ナナシの神様

えむら若奈

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みをつくし

23

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 大学が夏休みに入った八月、壱弥は十日ほど福岡の実家に帰省した。

 本当はもっと滞在したかったが、バイト先の塾が人手不足なので、八月下旬だけは出勤することになったのだ。夏期集中講座の期間は、時給をいくらか割増ししてくれるらしい。

 しかしバイト代と引き換えに、少々慌ただしい帰省となってしまった。福岡へ着いた日は幼なじみたちと花火大会に行き、毎日のように畑仕事を手伝い、実家の盆行事が終わった翌日、東京に戻る。

 羽田空港に到着するころには、人の多さも相まって、壱弥はかなりの疲労を感じていた。そこから吉祥寺までの約一時間が、とてつもなく長く感じる。

 吉祥寺駅に着いたのは、二十二時近く。壱弥はその足で、まっすぐ澪のマンションへと向かった。

「ただいま」
「あ、おかえりなさい!」

 部屋に入ると、珍しく澪がソファでテレビを観ていた。どうやら録画されているものらしく、一時停止をして壱弥に駆け寄ってくる。

 一気に疲れが吹き飛び、その体を抱きしめようとした。しかし自分が汗まみれなのを思い出し躊躇すると、澪のほうから抱きついてきた。

「わぁ、汗びしょびしょ」
「やけん離れたほうが」
「壱弥くんの汗だから、問題なし」 

 澪が抱きついたまま壱弥を見上げ、ねだるように目を閉じる。その唇に軽くキスをすると、満足気に微笑んで壱弥の胸に顔をうずめた。

 澪は最近、こんな風によく甘えてくる。
 大学ではクールな才女と周りから思われていて、初対面で壱弥が感じた印象もそうだった。しかし最近の澪は少女のように屈託がなく、よく笑ってくれる。

「あれ、これ県大会の決勝やん」

 テレビに目を向けると、深いグリーンを基調として襟元に鮮やかなイエローが彩られたジャージが映っていた。八女東高校ラグビー部のユニフォームだ。

「お、すごい。すぐ分かったね。将さんがダビングしてくれたの。『壱弥くんの史上最高の試合だから観て!』って。観はじめたばかりなんだけど、一緒に観る?」
「俺、シャワー浴びてくるけん。澪は観とっていいよ」

 とにかく汗だくの体をなんとかしたかったため、壱弥は足早にバスルームへと向かう。
 そしてさっぱりと汗を流してから、澪の隣に座って一緒に試合を観ることにした。

「すでに完成されたイケメンだよね、壱弥くん。これって二年生のときなんでしょ?」
「うん」
「やっぱり、モテてた?」
「うん、モテとった」
「そうでしょうねぇ。表情が全然違うし。普段のーんびりしてるのに、すっごく精悍な顔つき」
「そりゃまぁ、試合になるとスイッチ入るけん」
「これはギャップ萌えだね」

 最初はそんな軽口を叩きながら観ていた澪が、試合が進むにつれ少しずつ前のめりになってきた。
 プレーのひとつひとつに声をあげ、壱弥のトライシーンでは大はしゃぎしている。
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