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16.しばしの休息
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「おう。今日は夜やっててよかった!」
「いらっしゃいませ」
夜営業が始まってすぐ。近くの武器屋の旦那が奥さんと入口の引き戸から顔を出して声をかけてくれた。無精ひげを生やしたその体格のいい旦那はアオイが案内した席へとドカッ座る。その向かいに奥様がスルリと腰を下ろした。
旦那さんが手を上げる。
アオイがすかさず席へと注文を取りに動いた。
「トロッタ煮と、モツ煮とエール二つね」
「はい! トロッタ、モツ、エール二ですわー」
「あいよぉ」
さっそく入った注文を作り出す。
店の中へ漂う甘じょっぱい匂いにつられたのか続々と暖簾を潜ってお客さんが中へと入ってくる。
席はあっという間に満席だ。
忙しなく動きながら料理を作っていると、カウンターのお客さんの話が耳へと入ってくる。
「まだ子供から目が離せなくてさぁ。妻が大変そうなんだよ。だから、飯くらいは外で食おうかなって思って来てんだけどさぁ」
「それって、意味あんのか?」
「俺の夕飯つくらなくていいんだからいいだろう?」
「奥さんは、自分のご飯どうしてんだよ?」
「それは……どうにかしてんだろう」
「おいおい。アッシュ……。本当に大丈夫か? 少しお前も育児しろよぉ」
「いやぁ、手ぇ出すと色々と怒られるからさぁ」
「あぁ。そうかぁ」
そのアッシュと呼ばれた冒険者の男性は若い感じでガッシリとしている。
「おやっさん、エールおかわりー」
「あいよ」
グラスへとエールを注ぎながらそのアッシュという冒険者の家族のことを考える。
手が離せない状態の奥さんは、精神的にも披露しているだろうし。
栄養のあるものを食べないと肌にもよくない。
エールを出しながら声をかける。
「すみません。勝手にお話を聞かせて頂きました。アッシュさん、是非奥様に、昼営業の後にこの店へ来てください。そう、伝えてもらえませんか?」
「えっ? どういうことですか?」
「実は、子供達に余った食材でご飯を提供しているんです。でも、その場は誰でも来ていいんです。何かで困っていて相談したり、一人がいやだったり。誰かといたいとか、そういう場にしたいんです」
少し考えた素振りを見せたアッシュさんは、エールを飲んで一息つくとこちらを見つめた。
「俺には大したことができません。妻に話をしてみます。ここを訪れたら、その時はお願いします」
「はい。普通でいいんです。固くならなくていい。もちろん。お子さんも一緒でいいです」
目を見開いたアッシュさんは「有難う御座います」と頭を下げた。
◇◆◇
次の日の昼営業が終わった後。
この日はサクヤのシフトだった。ただ、アオイが昨日のアッシュさんの奥さんの話を気にかけてくれていたようだ。お昼ご飯をすませると何やら長い布のようなものを準備している。
カラカラと引き戸の開く音が店に響き渡る。
顔をのぞかせたのは、クマが目立ち、髪を乱雑にまとめた女性。
若いのだろうけど、疲労で疲れ果てている。
「いらっしゃい」
「旦那に聞いてきたんですが……」
「はい。どうぞ。そちらの席へ」
一歳くらいだろうか。抱えられた赤ん坊はキョロキョロと周囲を見て状況を把握しようとしている。
「わぁ! 赤ちゃんだぁ」
「かわいぃ!」
リツとミリアが駆け寄った。
そのあとを追うようにアオイが布を肩にかけながら歩み寄る。
「赤ちゃんをお預かりますわよ?」
「えっ? でも、泣きますよ?」
「慣れっこですわ」
赤ん坊を母親から受け取ると布の上に乗せる。
クルリと回してバッテンにすると足を通した。
母親の予想通り、赤ん坊が泣きだす。
アオイは慣れた様子で縦へ横へと揺れながらポンポンとおしりを軽くノックする。
この子はどこでこんなことを学んだんだろうか。
母親からだんだん遠ざけていき、奥の部屋へと消えていく。
イワンとリツ、ミリアも一緒についていった。
泣いていた声は徐々に小さくなっていく。
「トロッタ煮がおすすめなので、是非食べてみてくださいっ!」
サクヤが俺の出したお盆を受け取ると母親のテーブルへと運んでいった。
最初は奥の方を心配そうに見ていたが、赤ん坊の泣き声が聞こえなくなると料理へと向き直った。
香りを目一杯吸い込み、息を吐きだす。
「こんないい香りのする料理、久しぶりです。ここ最近、食べることだけを目的にしていたから……」
「そうですよね! すぐに食べられる物になってしまいますよねぇ」
「あなたも、子供を育てたことがあるの?」
「さっきいた子達と一緒に過ごしています。なかなかいい仕事に就けなくて。満足にご飯を与えてあげられませんでした」
「そう。大変だったわね」
「奥様も、だいぶお疲れのように見えますけど、大丈夫ですか?」
サクヤがそう声をかけると、下を向いて両手で顔を覆った。
「ずっと、ずっとずっと子供と一緒で。泣きやんでくれなかったり、ご飯を食べてくれなかったりして。夜も泣いておきるし。夫は冒険者だから、家にあんまりいないし。飲んで帰って来るし! 何も子供に接してくれない!」
奥さんのこれまで溜め込んだ思いだろう。辛かったんだろう。一人での子育ては、相当つらいと思う。
「辛かったですね……」
「ごめんなさい。こんなこと言われても困るわよね」
「言って頂いていいですよ。誰も咎めません。リュウさんの、温かいみそ汁とトロッタ煮。食べてみてください」
目の前にある湯気の出ていたみそ汁を啜った。
下を向いて動かなくなってしまった。
「奥様?」
「うぅぅぅ。おいしぃぃ。こんなに美味しいご飯久しぶりで……ぅぅぅ」
涙を拭いながらトロッタ煮も一口。
今度は少し笑みがこぼれた。
「はふっ。あぁ、おいしぃ」
こういう笑顔の為に、俺は料理人をやっているんだ。それを今感じる。
「ゆっくり、味わって食べな」
「……ありがとう……ございますぅぅぅ」
日々戦って疲れた母親の、しばしの休息だった。
「いらっしゃいませ」
夜営業が始まってすぐ。近くの武器屋の旦那が奥さんと入口の引き戸から顔を出して声をかけてくれた。無精ひげを生やしたその体格のいい旦那はアオイが案内した席へとドカッ座る。その向かいに奥様がスルリと腰を下ろした。
旦那さんが手を上げる。
アオイがすかさず席へと注文を取りに動いた。
「トロッタ煮と、モツ煮とエール二つね」
「はい! トロッタ、モツ、エール二ですわー」
「あいよぉ」
さっそく入った注文を作り出す。
店の中へ漂う甘じょっぱい匂いにつられたのか続々と暖簾を潜ってお客さんが中へと入ってくる。
席はあっという間に満席だ。
忙しなく動きながら料理を作っていると、カウンターのお客さんの話が耳へと入ってくる。
「まだ子供から目が離せなくてさぁ。妻が大変そうなんだよ。だから、飯くらいは外で食おうかなって思って来てんだけどさぁ」
「それって、意味あんのか?」
「俺の夕飯つくらなくていいんだからいいだろう?」
「奥さんは、自分のご飯どうしてんだよ?」
「それは……どうにかしてんだろう」
「おいおい。アッシュ……。本当に大丈夫か? 少しお前も育児しろよぉ」
「いやぁ、手ぇ出すと色々と怒られるからさぁ」
「あぁ。そうかぁ」
そのアッシュと呼ばれた冒険者の男性は若い感じでガッシリとしている。
「おやっさん、エールおかわりー」
「あいよ」
グラスへとエールを注ぎながらそのアッシュという冒険者の家族のことを考える。
手が離せない状態の奥さんは、精神的にも披露しているだろうし。
栄養のあるものを食べないと肌にもよくない。
エールを出しながら声をかける。
「すみません。勝手にお話を聞かせて頂きました。アッシュさん、是非奥様に、昼営業の後にこの店へ来てください。そう、伝えてもらえませんか?」
「えっ? どういうことですか?」
「実は、子供達に余った食材でご飯を提供しているんです。でも、その場は誰でも来ていいんです。何かで困っていて相談したり、一人がいやだったり。誰かといたいとか、そういう場にしたいんです」
少し考えた素振りを見せたアッシュさんは、エールを飲んで一息つくとこちらを見つめた。
「俺には大したことができません。妻に話をしてみます。ここを訪れたら、その時はお願いします」
「はい。普通でいいんです。固くならなくていい。もちろん。お子さんも一緒でいいです」
目を見開いたアッシュさんは「有難う御座います」と頭を下げた。
◇◆◇
次の日の昼営業が終わった後。
この日はサクヤのシフトだった。ただ、アオイが昨日のアッシュさんの奥さんの話を気にかけてくれていたようだ。お昼ご飯をすませると何やら長い布のようなものを準備している。
カラカラと引き戸の開く音が店に響き渡る。
顔をのぞかせたのは、クマが目立ち、髪を乱雑にまとめた女性。
若いのだろうけど、疲労で疲れ果てている。
「いらっしゃい」
「旦那に聞いてきたんですが……」
「はい。どうぞ。そちらの席へ」
一歳くらいだろうか。抱えられた赤ん坊はキョロキョロと周囲を見て状況を把握しようとしている。
「わぁ! 赤ちゃんだぁ」
「かわいぃ!」
リツとミリアが駆け寄った。
そのあとを追うようにアオイが布を肩にかけながら歩み寄る。
「赤ちゃんをお預かりますわよ?」
「えっ? でも、泣きますよ?」
「慣れっこですわ」
赤ん坊を母親から受け取ると布の上に乗せる。
クルリと回してバッテンにすると足を通した。
母親の予想通り、赤ん坊が泣きだす。
アオイは慣れた様子で縦へ横へと揺れながらポンポンとおしりを軽くノックする。
この子はどこでこんなことを学んだんだろうか。
母親からだんだん遠ざけていき、奥の部屋へと消えていく。
イワンとリツ、ミリアも一緒についていった。
泣いていた声は徐々に小さくなっていく。
「トロッタ煮がおすすめなので、是非食べてみてくださいっ!」
サクヤが俺の出したお盆を受け取ると母親のテーブルへと運んでいった。
最初は奥の方を心配そうに見ていたが、赤ん坊の泣き声が聞こえなくなると料理へと向き直った。
香りを目一杯吸い込み、息を吐きだす。
「こんないい香りのする料理、久しぶりです。ここ最近、食べることだけを目的にしていたから……」
「そうですよね! すぐに食べられる物になってしまいますよねぇ」
「あなたも、子供を育てたことがあるの?」
「さっきいた子達と一緒に過ごしています。なかなかいい仕事に就けなくて。満足にご飯を与えてあげられませんでした」
「そう。大変だったわね」
「奥様も、だいぶお疲れのように見えますけど、大丈夫ですか?」
サクヤがそう声をかけると、下を向いて両手で顔を覆った。
「ずっと、ずっとずっと子供と一緒で。泣きやんでくれなかったり、ご飯を食べてくれなかったりして。夜も泣いておきるし。夫は冒険者だから、家にあんまりいないし。飲んで帰って来るし! 何も子供に接してくれない!」
奥さんのこれまで溜め込んだ思いだろう。辛かったんだろう。一人での子育ては、相当つらいと思う。
「辛かったですね……」
「ごめんなさい。こんなこと言われても困るわよね」
「言って頂いていいですよ。誰も咎めません。リュウさんの、温かいみそ汁とトロッタ煮。食べてみてください」
目の前にある湯気の出ていたみそ汁を啜った。
下を向いて動かなくなってしまった。
「奥様?」
「うぅぅぅ。おいしぃぃ。こんなに美味しいご飯久しぶりで……ぅぅぅ」
涙を拭いながらトロッタ煮も一口。
今度は少し笑みがこぼれた。
「はふっ。あぁ、おいしぃ」
こういう笑顔の為に、俺は料理人をやっているんだ。それを今感じる。
「ゆっくり、味わって食べな」
「……ありがとう……ございますぅぅぅ」
日々戦って疲れた母親の、しばしの休息だった。
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