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愛しのホウセンカ
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「そうだ」
玄関へ向かおうとしたスミレが振り返った。
「この絵のタイトルは?」
そういえば描くのに精一杯で、まだ決めていなかった。
改めて自分の絵を眺める。和紙の中に描かれた愛茉が昨日よりも優しい表情に見えるのは、オレの心が更に穏やかになっているからなのかもしれない。
タイトルか。単純だが、これ以外の言葉は浮かんでこないな。
「愛しのホウセンカ……だな」
「……浅尾桔平の代表作にピッタリのタイトルね。たくさんの人達に見てもらえるのが楽しみだわ」
優しく笑って、スミレはアトリエを出て行った。
愛しのホウセンカ、か。愛茉に言ったら、また泣くかもしれない。我ながらストレートなタイトルだ。父さんの絵のタイトルも、いつも分かりやすかった。こういうところまで似なくてもいいのにな。
しばらくひとりで絵と向き合った後、腹が減ってきたので帰ることにした。
「おかえりなさーい!」
帰宅すると、いつものように愛茉が玄関へ飛んできた。同棲して2年経つが、余程手が離せない時以外は必ずこうして出迎えてくれる。
「これスミレから。イギリス出張の土産だと」
「わ!トワイニングの紅茶だ!さすがスミレさん!」
仲が良いのか悪いのか、よく分からないな。2人はたまに連絡を取り合っているらしいが、何を話しているのかは不明だ。知りたいとは思わないが。
「ねぇねぇねぇ、どうだった?スミレさん、なんて?」
ベッドへ腰かけると、愛茉がピッタリと横にくっついてくる。これもいつものことだ。小型犬のようで可愛い。
「スミレも、絵を見て喜んでくれたよ」
「そっか!良かったぁ」
「で、スミレからの伝言。ここからがスタートだから、愛茉も覚悟しろだと」
「なにそれ。そんなの、とっくにしてるよ。言ったでしょ?私の夢は“浅尾桔平の妻です”って胸を張って言うことなんだから」
そうだったな。その話を聞いた時から、それはオレの目標にもなったんだ。
「ちゃんと叶えてやるよ、その夢」
「それ、プロポーズ?」
「違います」
「えー?ほぼプロポーズじゃない」
「断じて違います」
愛茉が頬を膨らませる。今はまだ“その時”じゃない。でもきっと、そう遠い話ではないだろう。
これまで通ってきた道のうち一度でも別の道を選択していたら、愛茉とは出会えなかったかもしれない。そう考えると、苦悩した時間でさえ尊く感じる。無駄な事はひとつもなかった。
そしてこれから歩む道は、愛茉が明るく照らしてくれる。怖いものなんて、あるはずがない。
「とりあえず、お正月はゆっくりできるね。年明けはまた忙しくなるだろうし、英気を養っておかなきゃ!」
「そうだな。また来年も、よろしく頼んます」
頭を撫でると、愛茉が胸に飛び込んできた。
父さんが言っていた、不完全な美。それを表現しきったとは思っていない。まだまだ道半ばだ。
技術も感性も、何もかもが未熟。どこまで歩けば求めている景色が見えるのかも分からない。
だけど父さん。オレはやっと見つけたんだよ。絶対に枯れず、永遠に咲き続ける花。父さんが愛した紅い花にそっくりな、オレだけの愛しい花を。
また会いに行くよ。とてつもなく不完全で、とびっきり美しい、この花と一緒に。だから待っていてほしい。あの静謐な庭で。
今度は、上等な酒でも持っていくからさ。
玄関へ向かおうとしたスミレが振り返った。
「この絵のタイトルは?」
そういえば描くのに精一杯で、まだ決めていなかった。
改めて自分の絵を眺める。和紙の中に描かれた愛茉が昨日よりも優しい表情に見えるのは、オレの心が更に穏やかになっているからなのかもしれない。
タイトルか。単純だが、これ以外の言葉は浮かんでこないな。
「愛しのホウセンカ……だな」
「……浅尾桔平の代表作にピッタリのタイトルね。たくさんの人達に見てもらえるのが楽しみだわ」
優しく笑って、スミレはアトリエを出て行った。
愛しのホウセンカ、か。愛茉に言ったら、また泣くかもしれない。我ながらストレートなタイトルだ。父さんの絵のタイトルも、いつも分かりやすかった。こういうところまで似なくてもいいのにな。
しばらくひとりで絵と向き合った後、腹が減ってきたので帰ることにした。
「おかえりなさーい!」
帰宅すると、いつものように愛茉が玄関へ飛んできた。同棲して2年経つが、余程手が離せない時以外は必ずこうして出迎えてくれる。
「これスミレから。イギリス出張の土産だと」
「わ!トワイニングの紅茶だ!さすがスミレさん!」
仲が良いのか悪いのか、よく分からないな。2人はたまに連絡を取り合っているらしいが、何を話しているのかは不明だ。知りたいとは思わないが。
「ねぇねぇねぇ、どうだった?スミレさん、なんて?」
ベッドへ腰かけると、愛茉がピッタリと横にくっついてくる。これもいつものことだ。小型犬のようで可愛い。
「スミレも、絵を見て喜んでくれたよ」
「そっか!良かったぁ」
「で、スミレからの伝言。ここからがスタートだから、愛茉も覚悟しろだと」
「なにそれ。そんなの、とっくにしてるよ。言ったでしょ?私の夢は“浅尾桔平の妻です”って胸を張って言うことなんだから」
そうだったな。その話を聞いた時から、それはオレの目標にもなったんだ。
「ちゃんと叶えてやるよ、その夢」
「それ、プロポーズ?」
「違います」
「えー?ほぼプロポーズじゃない」
「断じて違います」
愛茉が頬を膨らませる。今はまだ“その時”じゃない。でもきっと、そう遠い話ではないだろう。
これまで通ってきた道のうち一度でも別の道を選択していたら、愛茉とは出会えなかったかもしれない。そう考えると、苦悩した時間でさえ尊く感じる。無駄な事はひとつもなかった。
そしてこれから歩む道は、愛茉が明るく照らしてくれる。怖いものなんて、あるはずがない。
「とりあえず、お正月はゆっくりできるね。年明けはまた忙しくなるだろうし、英気を養っておかなきゃ!」
「そうだな。また来年も、よろしく頼んます」
頭を撫でると、愛茉が胸に飛び込んできた。
父さんが言っていた、不完全な美。それを表現しきったとは思っていない。まだまだ道半ばだ。
技術も感性も、何もかもが未熟。どこまで歩けば求めている景色が見えるのかも分からない。
だけど父さん。オレはやっと見つけたんだよ。絶対に枯れず、永遠に咲き続ける花。父さんが愛した紅い花にそっくりな、オレだけの愛しい花を。
また会いに行くよ。とてつもなく不完全で、とびっきり美しい、この花と一緒に。だから待っていてほしい。あの静謐な庭で。
今度は、上等な酒でも持っていくからさ。
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