紅き龍棲の玉座

五月雨輝

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ランファンへ

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 いくら家族を持たぬ若者達が中心であるとは言え、八百人もの人間が、罪人とされた一人の人間に付き従おうとするのは尋常ではない。

「お前ら、正気か……」

 リューシスは呆然としたが、その後に思わず怒りをにじませた。

「いいのか? 俺について来るってことはローヤン朝廷に歯向かうってことだぞ? それに、俺はこれからどうするか決めてない。この先満足に食えないかも知れないぞ?」

 だが、彼らは皆引き下がらなかった。

「お連れ下さい!」
「どうせ俺達は中央に賄賂を送るような金もねえ。一生出世できねえ」
「ならば殿下について行きたい」

 若者達は、若さ故の向こう見ずな熱意に満ちた目を輝かせ、口を揃えて訴えた。

 ネイマンが、笑いながらリューシスの肩を叩いた。

「いいじゃねえか。お前はまだ丞相らと戦うと決めてはなくとも、奴らはお前を狙っているんだ。嫌でも戦わないと行けなくなる。その為には兵は必要だろ」

 リューシスは答えなかったが、複雑そうな表情で頷いた。

 そこへ、マーサー・ムーロンが気まずそうに進み出た。

「殿下、私も行きたいと思いますが、私には妻と子、年老いた両親が郊外の村におりますので……」

 残ると決めた者たちは、大体がこのような理由であった。
 家族が城外の村や集落に住んでいる。もしくは、生活も安定しているので、リューシスは慕っているがわざわざついて行きたいとまでは思わない者たちである。

 リューシスは苦笑して答えた。

「気にするな。お前の感覚が普通なんだ。それよりは、残った兵士らをしっかりと頼む。そして、キラたちと一緒に、何としてもクージン城を奪還してくれ」
「はっ」

 マーサーは両手を組んで頭を下げた後、

「しかし、いずれ時が来たら、私も必ず殿下の下へ」
「まあ、ほどほどにな……」

 リューシスが苦笑いで言った時、リューシスは、エレーナが所在無げに佇んでいるのに気付いた。

「エレーナは、またホウロー山に戻ってフェイリン復興を目指すか?」

 エレーナは振り返り、寂しげな顔でリューシスを見た。

 マーサーが、狼狽えた顔でリューシスに言った。

「殿下。それはローヤン帝国からすれば反乱勢力です。知ってしまった以上、いかにエレーナ様とは言え、我らとしては見過ごすわけには……」
「ああ、だよな……」

 リューシスは気まずそうに顔をかいた。

 エレーナは、彼方の夜闇の中に黒く沈むクージン城を見て言った。

「私の仲間たち三人が、まだあそこにいるから……」
「そう言えばそうだったな」

 だが、そこで、その会話を聞いていた兵士二人が、顔を見合わせた後に、恐る恐る進み出た。

「あの……エレーナ様のお仲間と言うのは、ホウロー山にいた人で、長い金髪を後ろで束ねた北方民族の方でしょうか?」

 エレーナは振り返り、答えた。

「それだけじゃわからないけど、髪型はそれよ」

 兵士二人は、再び顔を見合わせて言った。

「その方々なら、すでに殺されております」
「えっ?」

 エレーナが驚いて口に手を当てた。

 兵士二人が言うには、昼間の混乱が発生した際、彼ら二人は尋問室がある建物の近くにいたらしい。
 ふと見ると、その建物の中から、長い金髪を後頭部で束ねた北方民族風の男三人が飛び出して来た。彼らは必死に逃げようとしていたが、すぐに追いかけて来た衛兵らによって三人とも突き殺されてしまったのだと言う。

「そんな……」

 エレーナの目が涙ぐみ、口を手で抑えた。

「あの時、衛兵たちが、ホウロー山がどうとか叫んでいたのを聞きました……間違いないかと……」

 兵士二人は気まずそうに言った。

 エレーナは、目尻から流れる涙を指で拭った。
 これで、彼女は全ての仲間を失い、一人ぼっちになってしまったことになる。
 だが、彼女は気丈に泣き声は上げなかった。

 その姿を見たリューシスは、嘆息して星の海が広がる夜空を仰いだ。

 その後、エレーナの悲痛な横顔を見つめると、ゆっくりと歩み寄った。

「……エレーナ、良ければ一緒に来ないか?」

 エレーナはリューシスの顔を見た。
 その目は、夜闇の中でも赤くなっているのがわかった。

「そもそもの原因は全て俺だ。そんな俺と来るのは嫌かも知れないが……お前の居場所は必ず俺が見つけてやる」

 エレーナは何も答えず、目を伏せた。だが、拒否の言葉も言わなかった。

 その後、リューシスは、皆に言い渡した。

「キラとダルコがこちらに向かっている今、できれば夜のうちに出発したい。だが、日中の激しい戦の後だ、皆疲れているだろう。そこで、三時間の仮眠を取る。その後、まだ空が暗いうちにランファンに向かう」

 こうして、全兵士が星空の下で仮眠を取ることとなった。
 夜具はわずかしかない。ほとんどの兵士らは、甲冑姿のまま野の上に横になった。春の後半で少しは暖かかったのが幸いであった。
 ネイマン、ヴァレリーらも武器を抱いたまま、野の上に横になった。
 エレーナは、気遣った兵士らが持って来てくれた厚手の布にくるまって寝た。

 兵士らは、リューシスにも厚手の布を勧めた。
 だが、リューシスは断り、傷ついている兵士に使わせてやれ、と命じた。
 そして、自分は神猫シャオミンと共に大樹を見つけてその根本に寄りかかり、目を閉じた。

 だが、なかなか寝付けなかった。
 昨日もまともに睡眠は取っていない。だが、何故か睡眠はやって来なかった。

 リューシスは目を開け、夜空を見上げた。
 無窮の夜空には、淡く青や赤や緑の輝きを放つ星々の海が、果てしなく広がっていた。


 ――俺は、何故生きようとしているのだろう?


 星屑を見つめる褐色の瞳が、またも虚無の色を帯びた。


(俺はいつ死んでもいいと思っていた。俺が生きていたら、世の為にはならないと思っていた。だから、アンラードで斬首されそうになった時も、それで構わないと思ったし、イーハオの身代わりになろうとした時も本気だった。俺の命と引き換えにイーハオの命を救えるなら、それで死んでも悔いはない、むしろ俺の命の価値ができた、と思っていた)

(だが、アンラードで斬首寸前、バーレンとネイマンに救われた時は安心したし、その後も生き延びようと必死になった。イーハオの身代わりに斬られようとした時も、正直言って恐ろしかった。だが……それは何故だ?)

(普通ならば、死への恐怖だろう。だが……違う気がする。俺は……いつ死んでもいいと思いながらも、何故生きようとするのだろう……)

 その時、傍らのシャオミンが目を開けてリューシスを見上げた。

「殿下、寝ないの?」

 リューシスはシャオミンを見て微笑んだ。

「どうも寝付けなくてな。お前こそどうした」
「僕は……イーハオとアルハオが気になって……」

 シャオミンはおもむろに浮き上がり、彼方の闇に沈むクージン城を見た。

「ああ、そうだな」

 リューシスも心配そうな顔となった。

 その時であった。

 少し離れたところで、見張りの兵が何か騒いでいる。

「駄目だ、今は殿下はお休み中である」

 それに対し、酒焼けした声が響いた。

「いや、ちょっとでいいんだ。殿下だって、この前、寝ていた私を叩き起こしたんだ。おあいこだ」

 その声は、チャオリーであった。

 何故ここに来られたのか、と疑問に思いながらも、リューシスは苦笑しながら立ち上がり、騒ぎ声のする方へ行った。

「構わない。通せ。どうしたチャオリー」

 チャオリーはリューシスを見ると、ぱっと顔を輝かせた。

「おお、殿下。夜中に申し訳ございませぬ」
「お前、よくクージン城からここに出られたな。今頃は厳戒態勢だろうに」
「ええ。クージン城内はピリピリとして大変なものですよ。しかし、門番に私が診てやっている者が何人かいましてな。金を握らせたら通してくれたのです」
「はは、医者ってのは凄いよな。で、どうした?」

「殿下は、この後ランファンへ向かうのでしょう?」
「そうだ」
「その前に、お伝えしたいことがありましてな」
「何だ?」
「まず、イーハオ、アルハオの兄弟が気になっておりましょう。あの二人は、私が面倒を見ますので、ご安心ください」

 リューシスは顔を明るくした。

「そうか! それなら安心だ。……いや待て、お前で安心かな……」

 リューシスが冗談めかして苦笑いすると、チャオリーはむっとした。

「失礼な。もっと私を信用してもらいたいものですな。これでも私はローヤンの宮廷侍医まで務めた男ですぞ」
「わかったよ。じゃあ、頼むぞ」
「それと……もう一つ申し上げたいことがございます。これは真剣な話です」

 と言うと、チャオリーは襟を正し、厳粛な顔となってリューシスを見つめた。

「殿下は、昼間にイーハオを救う際、身代わりになろうとなさいました」
「ああ……」
「あのような行動はお控えください」
「何?」
「殿下は、自分の命と引き換えに誰かの命が救えるなら、それで死んでも構わない。そう思っておられますな?」

 チャオリーが言うと、リューシスはその顔を睨んだ。

「おい、いい加減なことを言うな」
「いいえ。私は、殿下を幼少の頃から見ておりますからな、わかります。しかし、それは行けませんぞ」
「…………」

 チャオリーは、大きく息を吐くと、思い切ったように言った。

「殿下、実は私は、世間の噂通りに、確かにローヤン朝廷と皇家の秘密を知ってしまったのです」
「何っ? やっぱりか」

 リューシスが驚いて大声を出した。

「ええ。ですが、今ここでそれは言えません。いずれ、時期が来たら、それを殿下にお話しいたします」
「おいおい、気になるだろ……」
「いえ、申し訳ないのですが、今は言えません」
「ますます眠れねえじゃねえか!」

「しかし、殿下。私には一つだけ言えることがあります」
「うん?」

「殿下は、あの東南騒動(リューシスとバルタザールの皇位継承権を巡る派閥争い)以後、自分はローヤンにとっての災いの種。自分が生きているだけで国が割れ、何万人もの人間が死ぬことになる、そう思っておられましょう。殿下は、あの騒動で傅役であったスルツカヤ将軍、母君であるリュディナ様を失いましたからな……ならば、自分はこの世に生きていない方がいい人間だ。そう思っておられましょう」

 チャオリーが言うと、リューシスは再び鋭く睨んだ。

「俺の心を勝手に決めつけるな」

 だが、チャオリーは無視して話を続けた。

「しかし、それは違いますぞ。殿下は生きなければなりませぬ」
「うん……?」
「リューシス殿下は、ご自身のせいで万の人間を死なせることになっても、それ以上に百万人もの人間を救う事ができる力を持っているのです。それが、貴方様と言う人間です」

 リューシスは、はっとしてチャオリーの顔を見たが、すぐに横を向き、ぶっきらぼうに言った。

「お前もかよ……どいつもこいつも……買い被りだ」
「いえ、違います。買い被りなどではございません。多くの欠点を持つ貴方様でありますが、それ以上に殿下には素晴らしい力があるのです。暗闇の世に光を与える力です。それをお忘れなきよう。それともう一つ。ローヤン帝国の皇帝位は、貴方様が継承しなければなりません」

「…………」
「皇太子のバルタザール様もローヤン皇帝位にふさわしい優秀なお方です。しかし、バルタザール様では行けないのです。ローヤン帝国の、龍が棲む紅い玉座には、貴方様が座らなければならないのです」
「どういうことだ?」

 だが、チャオリーは足早に背を返した。

「お伝えしたいのは以上です。では殿下、ご武運あらんことを」
「おい、待てよ」

 リューシスは呼び止めたが、チャオリーは振り返って手を振っただけで、すぐに闇の中へと消えて行ってしまった。


 
 こうして、三時間の仮眠を取った後、まだ空が暗いうちに、リューシスらは、ヴァレリー、エレーナ、志願して来た兵士約八百人を加え、ランファンへ向けて出発した。

 全員、日中の戦で奪った馬に乗っての行軍である。

 三日後には、バーレン、イェダー、その他親衛隊の者らと約束した地、リューシスの封土であるランファンに辿り着いた。
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