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【第5章:聖都リュヴァーン編】 第17話「氷霊の涙と凍結の谷」
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冷気が肌を刺す。
白銀に染まったその地――《凍結の谷》は、かつて“氷霊”と呼ばれる精霊が封じられた聖域であり、いまなお氷の結界が谷全体を覆っていた。
隼人は重ね着した毛皮のローブの裾を風に翻しながら、足元の氷を踏みしめてゆく。
前回のアグリュア火山帯で手に入れた《魂喰いの鱗》と対をなす素材――それが、この谷に眠る《氷霊の涙》であった。
「冷たい……ってレベルじゃねえな。鼻の中が凍る感覚って、人生でそうそうないぞ」
「火山の次にこの極寒地……バランスが取れてるといえば取れてるな」
隣でヴァルトが苦笑を漏らす。
だがその表情はどこか緊張を孕んでいた。
「この谷に入るのは、俺も初めてだ。氷霊の涙は、《氷結樹》と呼ばれる霊木の根元にのみ宿る。けれど、その霊木は……この谷の最奥、“氷の主”が守ってる」
「氷の主?」
「《霊氷獣(れいひょうじゅう)》――かつて、氷霊と契約していた聖獣。霊が封印された今も、忠誠の記憶だけで谷を守っているって話だ。もう何百年も……な」
忠誠という記憶だけを拠り所に、生き続ける存在。
それは、隼人の心を強く打った。
(守るべきものがあったから、生き抜いてきた。俺も……同じだ)
白銀の吹雪を突き抜け、二人は谷の最奥へと踏み込む。
凍りついた空気が指の関節すら凍らせようとする中、進むたびに視界が狭まる。
そして――
「……あれが、“氷結樹”か」
薄靄の中に、一本の巨大な木がそびえていた。
幹は青白く光り、まるで氷でできているかのようだった。根元には、雫のような蒼い結晶が浮かんでいる。
それが、《氷霊の涙》。
「気をつけろ。……来る」
ヴァルトの声と同時に、空気が凍りついた。
氷結樹の影から、静かに姿を現したのは――
六つの氷角を持つ獣だった。
その毛皮は銀色に煌めき、目は琥珀のように澄んでいる。
優雅で、それでいて圧倒的な威圧感を放つ霊獣。
《霊氷獣》――伝承に語られる、氷霊の忠臣。
「……退かないか。けど、俺たちも退けないんだよ」
隼人は前に出て、氷霊獣の正面に立つ。
風が止む。
互いの吐息すらも凍りそうな空気のなかで、霊氷獣が一歩、踏み出した。
氷が砕け、隼人も構える。
手には、灰色の剣――《灰断の剣》。炎の力を宿す刃。
「来いよ、氷の番人。お前の忠誠……無駄にはしない」
次の瞬間、戦いが始まった。
◆
鋭い氷牙が隼人の肩をかすめ、彼は即座に回転して距離を取る。
背後からヴァルトの雷撃が霊獣を牽制し、追撃の隙を作る。
しかし、霊氷獣の動きは洗練されていた。
跳躍、回避、冷気による罠――まるで戦いそのものが生まれついているようだった。
(すげえ……こいつ、生きてるって感じがする)
隼人の胸に、戦いへの敬意が湧く。
「なら、俺も全力で応えるしかねぇだろ!」
灰断の剣に魔力を込める。
炎と魂の共鳴。刃が赤く光り、蒼い氷に対抗する意思を宿す。
飛び込む。霊氷獣の氷角が迫る。
隼人はその一撃を紙一重でかわし、地を滑るように霊獣の脇腹へと踏み込む。
「はあああっ!!」
魂を込めた斬撃が、氷の毛皮を焼き、傷を刻む。
その瞬間、霊氷獣の瞳に“何か”が灯った。
怒りでも、憎しみでもない。
――誇り。
(……わかってくれた、のか?)
霊氷獣は最後の一撃を放つように、蒼い咆哮を空に響かせ、跳びかかってきた。
「受けてやるよ! その忠義、全部!」
隼人も剣を振り上げ、真っ向からぶつかる。
◆
しばらくの静寂のあと、吹雪が止んだ。
膝をついた隼人のもとに、霊氷獣が歩み寄ってくる。
……そして、黙って、顔を伏せた。
「……ありがとう。あんたの誇り、しかと受け取った」
その瞬間、氷結樹の根元にあった《氷霊の涙》が、蒼く強く、脈打ち始めた。
それは“試練を超えた者”だけが受け取ることを許される、霊の贈り物だった。
隼人は手を伸ばし、静かに涙の結晶を掴んだ。
冷たいはずなのに、どこか温かい。
氷霊の思いと、霊氷獣の誇り――それらが一つになった瞬間だった。
◆
谷を出る頃、雪がやんでいた。
空には晴れ間がのぞき、まるで誰かが旅路を祝福してくれているかのようだった。
「次で最後の素材か」
「ああ。《聖樹の芯鉄》。聖都リュヴァーンの地下、神域の大樹からしか取れない――」
「つまり、また面倒なとこだな」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
だがその足取りは、どこまでも力強い。
――隼人の作る“魂宿す剣”は、着実に形を成し始めていた。
白銀に染まったその地――《凍結の谷》は、かつて“氷霊”と呼ばれる精霊が封じられた聖域であり、いまなお氷の結界が谷全体を覆っていた。
隼人は重ね着した毛皮のローブの裾を風に翻しながら、足元の氷を踏みしめてゆく。
前回のアグリュア火山帯で手に入れた《魂喰いの鱗》と対をなす素材――それが、この谷に眠る《氷霊の涙》であった。
「冷たい……ってレベルじゃねえな。鼻の中が凍る感覚って、人生でそうそうないぞ」
「火山の次にこの極寒地……バランスが取れてるといえば取れてるな」
隣でヴァルトが苦笑を漏らす。
だがその表情はどこか緊張を孕んでいた。
「この谷に入るのは、俺も初めてだ。氷霊の涙は、《氷結樹》と呼ばれる霊木の根元にのみ宿る。けれど、その霊木は……この谷の最奥、“氷の主”が守ってる」
「氷の主?」
「《霊氷獣(れいひょうじゅう)》――かつて、氷霊と契約していた聖獣。霊が封印された今も、忠誠の記憶だけで谷を守っているって話だ。もう何百年も……な」
忠誠という記憶だけを拠り所に、生き続ける存在。
それは、隼人の心を強く打った。
(守るべきものがあったから、生き抜いてきた。俺も……同じだ)
白銀の吹雪を突き抜け、二人は谷の最奥へと踏み込む。
凍りついた空気が指の関節すら凍らせようとする中、進むたびに視界が狭まる。
そして――
「……あれが、“氷結樹”か」
薄靄の中に、一本の巨大な木がそびえていた。
幹は青白く光り、まるで氷でできているかのようだった。根元には、雫のような蒼い結晶が浮かんでいる。
それが、《氷霊の涙》。
「気をつけろ。……来る」
ヴァルトの声と同時に、空気が凍りついた。
氷結樹の影から、静かに姿を現したのは――
六つの氷角を持つ獣だった。
その毛皮は銀色に煌めき、目は琥珀のように澄んでいる。
優雅で、それでいて圧倒的な威圧感を放つ霊獣。
《霊氷獣》――伝承に語られる、氷霊の忠臣。
「……退かないか。けど、俺たちも退けないんだよ」
隼人は前に出て、氷霊獣の正面に立つ。
風が止む。
互いの吐息すらも凍りそうな空気のなかで、霊氷獣が一歩、踏み出した。
氷が砕け、隼人も構える。
手には、灰色の剣――《灰断の剣》。炎の力を宿す刃。
「来いよ、氷の番人。お前の忠誠……無駄にはしない」
次の瞬間、戦いが始まった。
◆
鋭い氷牙が隼人の肩をかすめ、彼は即座に回転して距離を取る。
背後からヴァルトの雷撃が霊獣を牽制し、追撃の隙を作る。
しかし、霊氷獣の動きは洗練されていた。
跳躍、回避、冷気による罠――まるで戦いそのものが生まれついているようだった。
(すげえ……こいつ、生きてるって感じがする)
隼人の胸に、戦いへの敬意が湧く。
「なら、俺も全力で応えるしかねぇだろ!」
灰断の剣に魔力を込める。
炎と魂の共鳴。刃が赤く光り、蒼い氷に対抗する意思を宿す。
飛び込む。霊氷獣の氷角が迫る。
隼人はその一撃を紙一重でかわし、地を滑るように霊獣の脇腹へと踏み込む。
「はあああっ!!」
魂を込めた斬撃が、氷の毛皮を焼き、傷を刻む。
その瞬間、霊氷獣の瞳に“何か”が灯った。
怒りでも、憎しみでもない。
――誇り。
(……わかってくれた、のか?)
霊氷獣は最後の一撃を放つように、蒼い咆哮を空に響かせ、跳びかかってきた。
「受けてやるよ! その忠義、全部!」
隼人も剣を振り上げ、真っ向からぶつかる。
◆
しばらくの静寂のあと、吹雪が止んだ。
膝をついた隼人のもとに、霊氷獣が歩み寄ってくる。
……そして、黙って、顔を伏せた。
「……ありがとう。あんたの誇り、しかと受け取った」
その瞬間、氷結樹の根元にあった《氷霊の涙》が、蒼く強く、脈打ち始めた。
それは“試練を超えた者”だけが受け取ることを許される、霊の贈り物だった。
隼人は手を伸ばし、静かに涙の結晶を掴んだ。
冷たいはずなのに、どこか温かい。
氷霊の思いと、霊氷獣の誇り――それらが一つになった瞬間だった。
◆
谷を出る頃、雪がやんでいた。
空には晴れ間がのぞき、まるで誰かが旅路を祝福してくれているかのようだった。
「次で最後の素材か」
「ああ。《聖樹の芯鉄》。聖都リュヴァーンの地下、神域の大樹からしか取れない――」
「つまり、また面倒なとこだな」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
だがその足取りは、どこまでも力強い。
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