紅き龍棲の玉座

五月雨輝

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草原の王子

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「ええ」
「俺に関する重大な秘密? それは何だ?」

 リューシスは急かすように言ったが、リョウエンは申し訳なさそうに、

「いえ、チャオリーはそこまで言っただけで、肝心の内容までは言ってくれませんでした」
「おいおい、なんだよ……」

 リューシスは、力が抜けたように椅子に座り込んだ。

「申し訳ございませぬ。私も何としても聞き出そうとしたのですが、結局チャオリーは、『これだけはまだ言えない』と、最後まで話してくれませんでした」

 リョウエンはうなだれて言った。
 リューシスは、両手を軽く机の上に叩きながら、苛立たしげに文句を言った。

「あの野郎……また夜眠れなくなるようなこと言いやがって……言えねえなら中途半端なこと言うなよ」
「ああ、申し訳ございませぬ。この事は言わない方がようございましたな」

 リョウエンは慌てて謝り、頭を下げた。

「いや、いいよ。気にするな。俺に関することだとわかっただけでもいい……いや、よくねえよ。だけど仕方ない」

 リューシスは苦笑いしながらも、冗談めかした口調で言った。

 すると、リョウエンは思い出したように、

「ああ。しかし殿下。チャオリーは最後にこうも言いました」




「でもリョウエンさん。もし、この先、無事に殿下のところに行けて、いつの日か殿下が自身に関する秘密を知った時が来たら、言ってあげて欲しいんだ。"そんなもの"はただのくだらない迷信だ。それに惑わされず、自身の道を進んで欲しい。そして、どんな困難が待ち受けようとも、殿下は必ずそれを克服できる力を持っている。我々医者は病人を救うことはできるが、国の病を治すことはできない。それができるのはリューシス殿下だけだ。殿下こそがローヤン帝国に巣食った病を治すことができ、更に言えば、この大陸の億万の民を救うことができるのだ、と」

 チャオリーは杯を置くと、両頬を赤くしながらも真剣に言ったのだった。



「"そんなもの"? 迷信?」

 リューシスは首を傾げた。

「はい。チャオリーはそう言っておりました」
「どういうことだろうな? そして俺だけじゃなく、アランシエフ家にも関すること……」

 リューシスは腕を組み、難しい顔で考え込んだ。
 その時、扉の外から取次の兵士の声が聞こえた。

「失礼いたします。ヴァレリー・チェルノフ将軍から、敵軍は今、北東およそ四十コーリーの地点を進んでいる、とのことです」

 リューシスはそれを聞くと、軍事指揮官の顔に戻り、外に向かって答えた。

「流石にマンジュの連中は速いな。わかった、と伝えてくれ」
「はっ」

 兵士の足音が遠ざかって行った。

 リューシスは、笑いながらリョウエンに言った。

「あの飲んだくれ医者をさらって来ないと行けないな。だが、その前に一戦だ」





「リューシスパールは、稀有けうの戦術使いと聞いていますが、本当ですかな?」

 覇気に満ちた顔に逞しい体躯、威風堂々としたマンジュ族の王子が一角馬イージューバ鞍上あんじょうで言った。

「ああ。我がローヤン帝国でも一、二を争うだろうねえ。」

 駒を並べて進む七龍将軍チーロンサージュンの一人、サイフォン・ラドゥーロフがのんびりと答えた。

「ほう、七龍将軍チーロンサージュンである貴殿よりも上ですか?」

 バティは、二十五歳の若々しい顔を驚かせて訊いた。
 対して、三十六歳のベテラン武将、サイフォンは頬を指でかきながら答えた。

「はは。もちろん。あのお方は皇子であるが故に七龍将などの官職はありませんが、間違いなく我々七龍将よりも戦上手でしょうな。はっはっはっ」

 サイフォンは大声で笑った。彼は、ルスラン・ナビウリンと同じような陽気な性質であった。

「ほう……」

 そこで、バティは彫り深い顔の表情を引き締めた。

 マンジュ族は北方民族であるが、ローヤン、フェイリン、ガルシャワなどの民族とはそのルーツが違うのか、容貌はハンウェイ人に非常に近い。
 顔立ちこそ北方民族らしく彫りが少し深めであるが、頭髪や瞳は黒であり、肌の色も淡い黄白色である。

 サイフォンは、そんなバティの横顔を一度見てから言った。

「ま、不思議なお方でしてな。普段は素行も悪くだらしない。金銭感覚がおかしいので、皇子であるにも関わらず常に金庫は空っぽ。そして人が良いせいか謀略にも疎く、丞相の計略に簡単に引っかかったりする。しかし、一度戦場に出れば、神懸かり的な采配を見せ、倍の敵軍をもたやすく討ち破ってしまうのですよ」
「ほう、それは面白い。いにしえの伝説の覇王マンドゥー・ツァオから軍事の才能以外を全て落としたような人、と言うところか」

 バティは、流暢なハンウェイ語で答えた。

「ははは、その言い方は面白い。確かにそんな感じだ。しかし、あのお方の場合、その多くの欠点が不思議な魅力になっているらしく、何故か人望がありましてな。多くの者達があのお方を慕ってルード・シェン山に集まっているのですよ」
「なるほど。しかし、その言いよう、貴殿もリューシスパールが嫌いではないと見えますな」

 バティが皮肉そうに笑うと、サイフォンはまた大声で笑った。

「まあ、大きな声では言えないが、実を言うと私はあの殿下の人柄と才を惜しみ、その境遇にも同情しておりましてな。実は今回もあまり気が進まんのですよ」
「ふうむ、なるほど。しかし戦うのが楽しみになって来た。噂に聞く"ローヤンの閃光"リューシスパール。我が采配と、我らマンジュ騎馬軍団で討ち破ってみせよう」



 そして彼らの軍勢は、ルード・シェン山の北部およそ二十コーリーの地点にまで達した。
 しかし、そこで斥候からの報告を聞いて、サイフォン、バティ、共に顔をしかめた。

「何? リューシス殿下の軍がいない?」

 サイフォンは馬上から訊き返した。

「はい。どこにも布陣している姿は無く、むしろ、ルード・シェン山に籠って迎撃準備をしている様子でございます」

 斥候が答えると、バティはサイフォンに険しい顔で言った。

「将軍。これは話が違うではないか。リューシスパールは外で決戦すると言って来ていたんじゃないのか?」
「そのはずだが……」

 サイフォンは困惑しながら、

「とりあえず、もう少し進んで陣を構え、様子を探ろう」

 と、両軍は更に十コーリーほど進んで、ルード・シェン山も見える見晴らしの良い高地を見つけてそこに野営地を張った。

 そして、リューシス軍の動向を探りながら、夜営の準備をしていると、ルード・シェン山の方角から一騎の龍士が飛んで来て、遥かな上空より矢文やぶみを放ち入れて来た。

 その矢文やぶみには、リューシスの署名入りの直筆で、こう書かれてあった。

「俺が外に出て決戦してやると言った相手はアンラードの近衛軍だ。それがハルバン城の軍勢となり、しかも外国であるマンジュ族の軍勢まで来るならば話は別。俺達はルード・シェン山にいるから好き勝手に攻めて来い。精々頑張って俺に直接戦ってみたいと思わせてくれ。そうしたら山を下りて戦ってやろう。ああ、それと北方高原のいぬども、お前らは平地を駆けるしか能がないだろうから、攻城戦などは無理だろう。特にこの山はな。大損害を負う前に、とっとと草原に帰って草食ってな」

 皮肉たっぷりに小馬鹿にした、挑発の文面であった。

 これを見たサイフォンは、熟練の将である上に元来が鷹揚おうような性格であるので「やれやれ」と苦笑するだけであったが、血気盛んなマンジュ族の若き王子は違った。

「おのれ! 何たる侮辱! いいだろう、目に物を見せてくれん、すぐに総攻撃だ!」

 バティは激怒して槍を掴み、幕舎を出て行こうとしたが、サイフォンは慌てて止めた。

「まあまあ、バティどの、ここは堪えて。こんな明らかな挑発に乗ってはなりませんぞ。ルード・シェン山は難攻不落、大陸一の大要塞だ」
「挑発だなんてことはわかっている。しかし侮辱したのは事実だ! こんな侮辱を受けて黙っていては、マンジュ族の誇りが汚れる!」

 バティはサイフォンの制止を振り切り幕舎を出て行くと、配下の軍勢たちを集め、ルード・シェン山に急行して総攻撃をかけることを命じた。

「まだ若いからなあ。まあ、仕方ない。身をもって知るしかないか」

 サイフォンは面倒くさそうに溜息をつきながら、自身もまた攻撃に加わるべく配下の軍勢を動かした。



 そして、すでに辺りが薄暗くなって来ている夕刻。
 鉛色の重い空から、小雨が降り始めていた。

 甲冑姿で待機しているリューシスの下に、斥候からの報告が入った。

「サイフォン・ラドゥーロフ将軍の軍一万五千、マンジュ族王子バティの軍五千がこちらに急行しております」

 リューシスは笑った。

「はは……予想通りだな。都合よく向うからのこのこ来てくれたぜ。マンジュの王子に感謝だ」
「凄いですね。見事に狙い通り」

 ちょうど、暖かい緑茶を運んで来たワンティンが感心すると、

「サイフォンは熟練の七龍将チーロンジャンだ。俺達がルード・シェン山に籠ると言うことを知ったら、まず攻撃を仕掛けてくることはない。しかも、あいつは大らかな性格だからまず挑発に乗るような奴じゃない。だが、マンジュの王子バティはまだ若く、自分の武勇に自信を持っている上に血気盛んだと聞く。バティならちょっと挑発してやれば簡単に乗るだろうと思ったわけだ」
「へえ~、凄いですねえ。それが兵法と言うものなんですね」
「何言ってるんだ。こんなの兵法でもなんでもねえよ。子供でも簡単に思いつく手だ」

 リューシスが笑いながら立ち上がると、宙に浮きながら塩ゆで落花生を食べていた神猫シンマーオンシャオミンが言った。

「そんな簡単な手をすぐに思いつく殿下が、何でいつもお金に困ったり、丞相の謀略に簡単に引っかかったりするんだろう?」

 リューシスは気まずそうな顔をしたが、すぐにシャオミンをじろりと睨んだ。

「おい、この無礼マーオンが。そんなこと言ってるともうマタタビやらないからな」
「だから、僕はマーオンじゃなくて神猫シンマーオン! マタタビなんか好きじゃないよ!」
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