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しおりを挟むリリィという名前で戸籍登録をしてもらった。
元貴族で平民になったばかり。
そう告げられたリリィの世話を任された侍女カーラは、リリィをじっくりと見た後に頷いた。
「わかりました。ほぼ全部教え込む必要がありそうですね。そちらは怪我が治り次第にします。縫い物・刺繍・レース編み・文字の清書など手先を使う仕事は可能でしょうか?」
「あ、はい。問題ありません。」
「では、怪我が治るまでは、そちらのお手伝いをしていただきましょう。」
そして移動するために用意してくれたのが車いす。
屋敷内はほぼこれで移動できると言う。
階段の上り下りには男性二人が車いすごと運んでくれるらしい。
辺境伯様とエイダン様にお礼を告げて、カーラさんに車いすを押してもらった。
「詮索はしませんが、リリィさんは家事は全くできないということでよろしいですね?」
「はい。パンに具材を挟んだことはあります。」
「……どの程度なのか良くわかりました。あなたの手は労働していた手ではありませんし、髪も艶やかで美しい。平民としての生活は今までとは随分と違うでしょう。自分が働いたお金で生活をしなければなりません。
旦那様もエイダン様も、リリィさんの怪我が治ったからと追い出すようなことはされません。
自立できるまで待ってくださるでしょうから、頑張りましょうね。」
「はい。頑張ります。一人でも生きていけるように。」
リリィのその決意を聞いて、カーラが車いすを押しながら不安に思っていたことは気づいていない。
カーラは、『この子が平民として馴染むって想像つかないわ』と思っていた。
子爵令嬢だったリリィは、領地は小さくても一人娘として何不自由なく暮らしていた。
公爵家に嫁いでからも、厳しい礼儀作法を学び、嫌がらせはされていてもそれをジョーダンに気づかれないように手入れはされていた。髪艶や肌艶が衰えるとジョーダンが侍女を叱責したことがあったからだ。
カーラから見たリリィは貴族令嬢そのもの。
家事全般を覚えたとして、一人暮らしをさせてもよいものだろうか。
まるで娘を思う母親のように、カーラが口出ししたくてたまらなくなっていることなどリリィは知らない。
カーラの中では、一気に財産を失い没落しそうになった親が娘を金持ちに売ろうとして、リリィは逃げ出して平民になったのではないかと勝手な想像をしていた。
カーラがリリィを連れ出した後、エイダンは父親である辺境伯に詳細を話していた。
「……そうか。不自然な場所にあった馬車を不審に思って探っていた時に戻ってきた男たちの会話を聞いたのか。」
「ええ。馬車の処分、獣に喰わせる、足を折ったから動けない。確実に生きた人間を放置してきた会話でしたので。馬車では入れない先は馬に乗せたようで足跡を辿りました。
奥まった草むらに、ほぼ裸の姿で捨てられていました。装飾品やドレスも奪われたのでしょう。
顔を見て、見覚えがあると気づきました。ひょっとして、前日に誘拐されたと捜索されていた公爵夫人なのではないか、と。
近くの医療院に極秘だと運び入れました。……陵辱された痕跡があると言われ王都に連絡を入れるのはやめました。目を覚ました彼女の意見も聞きたいと思って。
ですが、なぜか王都では彼女の遺体が見つかり、葬儀が行われました。
攫われただけでも離婚の可能性は高いですが、仕方がないことだとしても夫側も妻を見放したと非難されることもあります。ですが、自決したとなれば同情が集まる。それが狙いでしょう。
彼女は死人になりました。別人として生きるというので連れて来ました。」
エイダンは怒りを滲ませながら、父親に報告した。
そして、人命を優先したために犯人たちを追うことが遅くなり、何の手掛かりも掴むことができなかったということも。
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