ああ、マイダーリン!

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第三章

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 ──翠はその美しさから、常々人の注目の的だった。

 けれども、小学校までは純粋に翠の美しさに惹かれ仲良くしようとする人達の方が多く、翠としても騒がれるのはあまり好きではないが友達が沢山出来て、嬉しかった。
 何処に居ても誰と居てもいつも翠が中心で、仲間はずれにされた事など、一度もなかった。

 しかし、中学に上がり翠の美しさがますます輝き始めると、翠の生活は一変した。

 翠の美しさを妬む女子生徒もいたが、大半は翠を友人ではなく異性として見始め、告白が絶えず行われるようになった。
 そして男子生徒は翠に強く惹かれつつも、同性に対する気持ちを認めるのが恐ろしかったのか、“男か女か分からない異端児”として翠をつま弾きにするようになり、翠の側には友人と呼べる人など、一人もいなくなってしまっていた。

 男子生徒からは嫌がらせや仲間はずれをされるようになり、女子生徒からは執拗に構われる。

 そんな状態のなか、全員が何かしらの欲を燻らせた眼差しで自分を見てくる事に翠は恐怖し、次第に心を閉ざしていったのだが、二年に上がった頃に起こった事件のせいで完全に学校へ登校する事が出来なくなり、家から出ることもなく、笑うことすらしなくなっていた。

 そんな廃人同然になった翠に、しかし家族は変わらず沢山の愛をくれ、翠の意思を尊重しながらも、静かに寄り添ってくれた。
 そして家から出なくなった翠に非難の声を浴びせるどころか、一緒に映画を観ようよ。とリビングでゆったりと過ごしたり、翠が好きだった画集などを持ってきては、翠も絵を描いてみようよ。と一緒にヘタクソな絵を描いては、ケラケラ笑った。
 そんな家族の温かなサポートのお陰で翠は段々と活力を取り戻し、家から出る事はまだ出来なかったが、持ち前の明るさを少しずつ見せ、ようやく心からまた笑えるようになったのだ。

 そして、一緒に何かをしよう。と家族が誘ってくれた提案の中の一つに“料理”があり、翠は瞬く間に熱中するようになった。

 最初は上手く切れなかった食材を綺麗に手早く切れるようになった時の、達成感。
 レシピを見て正確に計量すれば、美味しく作れる楽しさ。
 そして何より、翠が何を作っても本当に幸せそうに、美味しい。と沢山褒めてくれる家族の笑顔が見れる事が、何よりも翠を幸福にしてくれた。

 その喜びはいつしか、自分の作った料理で色んな人を幸せにしたい。いつか自分のお店を持ってみたい。という大きな夢へと変わり、その為に翠は勇気を振り絞って、また外の世界へと飛び出せるようになったのだ。

 しかし途中から不登校になってしまったため翠の学力では高校へ進学するには難しく、何とか入れたのが偏差値なんて無いに等しい、北高等学校で。
 けれどもそこで圭や稔といった気の置けない大切な友人達と出逢えた事で、あの辛く苦しい時間にも、全て意味があったのだ。と今では前向きに思えるようになっている。
 そして高校卒業後は調理師の資格を取るために専門学校へと通うと決めている翠は日夜色んな料理や菓子を作っており、その腕前はもう既に確かなのだが、隆之に食べてもらうとなると話は別だ。と言わんばかりに心臓は飛び出そうなほどに跳ね回り、それを隠すよう翠は浅く呼吸を繰り返しながら、ぎゅっと掌を握った。

「食べても良いですか?」
「あっ、う、うんっ! あの、ほんと、口に合うかどうか分かんないけど、その、」

 そうしどろもどろで緊張し赤面している翠を見ては小さく笑う隆之が、優しい手付きでマフィンを取り出す。
 それからカップの縁を千切りながら、バクッと大きな口で頬張った隆之は、口の中に広がる美味しさに目を見開いた。

「んっ!」
「っ、あの、ほんと、不味かったら吐き出してくれていいから!! ほんとに!!」
「……ん、いや、ちょっと美味しすぎてびっくりしました」
「……へ」

 飲み込み、微笑みながら美味しいですと見つめてくる隆之に、翠がすっとんきょうな声をあげる。
 そんな翠に、こんなに美味しい物を作れるのにどうしてそんなに自信が無いんだろうか。と隆之は不思議そうにしながらも、しっかりと翠を見つめた。

「本当に、凄く美味しいです。今まで食べてきたどのマフィンよりも美味しいです。翠さん、本当に作ることが好きなんですね」

 隆之の凛とした、深みのある声で紡がれる真っ直ぐな言葉。

 その言葉がじわじわと脳に染み、上手だと褒めてもらえたことも嬉しいが、何より作ることが好きだという情熱そのものをまるっと包み込んで掬ったようなその言葉に、翠は胸の奥が痛いほどに喜びで震えなんだか泣いてしまいそうになりながらも、小さく息を吸ったあと、にへらとはにかんだ。

「……えへへ、あり、がとう。うん、俺、作るの大好きなんだぁ」

 ふにゃり。と頬を弛ませてあまりにも幸せそうに笑う翠の美しさに隆之が目を見開き、先ほどの翠のよう、小さく息を吸う。
 それから翠の幸せそうな姿に目を細め、隆之も優しく微笑んだ。


「お礼を言うのは俺の方ですよ」
「いや! 食べてもらって、美味しいって言ってもらえて嬉しかったから! それに元々はパーカーのお礼な訳だし!! だからありがとう!!」
「っ、ふは、……こちらこそ、ありがとうございます」
「だから、俺がありがとうなんだって!」

 だなんてお互い謎にありがとう合戦をしながら、二人してへらへらと笑い合う。
 そんな穏やかな空気のなか、向かいの掲示板に貼られていたポスターが不意に目に留まったのか、隆之が口を開いた。

「あそこ、遊園地のポスター貼ってありますね」
「へ? あ、ほんとだ!」
「遊園地とか、良く行きますか?」
「……ん~、小さい頃に家族と行ったっきりかなぁ」

 そう呟き、少しだけ困ったように笑ったあと、翠は足元を見た。

 家族全員の外見が人目を引いてしまうほど華々しく美しい、冬月家。
 その中でも特に自分が綺麗な見目をしているという事を、翠も流石に自覚していて。
 だからこそ小さい頃から他人の好奇な目に人一倍晒されてきた翠は段々とそういうレジャースポットを敬遠するようになり、特に中学生の頃は家からほぼ出ることもなかった為、遊園地なんてもう何年も行った事はなかった。

 だがそういう場所が嫌いな訳ではなく、むしろ楽しい場所が好きな翠は、どうにも出来ない事柄に凹んでも意味がないと知りながらも少しだけ悲しげに俯きながら、イジイジと足元の砂利を靴の爪先でいじってしまった。

「……」
「……すみません、遊園地とかもしかしてあんまり好きじゃないですか?」
「えっ、好きだよ! 大好き!」
「あ、良かった。話題にしない方が良かったかと。そういう場所好きそうですよね、翠さん」
「えぇ? そう?」
「はい」
「えへへ。まぁでも、俺には縁遠い場所だからなぁ」
「え?」
「ん?」
「…………あぁ、なるほど」
「え?」

 翠の言葉に、何やら少しだけ考え込んだあと、なるほど。という言葉を呟いた隆之。
 しかしその言葉の意味が分からず翠が首を傾げ隆之を見つめれば、隆之も真剣な眼差しで見つめ返したかと思うと、口を開いた。

「もし良かったら一緒に行きませんか、遊園地」
「……へ?」
「好きなんですよね? だったら行きましょうよ。そういえば俺も小さい頃に行ったっきりだったなと思い出して、今凄く行ってみたくなったんで」
「へ、え、」
「都合が良い日とかありますか?」
「え、あ、……お、俺はいつでも暇だけど……」
「じゃあ今週末とか、どうですか?」
「え?」
「あ、都合悪いですか?」
「え? あ、いや、それは全然、てかどんな予定入ってても変更して意地でも全力で行きたいんだけど、」
「っ、あははっ」

 会話の流れにも急なお誘いにも脳が着いていけず呆けたまま、しかし隆之からの誘いならば例えどんな予定が入っていようと最優先し地の果て海の果てまでもお供します。というよう本音をポロリと溢した翠に、隆之がおかしそうに笑う。

 その笑顔はまるでキラキラと星が光り瞬いているようで、そんなあまりの格好良さと可愛さに我も忘れポーッと間抜けに見惚れるばかりの翠に対し、隆之は翠の心情を察しているのかいないのか、「俺も楽しみです。遊園地」だなんてただただあっけらかんと楽しげに笑うばかりだった。




 

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みんなの感想(1件)

mm
2022.11.27 mm

ぅゎあああん(т-т)
は様、、やっぱり好きです!!大好きです!!
翠かわいい(泣)
続きがめちゃくちゃ気になります。
楽しみに待ってます♡

2022.11.29

mm様!!こちらまで覗いてくださりありがとうございます!!とっても嬉しいです……!!今後もモソモソマイペースに頑張ります~!!感想ありがとうございます!!

解除

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