オリンピック選手金メダリストが転生後、最高の武器屋のマスターになった

【第8章：炎の継承と暁の鍛造師】 第6話「語られざる鋼竜の記憶と、少女メルの来訪」

鋼と黒翼の融合に成功した翌朝、谷には重い霧が立ち込めていた。忘却の工房の炉はまだ暖かく、かすかな火の名残が灯り続けている。ユウリは鍛え上げた剣を手に取り、その刃に映る自分の顔を見つめていた。

「この剣……やっぱり、ただの武器じゃない。魂が、呼応してくる感じがする」

静寂を破ったのは、小さな足音だった。谷の入り口から現れたのは、一人の少女。年は十四、五ほどだろうか。くすんだ緋色のフードをかぶり、大きな旅鞄を背負っていた。細身の体ながらも、しっかりとした足取りでこちらへ向かってくる。

「……こんにちは。ここに“暁の鍛冶屋”がいると聞いてきたの」

ユウリたちは警戒しつつも頷いた。

「その通りだけど……君は？」

「私はメル。父の形見である“鋼竜の欠片”を、この地で鍛え直したいの。どうしても……この素材で“誰かを守るための武器”を作りたいの」

少女はそう言って、旅鞄から包まれた何かを取り出す。中から現れたのは、欠けた金属片――かつて鋼竜と呼ばれた存在の一部であると推察される、黒金色に輝く破片だった。

「……これは、本物の“鋼竜の鱗”……！」

セリナの声が震える。リリスも瞳を細め、静かに頷いた。

「この地に導かれてきたのは、偶然じゃない。あなたもまた、“炎の継承者”の一人なのかもしれないわ」

メルの瞳には涙が溜まっていた。彼女は震える声で語り出す。父はかつて鍛冶師だった。辺境の村で人々のために武器や農具を作っていたが、魔物の襲撃によって村は壊滅し、父も命を落とした。メルが持つ鋼竜の鱗は、唯一遺された父の最後の仕事だったという。

「私は……強くなりたい。誰かに頼られるんじゃなくて、自分の手で誰かを守れるように。だから、ここで剣を……父の意志を、継がせてほしい」

少女の決意に、ユウリは目を見開いた。――それはかつて、彼がこの世界に転生し、初めて鍛冶場に立ったときと同じ情熱だった。

「わかった、メル。君の意志は……きっと鋼に宿る。共にこの工房で鍛えよう。お前の剣を、君の手で完成させるんだ」

そう言ってユウリは手を差し出す。メルは一瞬ためらったが、その手をしっかりと握った。

こうして、忘れられた谷の工房に新たな火が灯った。少女メルの来訪により、ユウリたちは再び“鍛える”という意味を、深く問い直すことになる。