やる気が出る3つの DADA

Jack Seisex

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~宣言解除後の日常(15)~

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「大丈夫かよ!」
 倉橋が、声を上げた。
 倉橋は、電車の鋼鉄のボディに跳ね飛ばされたベビーカーを追って、ホームを走った。
 
 ――走りながら、日常茶飯事的に事件が起こっていた、あのVRゲームの中に舞い戻ったような気がしていた。
 正義感からくる興奮が、倉橋を突き動かしていた。
「赤ちゃんは、どこだ」
 倉橋が叫んだ。
 ホームから身を乗り出して、ベビーカーの落ちた線路周辺を覗き込む。場合によっては、緊急停止のボタンを押して、線路の上に飛び降りるつもりだった。
 だが、すぐに状況が分かってきた。

(嘘だろ)
 不幸にも、ベビーカーは、電車の鋼鉄のボディとスピードによって、ほぼ原形を留めていなかった。これでは、赤ちゃんの生存はかなり難しいだろう。
 倉橋は、しゃがみこんだまま、首を振り続けた。悪寒がして、身体中が、ぶるぶる震え始めている。
「ごめんよ、ごめんよ」
 倉橋は、泣き始めた。
 今の自分には、【倉橋モデル】のスニーカーも、魔法の【ガスマスク】も無いのだ。VRゲーム内で活躍した主人公も、ここでは、単なる【無能人間】にすぎないことが身にしみてわかった。

 次の瞬間、
「ごめんなさい」背後で女の声が、聞こえた。
 先ほどの女だった。
「申し訳ありませんでした」
 倉橋が頭を下げた。
 ――近くにいながら、赤ちゃんを救うことができなかったことへの謝罪である。

「安心してください。赤ちゃんは無事です」
 女は、にこにこ笑っている。
「無事?」
 倉橋が問う。
 何を言っているのか。この女こそ、異常者ではないのか。

 だが、すぐに、傍で元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
「ごめんなさい。驚かせて」
「――」
「この子に、ミルクを飲ませていたの。だから、ベビーカーから手を放してしまって」
 女は、階段の上の方に向かって指をさした。
 騒ぎを聞きつけた駅員や乗客が、走って来るのが見えた。キリコの長い影の呪縛が解けたかのようだった。

 倉橋も、ようやく状況が把握できた。良かった――あの女は、初めからベビーカーに赤ちゃんを乗せていなかったらしい。
 
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