。
「……失礼します!」
「え、あの……! んっ」
制止する間もなく、フィルロードはリリーシャの手の甲に口づけていく。ついばむように二度、三度と繰り返してから、薄く開いた唇から覗いた舌先が傷口に触れる。やわらかな感触に舐められ、軽く吸いつかれ、リリーシャはむず痒さに自分の衣服を握りしめた。
「フィル、ロード……」
「もう少し……、ご辛抱を……」
チラ、と赤い瞳がリリーシャを一瞥してくる。
「は、……っい……」
懸命に吐息をこらえながら、リリーシャは頷いた。
角度が変えられ、触れる位置が微妙にずれる。
口づけの音の合間に、フィルロードの息継ぎが艶めかしく聞こえてきて、リリーシャは耳を塞ぎたい衝動に唇を引き結んだ。
痛みはとうに消えているはずなのに、傷痕が熱を帯びてたまらない。
ようやくフィルロードの唇が離れていき、代わりにひんやりとした空気がまとわりついてくる。
思わず引っ込めそうになったリリーシャの手が、フィルロードの手に阻まれ、彼の指先がゆっくりと絡められていく。握られた手が予想以上に熱くて、彼女は小さく息を飲んだ。
空いている方の手のひらが、リリーシャの髪を優しく撫でていく。その手つきの心地よさに、彼女は自然とフィルロードの胸元に顔を寄せた。
おもむろに指の動きが止められ、彼は彼女の耳元に直接声を落とした。
「銀の髪飾り、よく似合っている。……リリー」
「……はい。嬉しいです、フィル」
グッ、とさらに絡んでくる指先に、リリーシャは顔を上げた。すぐにぶつかった紅の瞳には、普段の穏やかな輝きではない情炎のくすぶり。
「フィル……」
リリーシャの手が、フィルロードの頬に添えられる。
「もう一度……、私にキスしてくださいませんか?」
「っ。ですが、それは……」
フィルロードの表情が、強張る。
リリーシャは、彼を見つめたままゆっくりと頷いた。
「私は、大丈夫ですから」
「そう、仰られても……。その、無理にされる必要はないと思いますが」
「いえ、無理ではなくて……。私が、そうして欲しいので……」
徐々に消えていくリリーシャの声に、フィルロードの顔が一瞬唖然としたものになるが、すぐさまほころんでいく。
「……それなら、よろこんで」
笑顔を浮かべたリリーシャの瞳が、閉じられる。
「無理だと思ったら、すぐに仰ってくださいね? 止められるよう、善処致しますので……」
コク、とリリーシャが首を動かす。
彼女の髪を梳いていたフィルロードの手が彼女の後頭部に回り、髪飾りに触れた。ためらいがちに彼が近づいていき、そして。
引き合うように、唇同士が重なり合った。
時間が、周りの音さえも静止する。
しばらくしてフィルロードが少しだけ離れながら、薄っすらと目を開けたリリーシャにささやきかけた。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい……」
頬を染めて、リリーシャが答える。
彼女の額に自分の額を押しつけながら、フィルロードがクスッと微笑した。
「なら……、もっと続けても?」
さらに赤くなったリリーシャが、小さく頷く。フィルロードの衣服を掴んだ彼女の手に、ギュと力がこめられた。
それを心地よく受け取った紅の瞳が、細められる。
目を閉じて強張ってしまった彼女の頬に、鼻に、いたるところにフィルロードは証を刻んでいく。
予想にもしていなかったところに優しい熱たちを感じて、リリーシャの瞳が再び姿を現した。その瞼にも、彼の刻印が残されて。
戸惑うような淡黄色の輝きに悪戯っぽく笑いかけてから、フィルロードは薄く開かれたリリーシャの唇に覆いかぶさっていった。
「……失礼します!」
「え、あの……! んっ」
制止する間もなく、フィルロードはリリーシャの手の甲に口づけていく。ついばむように二度、三度と繰り返してから、薄く開いた唇から覗いた舌先が傷口に触れる。やわらかな感触に舐められ、軽く吸いつかれ、リリーシャはむず痒さに自分の衣服を握りしめた。
「フィル、ロード……」
「もう少し……、ご辛抱を……」
チラ、と赤い瞳がリリーシャを一瞥してくる。
「は、……っい……」
懸命に吐息をこらえながら、リリーシャは頷いた。
角度が変えられ、触れる位置が微妙にずれる。
口づけの音の合間に、フィルロードの息継ぎが艶めかしく聞こえてきて、リリーシャは耳を塞ぎたい衝動に唇を引き結んだ。
痛みはとうに消えているはずなのに、傷痕が熱を帯びてたまらない。
ようやくフィルロードの唇が離れていき、代わりにひんやりとした空気がまとわりついてくる。
思わず引っ込めそうになったリリーシャの手が、フィルロードの手に阻まれ、彼の指先がゆっくりと絡められていく。握られた手が予想以上に熱くて、彼女は小さく息を飲んだ。
空いている方の手のひらが、リリーシャの髪を優しく撫でていく。その手つきの心地よさに、彼女は自然とフィルロードの胸元に顔を寄せた。
おもむろに指の動きが止められ、彼は彼女の耳元に直接声を落とした。
「銀の髪飾り、よく似合っている。……リリー」
「……はい。嬉しいです、フィル」
グッ、とさらに絡んでくる指先に、リリーシャは顔を上げた。すぐにぶつかった紅の瞳には、普段の穏やかな輝きではない情炎のくすぶり。
「フィル……」
リリーシャの手が、フィルロードの頬に添えられる。
「もう一度……、私にキスしてくださいませんか?」
「っ。ですが、それは……」
フィルロードの表情が、強張る。
リリーシャは、彼を見つめたままゆっくりと頷いた。
「私は、大丈夫ですから」
「そう、仰られても……。その、無理にされる必要はないと思いますが」
「いえ、無理ではなくて……。私が、そうして欲しいので……」
徐々に消えていくリリーシャの声に、フィルロードの顔が一瞬唖然としたものになるが、すぐさまほころんでいく。
「……それなら、よろこんで」
笑顔を浮かべたリリーシャの瞳が、閉じられる。
「無理だと思ったら、すぐに仰ってくださいね? 止められるよう、善処致しますので……」
コク、とリリーシャが首を動かす。
彼女の髪を梳いていたフィルロードの手が彼女の後頭部に回り、髪飾りに触れた。ためらいがちに彼が近づいていき、そして。
引き合うように、唇同士が重なり合った。
時間が、周りの音さえも静止する。
しばらくしてフィルロードが少しだけ離れながら、薄っすらと目を開けたリリーシャにささやきかけた。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい……」
頬を染めて、リリーシャが答える。
彼女の額に自分の額を押しつけながら、フィルロードがクスッと微笑した。
「なら……、もっと続けても?」
さらに赤くなったリリーシャが、小さく頷く。フィルロードの衣服を掴んだ彼女の手に、ギュと力がこめられた。
それを心地よく受け取った紅の瞳が、細められる。
目を閉じて強張ってしまった彼女の頬に、鼻に、いたるところにフィルロードは証を刻んでいく。
予想にもしていなかったところに優しい熱たちを感じて、リリーシャの瞳が再び姿を現した。その瞼にも、彼の刻印が残されて。
戸惑うような淡黄色の輝きに悪戯っぽく笑いかけてから、フィルロードは薄く開かれたリリーシャの唇に覆いかぶさっていった。
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