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イレギュラー過ぎるゲーム

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 ◇◇◇

 時折壁に灯る松明の明かりだけを頼りに、俺は洞窟の中を全力で走っていた。ほんの十数分前、大きな音を立てて激しく地面が揺れた。
 皆がパニックになる中、俺だけは真っ先に洞窟に飛び込んでいた。おそらく誰もが忘れていただろうが、まだルカが戻っていなかったからだ。

「ルカ!ルカ!」

 洞窟はそこそこ深いが分かれ道は無い。俺が全力で走ればそんなに時間はかからない。案の定、直ぐに反応があった。

「ルシアン!?どうして?」
「良かった!大丈夫か?」
「う、うん。すごいビックリした!」
「あぁ……あの揺れじゃな」
「いや、そうじゃなくて。ルシアンがそんなに一生懸命なのがさ……ところで皆は大丈夫?」
「分からん。とりあえず洞窟は危ない。早く出よう」

 足早に来た道を戻ったが、直ぐに立ち止まり額を押さえる。

「くそっ!今まで大丈夫だったのに」
「え!?崩落?ルシアン危なかったね!」

 危なかったのはルカだろうと思ったが、ツッコミ入れてる場合ではない。こんな岩、俺が本気を出せば何とかなるかとも思うのだが洞窟がさらに崩落しかねない。

(こんなイベントは知らんぞ?今後、他のプレイヤーがこの試練出来なくなるイベントとかありかよ!)

「とりあえず奥に戻るぞ!」

 俺が閃いたのは、外で他の奴等が言ってた洞窟奥にあった狭い入り口とやらだった。
 そして泉を目の前にして左奥の方に確かにそれはあった。
 四つん這いなら入れそうな気がする。

「これ。何処に続いてるの?」
「分からん。行き止まりかもしれねーな。でも今は望みを託せる道がこれしか無い。ルカ。先に行け」

 地面はまだ微妙に揺れている。もはやいつ崩れるか分からない。ルカだけでも先に行かせようと気ばかりが焦った。
 彼女が四つん這いになって入って行き、その後を俺が続いたのだが一つだけ気になる事があった。

「ねぇ、ルシアン。暗くてよく見えないよ」
「俺はよく見えるぞ……」
「え?」
「あ?あぁ。確かに……松明とか無いしな」

 俺の前を這って進むルカのスカートが短い。たまにチラチラ、チラリズム……
 ダサい装備しか無かった俺の家とは違い、ルカの装備は今時の魔法使いっぽいのだ。の使い方があってるかは分からないが……なんせここは異世界だし。

(こいつ、結構大人っぽいパンツ履くんだなぁ)

「ちょっと戻って松明持って来てよぉ」
「魔法で火を起こせばいいだろ?」
「何言ってるの。泉の水飲んだら暫く魔法使えないじゃない」

 そういう設定だった。
 ゲームでは魔力が上がった後に帰りが大変になるように作った覚えがある。何て子憎たらしいゲームなのだろうか。

「あぁ。そうだったな……これ使えよ」

 俺は小さな容器をルカに渡す。

「何?これ……」
「上に付いてるやつを何回かガリガリと動かしてみろ」

 金属を擦るような音がする。するとパッとルカの正面で小さな明かりが灯り、驚いたような声が聞こえてきた。
 俺が渡したのは引火性の高い油を入れた容器に、火花を起こす仕掛けを施した物。つまり簡易的なライターだ。

 この世界では火種を起こす道具が無い。
 何故なら誰でも魔法で小さな火くらい出せるからだ。そこで俺も、魔法を使えるフリをする為に火を起こす道具を作った。
 色々と便利でこれがあれば俺でも火の魔法が使える。
 ―――もとい。それっぽく見せれる。むしろ、これが無かったら俺はお湯も沸かせない。

 魔法が当たり前の世界だとこんな物すら無いのだから、逆に文明が発展しないのも頷ける。

「これどんな仕組みなの?」
「何も考えるな。こういう時を想定して作ったんだ」
「どんな事想定して生きてるのよ」

 その狭い穴は意外と短いようだ。何の為に明かりを欲したのか分からないくらいに……だが、それを抜けてから俺とルカは固まった。

 そこは途端にバカみたいに広い所だった。
 滝の裏の山の中身をそのままくり貫いたような空洞。そしてその横には、高さ十メートル程にもなるトンネルが外に向かって続いていた。
 その空洞とトンネルがどうやって出来たのか――――考えるまでもない答えが目の前にあった。

「る、ルシアン……」
「声を出すな……静かに移動しろ」

 静かに移動。などと言ったが、既に俺の体と同じくらい大きな瞳が俺とルカを睨みつけているのだ。
 そこに見上げる程大きなトカゲが寝そべっている。
 背中に己れの体格の倍近い大きさの翼を持っていた。皮膚はゴツゴツしていて相当固い事も俺は知っている。

 【マジックイーター】ではゲーム中盤で初めて御目見えして、一回は全滅させられる定番の魔物『ドラゴン』がそこにいた。

「ルカ!外に向かって走れ!」

 もはやコッソリ逃げる事など不可能だと思った俺は叫ぶと、ルカは反射神経良く飛び出した。
 途端にドラゴンが起き上がり地面が大きく揺れた。

(コイツのせいだったのか!)

 大きな揺れもそうだが、泉で魔物に遭遇しなかったのは偶然ではない。ドラゴンが近くに居たから魔物が逃げ出したのだ。
 
「ダメだ、このままじゃ逃げきれない。魔法でアイツを牽制できるか?」
「だから魔法は使えないって!」

 自分の作ったイカれた設定に涙が出そうだった。

「ちっ!じゃあ俺が時間稼ぐから全速力で逃げろ」
「はっ!?バカじゃないの!一人じゃムリだよ!」
「俺もすぐ追いかける。早く行け」

 戸惑いながらも走って行くルカを見送り、俺は振り向いて剣を抜いた。
 ドラゴンの移動速度は思った以上に早かった。
 自分で掘ったであろうトンネルの天井に激しくぶつかりながらも止まらずに此方に向かってくる。

 ――――だからこそ好都合なのだ。
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