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3.もう一人の聖女

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炎と光、雷光が荒野の戦場を無数に飛び散った。
小さな花火のようなパチン、パチンという爆発音がして大聖堂とは比にならない黄金の光が戦場に降り注ぐ。
聖堂と同じ広範囲に及ぶ強化魔法だが、その効力は聖堂とは比にならないほどに強力だった。

「聖女さまのお力だ!」
「あぁ……身体が治ったぞ!」
「いまだ!押せえええ!!」

活力を取り戻し士気を上げる兵士たちの間を一人の壮麗な女性が走り抜けた。

「聖女さまだ!」
「前をあけろ!」

女性騎士の簡易的な装飾に魔力で作り出した長杖を変形させた剣を携え兵士たちが作った道を一直線に走り抜ける。その脚はほっそりと華奢なのに走り抜ける速度は熟練の兵士にも勝る。装束も装備もこの戦場で生き抜くには頼りないことこの上ないが、彼女にはそれで十分だった。

精霊たちの祝福によって強化されたドレスはどんな甲冑よりも彼女の身を守る。自身の魔力によって作り出した剣はどんな名刀よりも彼女の意思に呼応する。重い防具はその動きを阻害するだけだった。

「はああああ!!」

戦場に響くには高い声が大地を、空気を揺らし一閃放つ。黄金の斬撃が戦場を切り裂き魔族たちが散り散りに消え去った。

「やった……ティカ様の……聖女さまの勝利だ!」
「我々が勝ち取った勝利だ!」
「わあああああ!!」

劣勢を判断した魔族たちは次々に撤退、戦場には人間たちの歓喜の声が響き渡った。
最後の最後、聖女の奇襲が功を奏し人間たちは勝利を収めたのだった。

「なんという……」

その歓喜を遠くから眺める新米兵士がいた。
この地獄の入口とも言われる基地に送り込まれてたったの三日で彼は戦場に立つことなった。目の前には肘から先の腕がなくなった重症人が血の匂いを放ち、気を抜けば昏倒してもおかしくない状況で辛うじて立っているだけだった。

「……今のは魔法、なのですか?」

彼は魔法に明るくない。
この国で魔法について学べるのは一部の貴族くらいだ。人間が放つ魔法ですら彼は初めて間のあたりにした。

唖然と呟いた疑問に隣に立つ男が答える。

「あぁ。あれはティカの魔法で強化した魔力を斬撃にして放っただけだ」

「そう言いますが……あれほどの広範囲で放てるものなんですかね?」

「それが聖女、ミスティカ・エヴァンスなんだよ」

曖昧にうなづきながら隣の男の顔を伺った。
男は兵士でもない黒いローブを纏っているが何者なのかわからない。ただ部隊長や聖女とも親し気でここに残った救護班の警護を任されている。
配属されて三日。彼が何者か検討もつかない。

「さて、おおかたけが人は治したな」

「え、はい……」

「ならえーと……」

「あ、ヨシュアです」

「ヨシュアくん。きみにここを任せる。俺はティカのところに行くから」

「は?自分はまだそのような……」

「いいって!俺が許可したって言っておいて!」

「誰にですか!?あの……ていうか貴殿の名前は?!」

「固いなー、俺はレヴィ!とくに敬語とかいいからさ!」

そう言いながらレヴィと名乗った男はヨシュアの返事も待たずに文字通り魔法で飛び去った。進行方向には白銀に輝きで魔族を蹴散らす聖女、ティカがいて本当に聖女様のところへ向かったんだと、唐突に思った。

「いてて……レヴィは?」

「聖女さまのところに行くとかなんとか……」

「あぁよかった。アイツにおれたちの世話をさせるなんてもったいないからな」

「あの、怪我は?」

「もう大丈夫だ。ほら」

「わぁ……」

ひょいと腕を上げるとさっきまでたしかに無くなっていたはずの肘から先には綺麗な腕が繋がっていた。まるで腕は千切れたことなどなかったようになんの違和感もない日焼けした腕が繋がっている。

「アイツ、元の腕よりきれいに腕作りやがったな」

「え、ダメなんですか?」

「そんな芸当できるやつなんか国中探しても聖女さまくらいだ」

「聖女?あぁ、セレナ様の聖魔法なら……」

「ばーか。セレナ様はわからないがここじゃ聖女様といえばだいたいティカ様のことだよ」

「ティカ様?」

「ほら、あちらで魔族の残党を蹴散らして負傷者の救助までしているあのかただ」

指さした先には先ほどレヴィがミスティカ・エヴァンスと呼んだ聖女様がいた。白銀の光は増々強く輝いてその光を浴びただけで魔族は燃え尽きた塵のように消え去っていく。

「あのかたが……聖女さま……」

「おれたちの希望の光だ。よくみておけ」

「は、はい」

死と隣合わせの戦場で聖女と呼ばれるその女性、しかし王都では彼女は侮蔑の目でみられ別の女性が聖女として崇められているのだった。
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