オリンピック選手金メダリストが転生後、最高の武器屋のマスターになった

【第8章：炎の継承と暁の鍛造師】 第7話「メルの修行と、鋼竜の記憶」

メルの手に握られていた鋼竜の鱗は、通常の金属とは異なる冷たさと重みを持っていた。リリスが魔力計で調べると、内部には微細ながらも未だに“意志”と呼べるほどの魔力の残滓が宿っていることが判明した。

「これは……まるで生きている金属みたい。鍛えるには、高度な技巧と精神的な共鳴が必要になるわ」

「つまり、メル自身が“鍛冶師”としてその金属と心を通わせなきゃならないってことだな」

ユウリは微笑みながら、鍛造場の奥にある練習用の炉を指差した。

「さあ、メル。まずは基礎からだ。炭をくべ、火を育て、金属を知る。剣は、鍛冶師の心を写す鏡だ。焦らず、でも真剣に向き合うんだ」

メルは頷き、小さな手で木炭を炉にくべ始めた。火はすぐには強くならず、何度も風を送っては消えそうになり、それでも諦めず彼女は続けた。リリスが火の扱いを手伝い、セリナは金属の性質について語る。

「見て。鉄は赤くなってからが勝負。叩きすぎても、弱すぎてもいけない。金属と“呼吸”を合わせるの」

メルの額には汗が浮かび、指先は黒く染まった。最初の一日は、ただ炉を育てるだけで終わった。

それでも、メルの眼差しは濁ることなく、ただ静かに燃えていた。

――数日後。

「よし、今日から本格的に叩いてみよう」

ユウリが手渡したのは、練習用の鉄の塊だった。炎の中で熱し、取り出して、叩く。形が変わる度に、メルは驚きと感動を繰り返す。

「これが……私の手で、生まれ変わっていく……」

「そうだ。道具じゃない、“意志を持った鋼”だ」

ユウリの言葉に、メルはそっと鋼竜の鱗に視線を落とす。

「この鱗も……きっと、想ってる。もう一度、誰かを守りたいって」

その夜、忘却の工房の書庫をリリスが調べていた時、鋼竜の鱗に関する古文書が発見された。そこには、かつて存在した“叡智の竜”アグレアスの名が記されていた。

――“その鱗は、守る者の意志によって形を変える。かつて、民を守る盾となり、剣となった。その心は、いまも眠り続けている”――

「……メルの願いと、鱗の意志が重なれば、きっとあの素材は目を覚ます」

セリナの言葉に、ユウリも頷いた。

「明日からは、“鱗”そのものを鍛えていこう。メル、自分を信じるんだ。お前ならできる」

「……はい！」

少女の目に宿った光は、かつてのユウリにも似ていた。失ったものを抱え、それでも前に進むと決めた者の目だ。

こうして、炎の灯る忘却の工房に、新たな音が鳴り響く。少女メルの小さなハンマーが、鋼竜の眠れる意志を、少しずつ呼び覚ましていく――。