身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

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第六章 互いの傷痕

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「なんて、本気になさらないでくださいね? ふふっ。そろそろ戻りましょうか、姫様。私としてはもっとお話をしていたいのですけれど、今頃、姫様の姿が見当たらなくて、血眼になって探しているでしょうから。件の、騎士様は」

 唇に人差し指を当てながら楽しそうに告げてくるフィオナに、リリーシャは困惑する眼差しを少しだけ宙にさまよわせてから、「はい」と返事をした。


 ***


「――姫! こちらにいらっしゃったのですね」

 リリーシャたちが城内に戻ると真っ先に声がかけられ、リリーシャは嬉しそうに彼の名前を呼んだ。

「フィルロード」
「あ……」

 リリーシャの手前で不意に立ち止まったフィルロードに、彼女は不思議そうに小首を傾げる。

「? どうかしましたか?」
「あ……、いえ、髪型が変わっていらっしゃったので、少し戸惑ってしまいました。申し訳――」
「素直に、見とれていましたと報告したらどう?」
「っ!?」

 リリーシャの背後から飛んできた言葉に、フィルロードが完全に息を詰まらせた。

「フィオナ」

 後ろに目を向けたリリーシャが、言葉の主を呼ぶ。
 現れたフィオナに、フィルロードの整った顔立ちがわずかに引きつった。

「あ、ああ……、叔母上と一緒だったのですね。ですが、こんなところで何を……」
「あら。私の髪型が変わっても、反応すらないなんて」
「……! あ……、す、すみません」

 フィオナが髪を払いのける仕草に目を丸くしながら、フィルロードが慌てて謝罪する。
 ふう、と嘆息したフィオナは短くなった髪を押さえつけて横目で彼を見た。

「ほんと、失礼しちゃうわね。兄さんもジュシルスも、女性の扱いをちゃんと教えてくれなかったのかしら? まあ、そういうところも魅力の一つなのかもしれないけれど。あまり待たせすぎるのも男としてどうかと思うわよ、騎士様」
「は、はあ……」
「じゃあね、姫様を頼んだわよ」

 意味がよくわからず気のない返事をするフィルロードに背を向け、肩の上で右手をヒラヒラさせながら移動していくフィオナを、リリーシャが呼び止める。

「ありがとうございました、フィオナ」
「こちらこそ。楽しい時間を過ごさせて頂き、光栄でしたわ。それでは」
「はい」

 リリーシャに一礼してから、フィオナが去っていく。
 それを目で追って彼女の姿が消えたと同時に、リリーシャはフィルロードに問いかけた。

「フィルロード、もう大丈夫なのですか?」
「? なんのことです?」
「先日の……、あの……」

 言いにくそうに話してくるリリーシャに、フィルロードは「ああ」と合点が言ったように一つ息を落とした。

「あのときは、その……、情けない姿をお見せして申し訳ありませんでした。あれからも、いろいろと一人で考えましたが……」

 項垂れて、フィルロードは金色の髪を横にふる。両手を広げ、片方ずつ交互に見比べてからグッと同時に握りしめた彼は、ゆっくりと顔を上げた。

「あなたのおかげで、自分なりに整理がついたようです。心より、感謝致します」
「そうですか。それなら、よかったです」

 吹っ切れたように爽やかな笑顔を向けてくるフィルロードに、安堵したリリーシャもまた口元に笑みを浮かべる。

 フィルロードは、改めてリリーシャに質問した。

「それで……、その髪はどうされたのです?」
「あ、はい。先ほどフィオナに髪飾りを頂いて、つけて貰いました。どうですか、フィルロード」

 フィルロードに見せようと、リリーシャは屈みこむ。

「似合い……、ますか?」

 はにかんだように尋ねてくる彼女に、フィルロードは思わず口元を手で覆った。何かに耐えるように頬に爪を立てていると、髪飾りを示す彼女の手に薄っすらとした赤い線があることに気づく。

「姫? もしや、御手に怪我をされているのでは……!?」
「あ……。すっかり、忘れていました。ですがもう、だいぶ乾いてきていますし、これくらい平気です」

 手の甲をフィルロードに見せながら、リリーシャは悪戯っぽく微笑する。「あ!」と何かを思い出したように、彼女は怪我をしていない方の指先をあごに当てた。

「幼い頃のあなた風に言えば、これくらい舐めておけば治る、でしたか?」
「な……っそれは、わたしの場合であって……!」

 頬をわずかに染めながら否定してくるフィルロードの前で、リリーシャが手の甲を唇に寄せていく。その手首が、突然伸びてきた手に掴まれた。

「姫!? 姫がされるくらいなら、わたしがやりますから!」
「え……っ」

 急に迫ってきたフィルロードに、リリーシャは淡黄色の瞳を瞬かせる。
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