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第1章2 無名の怪物
32. つかさを追って
しおりを挟む週が明け月曜日。遥はいつものように朝練に来ていた。つかさの姿だけがない。
「あ、そうでした」
重大なことを忘れていたとばかりに、環奈がバックパックを前に回してジッパーを開けた。
「どしたの」環奈のそばにいたもなかが近寄る。
なんだろう。
遥も手を止めて注目する。
「これ見てくださいよ」
「え、つかさちゃんじゃん」
驚くもなかの声に他のメンバーも集まってくる。
環奈が取り出したのはプリントアウトした一枚の英字記事だった。掲載されている写真を見るにつかさに関係した記事なのだろう。写真にはもう二人、つかさと一緒に写っている。当時のつかさと同年くらいの少女と年上であろう少女だ。三人とも揃いのユニフォームを着用している。
「なんて書いてあるの」
翻訳機能を使って読んだ内容を環奈は話す。
「つかささんのいたチームは州のチャンピオンになったそうです。州チャンピオンと言ってもアメリカの国土から考えると日本だと全国大会規模です」
「只者じゃないとは思ってたけど、まさかそんなチームにいてたとわ」
環奈の後ろに立つ杏がため息を漏らした。
「でもこの記事の本題はそこではないです」
「全米大会でも優勝したとか?」
「ではないです。本当かどうかはわかりませんが大学以外は全米大会はないって聞いたことがあります。州チャンピオンになったらそこで終わりなのかもしれません」
「だったらなんの記事なの」
「この写真を見て何か気づきませんか」
「一人だけけっこう年上っぽいよね」ともなか。
「高校生だそうです。U―18アメリカ代表のエースとも書かれています。そしてつかささんともう一人の女の子は当時日本で言うところの中学生。つかささんたちに高校生が混じっているのではなくその逆。日本の学校とは制度が違うのでぴんとこないかもしれませんが、つかささんたちは中学生ながら高校生のチームでプレーしていたみたいです」
「並みの高校チームじゃなくて州チャンピオンのチームででしょ。ただの天才少女じゃん」
「ちなみに中学生でトップチームに選ばれたのはもう一人の方で、つかささんは小学生の頃から高校生に混じっていたようです」
「どうなってんのあの子は……」
杏がこめかみに手を当てた。
「ていうか、そんな実績も実力もあるのになんでうちの高校? これじゃダルが来シーズンからは地元の草野球チームでプレーするわって帰国してきたようなもんじゃん」
「ほんとそんな感じだね」もなかが他人事のように笑う。「さらに謎が深まっちゃったよ」
「環奈たちはつかさから何も聞いてないの」
舞が聞いた。右手首を左手で掴んでボールを抱えている。
「日本へ来た理由の半分はバスケをするためとは聞きましたけど」
「日本からアメリカへのバスケ留学ならわかるけどその逆ってどうなの」
「つかささんのいる場で一度その話になったことはあるんですけど、時間の都合で詳しくは聞けず。それからは家庭の事情などでアメリカではバスケができなくなったのかもとか考えると聞くに聞けなくなって……」
遥もその可能性はあると思っていた。今にして思えばなおさらだ。アメリカで注目されるほどの選手がわざわざ日本の高校を選ぶだろうか。
場の雰囲気が暗くなりかけたところで杏が口を開いた。
「ちょっと待って。日本へ来た理由の半分がバスケなんだよね」
「はい。そう聞きました」
「じゃあもう半分は? そこは聞けなかったってこと?」
「いいえ、聞きましたよ。でも本気で言っていたかどうか」
「つかさはなんて?」
「和菓子。だそうです」
杏が素頓狂な声を出した。
「和菓子が半分も占めてるの?」
本気かどうかわかりませんよ、と環奈が念を押す。
「恋は盲目ってやつかな」
もなかが感慨深くつぶやく。
「でもそれだけじゃ……」言葉を飲み込んだ杏が探偵のように語り始める。「いや、もし和菓子が本命ならすべて話しが通る」
「和菓子職人を目指して、とかですか」
憶測が飛び交う。つかさには謎が多く付き合いも短いためか誰もつっこまない。
「それもある。あるけどそれだけじゃうちの高校を選んだ理由とは繋がらない」
「うちの高校、和菓子関係ないですよね。卒業後に和菓子関係に就職するか専門学校へ進学……どちらにせよ少しでも日本に慣れておくためにこっちへ来たんでしょうか」
「学校そのものは和菓子と関係なくてもうちの部にはある。間違いない。つかさがうちを選んだのはもなかがいたからだ!」
「絶対違う」
舞が即座に否定した。
「絶対そう! もかなん……もなかん家和菓子屋だよ?」
「知ってるっての」
「もなかの家って和菓子屋なの」
周囲に溶け込んだ違和感のない声だった。
もなかが「そうだよ」と背後の人物に返事をする。
「今度遊びに行っていい?」
「来て来て。ってつかさちゃん! い、いつからいたの」
「ついさっき。それより約束よ。遊びに行くの」
「うん。それはもちろんいいけど」
全員の視線がつかさに集まる。
「私が日本の高校を選んだ理由は、人に言えないものでも言いづらいものでもないから安心して。もちろんアメリカでバスケができなくなったのでも家庭の事情でもない。自分で決めたの」
一瞬で空気が軽くなった。
「結構前からいてたんだね」
「いつなら行っていい?」
「いつでもいいよ」
「休みの日とか昼までの練習が終わってからでも?」
「大丈夫だよ。来たいときはいつでも言って」
「ありがとう。そうする」
「つかささん」
もなかとの会話が落ち着いたところで環奈が呼びかけた。
「この際ですからどうして日本の学校を選んだのか話してくれませんか」
「前に環奈たちに話した通りよ。バスケ半分。和菓子半分」
「冗談じゃなかったんですね」
「もしかしたらバスケと和菓子、半分ずつじゃないかもしれないけど」
「そのへんの細かいところは気にしないので大丈夫です。それよりも具体的に説明してほしいです。和菓子職人を目指してるから、とか」
「和菓子職人は目指してないわ。日本を選んだのはただ和菓子が好きだったから」
「それって和菓子が好きじゃなかったら日本へは来てなかったってことですか」
「そうね。ヨーロッパあたりに行ってたかも。可能ならだけど」
じゃあさ、ともなかが質問を引き継ぐ。
「なんでうちの高校にしたの」
「どこへ入りたいとかはなくて、昔住んでたこの辺りで高校を探したらここが一番近かったから」
「ちょっと話を戻して確認だけど、バスケが本命でいいんだよね」
「そうよ」
「うちの部、つかさちゃんたちが入部するまでは三人しかいなくて、試合に出られるかわからない状況だったの知ってた?」
「うちの学校にバスケ部があるかとかちゃんと調べた?」
「調べ、てない……」
もなかが微苦笑を浮かべ、つかさが固まる。
「どこにでもあるものだと思ってた」
「ぞっとしたね。まあでも知らなかったからこそうちに来てくれたわけで、私たちからすればラッキーなんだけどさ」
そういえば、ともなかはつかさの件は納得したのか話題を変えた。
「最初からマネージャーやりたかった環奈ちゃんは」
「私は全部知ってて入学しましたよ。バスケ部があるのも、部員が少なくて大会には出られてないのも。新入生が入る可能性は十分あるとは思ってましたけど、最終的にはバスケ抜きで高校を選びました。御崎高校が第一希望だったので」
「そうなんだ。遥ちゃんとさっこちゃんはバスケ部に入るつもりじゃなかったもんね」
遥は苦笑する。
「ちょっともなか。何すっきりした顔してんのさ。まだ最大の謎が残ってんじゃん」
杏が話を引き戻す。
「まだなんかあったっけ」
「つかさがどこにでもいるバスケ少女だったらまだそうなんだってなるけどそうじゃないからわからないんじゃん」
「鋭い。冴えてる杏」
杏はつかさへ視線を移した。
「ねえつかさ。バスケをするためにアメリカのチームを離れた、人に言えなくも言いづらくもない理由ってなんなの」
「それは、ジルが」
「ジル?」
「ジルって言うのは」
そこでつかさは「それ」と環奈の手元に目を向け、「これがジル」と写真のつかさたちとは年が離れた少女を指差した。
「ジルが言ったの。『つかさはもうちょっと一人で身の回りのことをできるようになったほうがいい。自己管理能力がなさすぎる。これはバスケだけに限らず大切なことよ』って。そのあとジルは笑いながら言ったわ。『一人でできないのもあるけどやらせてもらえないのが大きいね。全部れのがやっちゃう。れのと一緒にいるうちは無理かもね、ははは』って」
前に話してくれたことはこのことだったんだ。アメリカにいた頃は毎朝起こしてくれる人がいたから学校に遅れたことはなかった、とつかさが話していたことを遥は思い出した。
「つまり、れのって人から離れるために日本へ来たってこと?」
「そう」
「だったらアメリカの別の学校っていう選択はなかったの」
「そんなの意味ない。れのはきっとついてくるもの。だからどこかもっと遠くへ行く必要があったの」
「その決断力がすごいよ」
杏は感心とも呆れとも取れる複雑な表情をする。
続いてもなかが尋ねた。
「れのさんはつかさちゃんが日本へ行くことについて何も言わなかったの」
「れのには何も話さずに来たから、何も言ってこなかったわ」
「れのさんが可哀想になってきたよ。今はつかさちゃんがどこで何をしてるか知ってるの」
「出発当日にジルに話しておいたからたぶん聞いてると思う」
「まさかジルさんにもぎりぎりまで黙ってたの」
「うん。日本へ行くと決めてから出発まであまり時間がなかったから。それにしてもジルに話したら驚いていたわ。焦ってるようにも見えたからやっぱり急すぎたのかも」
そうじゃないよ、と遥は思う。きっとジルさんは冗談のつもりだったんだよ。
遥はみんなの顔色を窺う。つかさ以外全員、いや、例外もいた。早琴だけは必死に何かを思い出そうとしているように見える。それ以外は皆、同じように気づいている様子だ。
場を繋ぐようにもなかが口を開いた。
「れのさんに電話してあげたほうがいいんじゃない」
「それはもうちょっとしてからするつもり」
ちなみに、とつかさはもう一度記事の写真を指差した。
「これがれのよ。おじいさんが日本人で、れのも日本で生まれて小さいときは日本で暮らしてたって言ってた」
早琴も写真を覗き込む。何かを思い出そうとするような表情を浮かべている。
そのときだ。早琴が「ああっ」と声を上げた。
「どうしたの」
対面にいた遥は尋ねた。
「やっと思い出した。この写真の人どこかで見たことあると思ったらやっぱり見たことあった」
「どっちの人?」
「この人」
早琴が示したのはダークブロンドの髪の少女、れのだった。
「いつ」
つかさの表情がどことなく真剣なものになる。
「入学式の次の日。私が体育館の外から1on1してるつかさちゃんと遥ちゃんを見てたときこの人も覗いてた。あのときは中の光景に目を奪われて深く考えなかったけど今思えばすごい目立ってた。髪色とか顔もそうだけど違う制服だったし。あれどこのだろう」
「どんなのだった」
もなかに問われた早琴は目線を斜め上に向け記憶をたどる。
「品があって、お嬢様って感じの制服でした。あの人が着てたから余計そう見えたのかもしれないけど」
「どこだろう。近くの高校ではなさそうだけど」
つかさはれのが通う高校には興味がないようだった。
「そう。来たのね、れの」
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