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第六章 互いの傷痕
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「フィオナ、髪が……!」
「ええ。先に、行って貰うだけですから」
上空を仰いでいた紅の瞳が、どこか寂しそうに細められる。
あ、と何かを思いついたフィオナは、左手をリリーシャに差し出した。
「姫様。よろしかったらこの髪飾り、貰って頂けませんか?」
「え、私が頂いても良いのですか? あなたの大事なものなのでは?」
「だからです。捨てるに捨てられませんし、髪も短くなってしまいました。私にはもう必要なくなりましたから。姫様に使って頂けると、この髪飾りも――これをくれた贈り主もきっと喜びます」
「……わかりました、そう言うことでしたら」
「ありがとうございます。姫様、ちょっと御髪を失礼しますね」
フィオナはリリーシャの後ろに回ると、青みがかった紫の髪にそっと触れる。壊れ物を扱うかのように、フィオナの指がリリーシャの髪を梳いていく。
「ミルスガルズは今、どうなっているのですか?」
「そうですね……。今は、私の姉が女王代行として国を預かっています。ついこの前、伴侶を得られたばかりで」
「伴侶を? それは、元ミルスガルズ国民としては嬉しいお話ですね」
「あなたにも、まったく関係のない話ではないのですよ」
「そうなのですか? それって、まさか……」
思い当ったフィオナの口元に、苦いものが浮かぶ。
「はい。お姉さまが選ばれたのは、今のミルスガルズ騎士団ジュシルス団長ですから」
嬉しそうに告げるリリーシャに、フィオナは呆れたように嘆息した。
「……私の弟は、ミルスガルズ騎士団団長という名誉だけに飽き足らず、ついにミルスガルズ王家にまで手を出してしまったのですね。しかも、次期女王陛下に。兄でも思いとどまっていたというのに……、困った子。今度会ったら、どういうことか説明してもらわなきゃいけませんね」
リリーシャの髪を束ねて、フィオナは器用に編みこんでいく。
「姉姫様がご結婚されたということは、次はあなたですよね。姫様。どなたか、候補の殿方はいらっしゃるのですか?」
「…………」
話を振られ、リリーシャはうつむいてしまう。
「ここに来られた理由は、なんとなくお察しします。ここでのことは――、忘れたくてもそう簡単に忘れられるとは思えませんけれど」
「……はい。それは、フィオナも同じなのではないですか?」
背中越しにリリーシャが問いかければ、息を吐く音が聞こえてきた。
「私はもう、慣れましたから。新しくやり直すほどの若さも情熱も、とうの昔に失われてしまいましたし」
「そんな、ことは……!」
「ふふっ! だから、姫様には私の分まで幸せになって頂かないとね」
リリーシャのまとめられた髪に、銀の髪飾りが差しこまれる。
「さあ、出来ました」
笑顔のフィオナにどう言葉をかけていいかわからず、リリーシャは迷ったものの、とりあえず口を開くことにした。
「あ、ありがとうございます、フィオナ。……ここに鏡がないのが、残念ですね」
「とてもよくお似合いですわ」
「そうですか? 少し……、照れてしまいます」
うつむくリリーシャの隣に移動してから、「ねえ、姫様」とフィオナは声をかける。
「はい?」
「あの性格ですし、いろいろなことでうじうじ悩んではいそうですけれど。私の生真面目すぎる甥とか、姫様のお相手候補としていかがです?」
「え! あ、その……」
一瞬で頭に浮かんだ姿に、リリーシャは頬に熱が集まってくるのを感じながら、しどろもどろになってしまう。
「もちろん、身分の差はありますが。同じテューラー家出身といっても、ジュシルスと違って明確な栄誉も持っていないでしょうから。正直、今のままでは姫様と釣り合うはずがありませんわ」
大げさなほど両手を広げて首を振るフィオナに小さく笑ってから、リリーシャは憂いに満ちた淡黄色の瞳を宙にさまよわせた。
「私は……、私自身は身分の差はそれほど気にしてはいません。ですが、私ではもうフィルロードにはふさわしくないのではと。そう、思っていて……」
「姫様が? それはどうして?」
リリーシャからそんな言葉が出てくるとは予想外で、フィオナは紅の瞳を丸くする。
無言で、リリーシャは小さく頷いた。
「前に……、私の本当の意志ではなくとも、彼を拒絶してしまったことがあるのです。けれど、彼はそれからもずっと私の傍で私を見守ってくれています。どうしていいか、わからなくなるときがあって……」
「あら。一度拒まれたくらいで、意気地のない。それが本当でしたら、我が甥ながら情けないことこの上ないですわね」
これ見よがしに深々と嘆息してから、フィオナは両肩をすくめた。
「フィオナ……?」
首を傾げるリリーシャの肩に手を置きながら、フィオナは「ごめんなさいね、姫様」と謝罪する。
「私自身、まだ会って日は浅いですけれど、あの根性なしの甥っ子もれっきとしたテューラーの血筋。ご存知ですか? テューラーの血筋は――」
リリーシャの耳元に唇を近づけて、フィオナはそっと耳打ちした。
「惚れた相手にはすごく情熱的、なんですよ?」
「……!」
「ええ。先に、行って貰うだけですから」
上空を仰いでいた紅の瞳が、どこか寂しそうに細められる。
あ、と何かを思いついたフィオナは、左手をリリーシャに差し出した。
「姫様。よろしかったらこの髪飾り、貰って頂けませんか?」
「え、私が頂いても良いのですか? あなたの大事なものなのでは?」
「だからです。捨てるに捨てられませんし、髪も短くなってしまいました。私にはもう必要なくなりましたから。姫様に使って頂けると、この髪飾りも――これをくれた贈り主もきっと喜びます」
「……わかりました、そう言うことでしたら」
「ありがとうございます。姫様、ちょっと御髪を失礼しますね」
フィオナはリリーシャの後ろに回ると、青みがかった紫の髪にそっと触れる。壊れ物を扱うかのように、フィオナの指がリリーシャの髪を梳いていく。
「ミルスガルズは今、どうなっているのですか?」
「そうですね……。今は、私の姉が女王代行として国を預かっています。ついこの前、伴侶を得られたばかりで」
「伴侶を? それは、元ミルスガルズ国民としては嬉しいお話ですね」
「あなたにも、まったく関係のない話ではないのですよ」
「そうなのですか? それって、まさか……」
思い当ったフィオナの口元に、苦いものが浮かぶ。
「はい。お姉さまが選ばれたのは、今のミルスガルズ騎士団ジュシルス団長ですから」
嬉しそうに告げるリリーシャに、フィオナは呆れたように嘆息した。
「……私の弟は、ミルスガルズ騎士団団長という名誉だけに飽き足らず、ついにミルスガルズ王家にまで手を出してしまったのですね。しかも、次期女王陛下に。兄でも思いとどまっていたというのに……、困った子。今度会ったら、どういうことか説明してもらわなきゃいけませんね」
リリーシャの髪を束ねて、フィオナは器用に編みこんでいく。
「姉姫様がご結婚されたということは、次はあなたですよね。姫様。どなたか、候補の殿方はいらっしゃるのですか?」
「…………」
話を振られ、リリーシャはうつむいてしまう。
「ここに来られた理由は、なんとなくお察しします。ここでのことは――、忘れたくてもそう簡単に忘れられるとは思えませんけれど」
「……はい。それは、フィオナも同じなのではないですか?」
背中越しにリリーシャが問いかければ、息を吐く音が聞こえてきた。
「私はもう、慣れましたから。新しくやり直すほどの若さも情熱も、とうの昔に失われてしまいましたし」
「そんな、ことは……!」
「ふふっ! だから、姫様には私の分まで幸せになって頂かないとね」
リリーシャのまとめられた髪に、銀の髪飾りが差しこまれる。
「さあ、出来ました」
笑顔のフィオナにどう言葉をかけていいかわからず、リリーシャは迷ったものの、とりあえず口を開くことにした。
「あ、ありがとうございます、フィオナ。……ここに鏡がないのが、残念ですね」
「とてもよくお似合いですわ」
「そうですか? 少し……、照れてしまいます」
うつむくリリーシャの隣に移動してから、「ねえ、姫様」とフィオナは声をかける。
「はい?」
「あの性格ですし、いろいろなことでうじうじ悩んではいそうですけれど。私の生真面目すぎる甥とか、姫様のお相手候補としていかがです?」
「え! あ、その……」
一瞬で頭に浮かんだ姿に、リリーシャは頬に熱が集まってくるのを感じながら、しどろもどろになってしまう。
「もちろん、身分の差はありますが。同じテューラー家出身といっても、ジュシルスと違って明確な栄誉も持っていないでしょうから。正直、今のままでは姫様と釣り合うはずがありませんわ」
大げさなほど両手を広げて首を振るフィオナに小さく笑ってから、リリーシャは憂いに満ちた淡黄色の瞳を宙にさまよわせた。
「私は……、私自身は身分の差はそれほど気にしてはいません。ですが、私ではもうフィルロードにはふさわしくないのではと。そう、思っていて……」
「姫様が? それはどうして?」
リリーシャからそんな言葉が出てくるとは予想外で、フィオナは紅の瞳を丸くする。
無言で、リリーシャは小さく頷いた。
「前に……、私の本当の意志ではなくとも、彼を拒絶してしまったことがあるのです。けれど、彼はそれからもずっと私の傍で私を見守ってくれています。どうしていいか、わからなくなるときがあって……」
「あら。一度拒まれたくらいで、意気地のない。それが本当でしたら、我が甥ながら情けないことこの上ないですわね」
これ見よがしに深々と嘆息してから、フィオナは両肩をすくめた。
「フィオナ……?」
首を傾げるリリーシャの肩に手を置きながら、フィオナは「ごめんなさいね、姫様」と謝罪する。
「私自身、まだ会って日は浅いですけれど、あの根性なしの甥っ子もれっきとしたテューラーの血筋。ご存知ですか? テューラーの血筋は――」
リリーシャの耳元に唇を近づけて、フィオナはそっと耳打ちした。
「惚れた相手にはすごく情熱的、なんですよ?」
「……!」
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