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14.Kiss in the Dark
しおりを挟む行きかう人々がきらきらと輝いて見える。自分とは違う、明るく、派手な雰囲気。
私にきらびやかな世界は似合わない。地味に、目立たないように生きてきた。
唯一、光り輝く中で過ごしてきた時期があった。高校の二年間。趣味でやっていたギター。今も部屋の片隅に当時の姿のまま、置いてある。
ショーウィンドウに映る自分の姿。地味な、目立たない白のTシャツにグレーのパーカー、濃いめのGパン、黒のパンプス、グレーのマフラー。
学校の同期によく言われていた。明るい色を着られるのは若いうちなんだから、今だけだよ、と
不意にポケットの中の携帯が揺れる。専門学校時代の友人から、合コンのお知らせだ。
「合コン、ねぇ」
はぁ、と一つ息を吐く。すぐに携帯を操作し返信をする。
"ごめん、その日は先約があって…また誘ってね(>_<)"
当たり障りなく、相手を傷つけないように。そんなのはもう、慣れっこだ。
再びポケットの携帯が揺れる。相手は……中学時代からの旧友。久しぶりに皆で呑みに行こう、というもの。丁度、合コンに誘われた日だ。
"了解、いつもの店だよね"
すぐに返信をする。
中学時代からの友人四人は悪友で、なんでも相談できる。気兼ねなく付き合える、数少ない友人だ
「目黒さん、来週予定有る?」
仕事終わり、職場の同期が声をかけてきた。ピンクのカーディガンに白のブラウス、白のプリーツスカート。春らしい、可愛らしい格好。
「あ、ごめん……先月から予定があって」
「そっかぁ、残念……来週合コンがあるんだけど、相手、医者だったんだよ。どうかなって思ったんだけど」
また、合コンのお誘い。ごめんね、と話すと彼女は携帯を操作し始める。その指はとても速い。私には出来ない技、だ。
「あ、もしかして……目黒さんさ、彼氏いる」
「ううん、いないよ。」
「もったいなーい! 目黒さん美人なのにっ」
「そうだよ、もったいない」
着替えていた先輩も口を挟んでくるから、ばれない程度の愛想笑いをしてみせる。
同世代なのに、時々、周りが年下に感じることがある。
自分が大人なのか、周りが少し子供っぽいのか。偽った笑顔は、ひどく疲れる。
いつものように仕事を終え、着替え、岐路に着く。
防犯重視の、街灯の並び立つ川沿い。ふいに目に入る、一つの小さな看板。
ネオンで装飾された看板には Bar Night そう記されている。
新しくできた店だろうか…昨日は無かったはずなのに。
お酒はわりと呑める口だ。中学の悪友とは日本酒の呑み比べをしたりするほど。それでも、一人でバー呑みなんてするタイプじゃない。その、はずなのに。自然と足が店に引き寄せられていった。
カランカラン
入口の扉に取り付けられた古めかしいベルが鳴る。狭い店内には、数えられるほどのカウンター席しかない。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
声をかけて来たのは、多分……このBarのバーテンダー。すらりとした長身に、斜めに流された長めの前髪。肩より少し長めの髪は後ろで一つに結わえられている。白のワイシャツに黒のスラックス、ベスト。黒のサロンを腰に巻いているバーテンダーはにこり、と微笑んだ。
案内されたのはカウンターの丁度真ん中の席。斜め左前に立つバーテンダーは、チョコレートやナッツが乗った小皿を出してくれる。
店内を見回してみる。薄暗く、ランプの灯りのみでカウンターは照らされ、壁に散りばめられたステンドグラスが木の床に色を映し出している。
それからカウンター席に目を落とす。普通、店にはあるはずの物が……ない。
「あの、メニューありますか」
カバンを足元に置き、尋ねてみる。けれどバーテンダーは小さく首を横に振った。
「申し訳ありません、当店にメニューはございません。お客様のお好みの物をお作りしております」
「え」
困った、メニューの中から選ぼうと思っていたのに。考えあぐねていると、バーテンダーの ふっ という小さな笑い声が聞こえる。
「それでは、お客様に合いそうな物をお作りしましょうか」
「あ、はい……それでお願いします」
かしこまりました、と一礼するとバーテンダーは上の棚からグラスを取り出した。
よく、綺麗だとか美人だとか言われる。同時に、少し近寄りがたい、とも。
そう誉められる度に曖昧な返事をして、愛想笑いをしてその場をやり過ごす。
元々社交的ではないし、打ち解けるにも時間がかかる方だ。だからこそ、中学の友人達とは長い付き合いを続けられて仲良くなったのだ。言いたいことを自由に言い合える、気兼ねなく話せる唯一の仲間。
それでも、時々劣等感を感じることがある。勉強が出来て、弁護士を目指す友人。医者になりたくて、医学部に進学した友人。笑顔が可愛くて、福祉の仕事がしたくて進学した友人。好きな歌を極めるために、声楽科に進んだ友人。皆、自分のやりたいことを決めて、ちゃんと進んでいる。
私はこれといって取柄もなく、かといって大学に進学できるほどの学力はなくて……何か資格がほしくて、医療事務の専門学校に進学した。三年で卒業して、社会人二年目。未だに、なんだかもやもやしている。
カタン、と目の前に置かれるカクテルグラス。綺麗な深紅のカクテルは、グラスがとてもよく冷えている。
「お待たせいたしました、智架さんをイメージさせてもらいました」
「え、こんな可愛いのが……?」
お酒は結構強い方だ。ビールや日本酒なんかを呑むから、カクテルみたいな可愛いのはあんまり呑む機会がない。
それでも、一口、口に含んでみる。
「あ」
見た目は可愛い赤だった。甘い香りの後に来る、アルコール独特の苦み。
「これ、チェリーですよね。あとは……」
「キッス・イン・ザ・ダーク、といいます。ベルモットとジンの中にチェリーリキュールを入れてあります」
にこり、とほほ笑む。このお酒が、私をイメージしている。
「マティーニよりも甘い……苦さの中に甘みがある。凛とした中に可愛らしい姿が実はある……いかがでしょう」
「……はずれてはいない気がします」
苦笑して見せると、バーテンダーは一歩斜め前に移動し、ワイングラスを白い布で拭き始める。
「何か……悩んでいることが」
「……悩みってほどじゃないんですけどね……」
自分に自信が無い。それは小学生の頃、男の子たちに一時いじめられていたのがトラウマになっている。
何を言われたのか、今でもはっきり覚えている。今もそうだけど、持病……当時、アトピーが酷く、私の肌は荒れていた。
「今も、なんですけどね……昔、持病で皮膚が荒れてたんです。結構かいちゃったりして……そうしたら、男の子たちに汚いって言われて」
「それは……お辛かったですね」
「まだ小さかったんですけどね、やっぱり……気になってる男の子くらいいるじゃないですか。子どもながらショックで。あぁ、私汚いんだなって」
それから、極力肌は出さなくなった。長袖長ズボン。夏も上に何かを羽織って、やりすごした。
成長するにつれて肌荒れは治って、今はそこまで目立ったのはない。けれど、やっぱりひっかいた代償は残るもので……肌を出すのには未だに抵抗がある。高校時代は若気の至りで短いスカートなんかはいていたけれど、今はGパンにロンTばかりだ。
「なんだか、それ以降全部に消極的になっちゃって……人の目が気になるんです。あんまり目立ちたくないし、肌も出したくなくて」
気づけば服はモノトーン、今の流行りの服なんか着れないし……雑誌やテレビを見て可愛いと思うし、うらやましいとも思う。でも、勇気が出ない。
それに。
「……本当は……別の資格を取りたかったんです。でも、私そんなに頭良くないし……人と話すこともあんまり得意じゃなくて」
幼いころから病院にいっていた。といっても皮膚科がメインだったけれど。帰り際に必ず薬を塗ってくれたのは、クリニックの優しい看護師さんだった。いつも笑顔で、私のつたない話を聞いてくれていた。
「医療系の仕事にずっと就きたくて……それで、医療事務を選んだんです。患者さんと接することが出来て……でも……」
医療事務、といっても仕事は様々だ。薬の確認や会計、これまでの受診履歴なんかを確認して、PC上で確認する。
やりがいがある、と思った。でも、本当は……もう少し、患者さんのそばにいたい。
「本当は……看護師になってみたかったんです」
仕事をしていくうちに、もっともっと興味がわいてきた。医療にもっと深く携わってみたい。でも、今更……
「別に事務の仕事が嫌とか、やりがいがないとかじゃないんです。仕事初めて、すごい大変だなって思って……でも……」
あきらめきれない、気持ち。もう二年目を終えようとしているのに。
「……まだお若いでしょう、これから始めればいいじゃないですか」
「え」
「まだまだ、これからですよ。挑戦してみるのは悪いことではありません。そして、智架さんは自分を卑下しすぎです」
顔を上げると、バーテンダーと目が合う。眼鏡の奥で、優しく微笑むその姿。思わずドキリ、とする。
「自信が無くて、不安がいっぱいで……そこから抜け出すのは、智架さん自身の力です。まだ二十三歳でしょう、やり直しはいくらでもききますよ」
「……そう、でしょうか」
「今すぐ答えを出さなくても良いじゃないですか。時間は沢山あります」
「ゆっくりで……大丈夫でしょうか」
「えぇ。でもそうですね……まずは小さなことから変えてみましょうか」
いたずらっ子のように笑うバーテンダー。
「白のTシャツにグレーのパーカー。シンプルで良いですけど……白のニットやフレアスカートなんかいがかがですか? 似合うと思いますよ」
「っ……スカート、ですか」
「えぇ。ちょっと抵抗があるなら、カーキやベージュなどの色はどうでしょう。パンプスも、シンプルもいいですけどビーズがついていたりラメが入っていたり」
自分が着ている姿を想像してみる。……悪くは、無い気がする。
「悪く、無いかも」
「一つずつでいいんです。人はいくらでも変われますよ」
すっと心に入ってくる言葉。
「……私、変わりたいです」
グラスに入ったカクテルを呑みほす。腕時計は、まだ二十時を回ったばかり。近くのファッションビルは未だ開いている時間だ。
「ありがとうございました。いくらですか」
「五百円です」
お財布を取り出して、驚く。普通バーといえばチャージ料なんかもかかりそうなのに。
それでも五百円玉を取り出し、カウンターに置く。
「仕事の事はまたゆっくり考えてみます」
「えぇ、智架さん自身が納得出来るよう、じっくり考えてみてください」
バーを後にて、私は近くのファッションビルに入っていった。
「あ、仕事お疲れー!」
いつものメンバーでの呑み会。仕事で少し遅れたけれど、皆相変わらずで……なんだかほっとする。
今日は、この間購入した白のレースシャツに、カーキのタイトスカート、ベージュのパンプスだ。
「智架がスカートって初めて見たかも」
「私も思った! でもなんかいいね、似合ってる」
「ありがと」
気兼ねなく話せる仲だからこそわかる。それが嘘偽りのない言葉だという事が。
席に座り、お酒を頼んで……各々、近況報告。医学部と法学部に進学した二人はまだ学生だけど、私を含め三人は既に社会人だ。
でも。
「智架は仕事どう」
話題を振られて。私は一つ、息を吐く。
「やめようと思ってる。学校行こうと思って」
一瞬、皆の表情が止まるのがわかった。それでも、言葉を続ける。
「看護学校行こうと思って。今から勉強すれば1年あるし、秋には仕事辞めようと思ってる」
「うん、いいんじゃない。あってると思うよ」
「え、ってことは2人同じくらいに働き始めるってことだよね」
「一緒に働く未来があるかもってことだね」
誰も否定しない。皆、応援してくれる。
「ありがとう、頑張るね」
大切なのは、一歩踏み出す勇気。
薄暗い店内。椅子に座るバーテンダーは、カウンターに置かれた一冊の古びた本を開く。
「人はいつでも変われる、か」
言葉にしてバーテンダーは微笑む。
Kiss in the Dark そう本に記し、静かに本を閉じた。
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はじめまして。
シェイクしたのに、グラスで氷が鳴るのは、不思議です。
また、シェイクした材料でフロートをつくるのは、まず無理かと思います。
続きが楽しみです。
>まみ夜様
コメントありがとうございます。
そういえば、普通のバーでは氷入りのカクテルは出さないですよね。すみません、いつも自分が入れてもらっているので気づかず執筆していました…ご指摘ありがとうございます。
今後も細々と執筆していきますので、また読みに来ていただけると幸いです。