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第三章
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しおりを挟むすっかり陽が落ちるのが早くなった、秋の終わり頃。
その薄暗い寒空の下、翠は自身の通っている高校のお向かいである【私立南高等学校】の校門の隅でそわそわと体を動かしながら、胸元で大事そうに抱えている紙袋をぎゅっと抱き締めた。
紙袋の中には、この間隆之から借りたパーカーが入っている。そしてそれとはもう一つ別に、更に一回り小さな紙袋が中に入っていて、翠はそれのせいでひどく緊張した面持ちをしたままだった。
……ど、どうしよう。勢い余って持ってきちゃったけど、調子に乗りすぎたかもしれない。
だなんて心のなかで呟き、いやでももう持ってきちゃったし、けど……。と一人悶々と悩んでいたが、辺りがざわざわと煩くなりだし、ハッとした翠は俯かせていた顔をあげた。
「……北高の天使、やばぁ」
「美しすぎてえぐ……。リアルCGなんだけど」
「あんな顔にどうやったらなれるわけ」
初めこそ、翠のあまりの美しさに立ち止まり見惚れ口をつぐんでいた人々だったのだが、ようやく正気を取り戻したのか口々に翠の外見への賛美を並べ始め、カメラを向けてくる。
それに今しがたようやく気付いた翠は、やっぱり高校で待ち伏せするのは駄目だったかもしれない。と注目を浴びている事に顔をひきつらせ慌ててその場を離れようとしたが、不意に声を掛けられ、パァッと表情を明るくさせた。
「翠さん?」
そこにはお目当ての隆之が居り、驚いたように翠を見つめていて。
そして何故か少しだけ息を切らしていたが、翠はそんな事には気付かず、会えた喜びで途端に大輪の花が綻ぶよう、笑った。
「た、たか!!」
う、うわぁぁぁ!! 二日ぶりのたかだぁぁ!! やばい格好良いよぉぉ!!
だなんて内心で悶えのたうち回り、キュン死にしそうになる翠。
しかしそんな翠の恋に荒れ狂う心など知らず、翠のあまりの美しく可愛らしい笑顔に無遠慮に見つめていた人々はその神々しさに一瞬心酔し、それから辺りは一気に阿鼻叫喚のごとき声が響き渡った。
「あっ、あはは!! たか、偶然だね!! あ、あのねっ、」
けれども当の本人は周りの声すら聞こえていないのか、目の前の隆之しか見えておらず。
会えた嬉しさで馬鹿丸出しの笑い声を出しながら、全くもって偶然でないにも関わらず偶然だね等と嘘を吐いたが、しかし隆之は群衆の声に表情を曇らせ、それから翠の腕を掴んだ。
「っ、た、たか!?」
「すみません、今は移動した方が良いと思うので……」
隆之の大きな手が翠の細い手首を易々と掴むその感覚に、翠が目を見開き顔を真っ赤にする。
そんな翠に謝りながらも手を離すことなく群衆を掻き分けて進む隆之に、天使とあの男はどういう関係なのだ! とカメラを向けては騒ぎ立てる声が響く。
その煩いざわめきを裂くよう遠くから「お前ら校門の前で何を騒いでるんだ!?」という、騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきた教師の声すらも重なってゆくなか、翠だけは目の前の隆之の流れる黒い綺麗な髪の毛や広い肩だけをポーッとした表情のまま見つめ、手を引かれるがままだった。
***
──いつの間にか藍色から黒色へと変わりそうな空のなか、隆之と翠は学校から少し行った所にある公園へと来ていた。
辺りにはもう子どもの姿はなく、銀色に鈍く光る滑り台や並ぶ鉄棒だけが物静かに佇んでいる。
その中で二人は小さなベンチに並んで腰かけた。
「引っ張ってすみません」
「っ、ぜ、ぜんぜん!! 全然大丈夫だよ!! むしろ俺が騒ぎを起こしちゃった感じだし、いつも本当にごめんね……」
朝の通勤ラッシュと重なる時間帯は皆が忙しい事もあり、じっと駅で立っていてもそこまでの騒ぎにはならなかっただけらしく。その事に気付かず油断し、ましてや高校の校門の前で待つという暴挙に出てしまった翠は、恋に浮かれ結局また隆之に迷惑をかけてしまったと自己嫌悪に陥りかけながら、俯いた。
本当に情けないな。と翠が足元の砂利と雑草が混じった地面をぼんやりと見つめていたが、しかし隆之は穏やかに言葉をかけてくれるだけだった。
「翠さんが謝る事じゃないですよ。むしろうちの学校の生徒が騒ぎを起こしたので、こちらこそすみません」
「なんでたかが謝るの! たかは何も悪くないよ!」
「ほら、そういう事ですよ」
隆之が柔らかく笑いながら、同じことだと言う。
その言葉に翠は目を見開き、それから隆之の聡明さや優しさにへにゃりと眉を下げては、どうしようもないほどの恋しさと嬉しさで心臓が傷んだまま、にへらと笑った。
「あり、がとう……」
えへえへと笑いながら、長い足をそれでも子どものようにプラプラと揺らしては翠が嬉しさを体現する。
そんな翠の姿に、隆之もふわりと表情を弛めた。
「あっ! そうだ、あのね、さっきはちょっと格好付けて偶然だねなんて嘘ついちゃったんだけど、俺実はたかに会うために待ってて……、」
思い出したと翠が声をあげ、バカ正直に嘘だったと白状しながら、手にしていた紙袋を隆之へと差し出す。
「これ、借りてたパーカー……、ありがとね! あ、ちゃんと洗濯したから!」
「え、そんなわざわざ気にしなくて良かったんですが……、ありがとうございます」
名残惜しげに、しかしありがとうと感謝を込めて翠が言えば、何故かぺこりとお辞儀しながら隆之が受け取る。
それが可愛くて、翠はにへらとだらしなく笑いつつ、胸をキュンキュンとときめかせた。
「……あれ、何か甘い匂いが……」
「っ! ええと、あ、あの、実はその、おおおおお礼っていうか、お礼とも呼べないものなんだけど、あの、そのっ、マ、マフィンを作ったんだ、けど……」
「え、」
顔を真っ赤にしながら、俯き早口で捲し立てたかと思うと尻すぼみになってゆく翠の声。
その愛らしすぎる姿と、紙袋の中から覗くもう一つの小さな紙袋を交互に見た隆之は、一瞬だけ呆けた声を出したあと、それから微笑んだ。
「……嬉しいです。ありがとうございます」
「ほ、ほんとに!?」
「はい。手作りって凄いですね。俺はそういうのは本当にからっきしなので、尊敬します」
「そ、尊敬なんて、そんな大したものじゃないよ! エヘヘへへ!」
「料理、良くするんですか?」
「うん! 実は俺、将来自分のお店持つのが夢なんだ!!」
隆之に褒められ嬉しそうにデレデレとした顔をしていた翠が瞳を輝かせ、こくこくと頷く。
その笑顔が本当に眩しいほど美しく、隆之は目を少しだけ見開いては、翠の熱気に少々圧倒されたまま、それでもつられるよう笑った。
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