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2章~燃焼(もえ)る事件~
燃焼る①
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扇風機の強風が火照った顔を襲う。
ほぼ顔の隣に扇風機はそびえ立っていた。
「こちら側にもエアコンをつけましょう。そっちの方が絶対に安上がりだと思いますよ。」
その言葉をおしりで聞くモタロー。彼は上半身を前に倒しており、カーテンの向こう側へと隠れていた。そして「あ~。涼しぃ~」と爽やかな声を上げていた。
この事務所は主に二つのスペースに分かれている。一つは入り口からすぐの客席スペース。クラシックな空間を壊さないように白かったエアコンもそれっぽく色塗られている。カーテンを挟んだ側にあるのが事務スペース。仕事をするためのスペースである。そこには残念ながらエアコンというものは設置されていない。
カーテンの向こう側からやってくる冷気と強風の扇風機からくる風が暑さを凌がせていく。
パソコンの中の報告書が完成を示す。「何とか終わった。」
背筋を伸ばし椅子にもたれかかって後ろに倒れた。太陽が雲に隠れている日だと言うのにとても暑い。いや、雲隠れの夏だからこその蒸し暑さが余計暑さを感じさせるのだ。
ドアが開く音だ。
パッと背筋を正し、驚いた顔で半回転するモタロー。彼は「仕事だよ」と冷静になり切れていない声で呟いた。さらに半回転してカーテンの向こう側へと進む。
がんがんに聞いた空調が身体の熱を奪っていく。涼しすぎてずっとここにいたいと思わせる程に。
来客の人がソファに腰を下ろす。身体は硬直してるようにも見える。背筋も伸びており規則正しいような姿勢だ。
横に置かれた黒のスクール鞄は色褪せていた。
冷たいお茶を机に置いた。
その人は統制された黒髪と統一感を感じさせる制服に包まれた男の子だった。真面目に見える爽やかな男の子だった。
彼は隣の区の学校に通う高校生。
ここを知ったきっかけはインターネットのようだ。どうしても探偵事務所に赴く用事があったと言う。
優しく「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」と言われたのをきっかけに、彼は固まった息を抜いた。姿勢も自然体に変わる。
「わざわざこんな所までありがとね。お茶も好きな時に飲んでね。是非、ゆっくりと要件を聞かせて貰えないかな。」相変わらずの口ぶりだ。
彼はゆっくりと口を開く。
「俺の母ちゃん。怪しい宗教にハマっていて。辞めさせたいんです。」
「宗教ねぇ。我々は探偵であって相談員じゃないんだよ。辞めさせることは本人の意志だから、そんなに力にはなれないかも知れないよ。」
「……なら、その宗教を潰すことはできますか。ほら、悪徳な金稼ぎみたいなことをやってるし。」
「悪徳商法……宗教沙汰だと霊感商法や開運商法とかかな。それを調べて公にすることはできるかも知れないけどねぇ。」
ドン、と鞄から出される袋。
札束が広げられた。
「金ならこんだけあるので、何とか出来ませんか。」
机の上には数え切れない程のお金が広がっていた。
「どうしたんだい。そのお金は。」
「これ全部、宗教団体が売りつける物にかかるお金です。教本、八十万円。鏡、三十万円。その他も含めて全部で百万以上はあります。」
「これ、くすねてきたんだよね。」
バツが悪そうに頷いた。
すぐに真剣な顔へと変わる。
「こんなものにお金をかけていくなんて馬鹿げている。もう終わりにしたいんです。お願いできますか。」体が前のめりになっていた。
その反応に対して、額に指を当てて「しかし、こんだけ金が無くなったらすぐに気付くはず。君たち親子の関係悪化のきっかけになりたくはないからねぇ。」と言うが、すぐに「だからと言って、こっちも仕事。慈善事業じゃないから、金がないと仕事は出来ないんだよねぇ。」と困り果てる。
パチンッ。指を鳴らす。
「それじゃあ、着手金に五十万を貰おうかな。難易度は相当高い。相場的には妥当だろう。これで打診しようと思う。」
「残ったお金は報酬金で貰って下さい。一度持ち帰ったら、次は……く、くすねてこれない気がするので。」斜め下を向き、噛みながら話す。
「気にしないでくれたまえ。報酬金は……君の出世払いで頼むよ。」
机に置かれた束に揃えて、きっちり五十枚を数えてこちら側へ、それ以外を彼側へと置いた。
「本当は無料でと言いたい所だけど、俺もこの探偵事務所の主。社長として守らなきゃいけない社員がいるんだ。これでいいかな、ルイン君。」
その問いに対して頷き返す。
二人の対応に手の拳を和らげている。
「君の名前を聞くのが遅れたね。名前は何て言うんだい?」
「羊宮陽です。」すっ、と凛々しい声で居間に響く。
「陽君。これがこの探偵事務所の名刺だ。」
名刺が渡される。そして、連絡先を教えて貰った。この連絡先は探偵仕事として扱われる。
「さあ、本題と行こうか。その宗教について知ってることを教えてくれないかい。」
「その宗教は『龍の宮』と言います。けど、詳しいことはあまり分からないというか。あっ、怪しい人達が家に来て物を売ってきたり、後、休日に怪しい場所に行ったりしてます。」
彼の提示した情報を頼りに、怪しい宗教団体『龍の宮』を手探りで探すこととなった。
彼は大金を鞄の中にひっそりと隠した。
彼がこの場所から離れる。それをモタローがこっそりと追った。尾行のような行動ではあるが、これは同意があり、大金を持つ彼を守るエフピーとして行動している。
エアコンでひんやりと冷えた部屋に置かれた少しだけ飲まれたお茶。
それを洗い場へと持っていく。
カーテンを超えると蒸し暑い空間がそこに現れた。
*
一般人に紛れて歩いていく。疎らな人達の一員となる。対象者に見つからないように時々姿をくらましていく。
今度は車に待機していたルインの出番。少し走らせて通り過ぎる。録画された映像がアイパッドにダウンロードされていく。
その女性はライトゴールドの長髪。先端に向けてパーマがかかっている。落ち着いた服装が年相応で似合っている。
彼女がふとこちら側に顔を向ける。
ニヤッと笑った。
踵を返す。来た道を戻っていった。
バレないように上手に距離を置く。今度は高い場所へと陣取りをし、望遠カメラで対象者を確認した。来た道を戻っていく。
急いで近くの公園へと向かう。探偵二人は公園で落ち合った。
「尾行に気付かれたのかな。それとも何か忘れ物でもしたのかな。」
尾行を巻くために戻ったのか、それとも忘れ物を取りに戻るために戻ったのか、どちらなのか。答えはすぐに分かった。
対象者が家へと帰った頃だろう。
一通の連絡。
電話に出ると男子高校生の声だった。
スピーカーによって車の中で音が反射していく。
「陽君。どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも、母ちゃんに尾行がバレてるんですよ。」
プライドに大きな鉄槌が下される。二人は頭を悩ませた。
「申し訳ないね。俺らの落ち度だよ。」
「そもそも、帰ってきてから母ちゃんがおかしいんだ。いつもと違うというか。」
不穏さが車内を不穏な空気に変える。
通話が終わった後も流れが悪い。
数分後、また連絡がきた。
「母ちゃん、助手のルインさんのこと知ってたんだけど、何か関係あるのか?」
「ごめんなさい。何も身に覚えがないんですよね。」
その会話が車内にさらに不穏な空気として流れ込む。
「ルイン君、本当に何も関係はないのかい?」
「えぇ。ここ二日で調べた情報でも知人という情報は一切なかった。いや、一つ心当たりが……」
彼の頭の中には色々な人の姿が浮かんだ。その人影は警察官になったりキャバ嬢になったりする。
「あまりにも非現実的な話ですが、一人だけ思い浮かぶ人がいるんです。その人は"プレイヤーX"という、誰かに成りすまして存在する人物です。」
「そう言えば、そんなのがあったね。確か春先で起きた事件だったね。じゃあ、もしかして今の君は何度もやり直しているのかな?」
「その通りです。ただ、実はまだやり直しの中の一回目ですが。」
「となれば、陽君の母ちゃんを頼りにする線は厳しいかも知れないね。そのプレイヤーXは解決の邪魔をしてくるんだろう。」
「そうですね。一度作戦を建て直す必要がありそうですね。」
一方通行の道を制限速度の三十キロで走っていく。大通りに出ると否や速度を上げていった。空いた窓から涼しくもない風が入ってきていた。
*
あっさりとした汁に絡む麺をすくい上げた。スプーンの先にはフォークの先端がくっついている。
麺を啜った後、窪んだ部分で薄茶色に澄んだ汁をすくった。置かれたチャーシューが飽きかけてた舌に新鮮な感覚を送り込む。
カラフルな内装の中で美味しそうにラーメンをいただく二人がいた。
「ひとまずこの近くで勧誘活動が活発に行われていると聞いてますので、ここを積極的に攻めていきましょう。」「そうだね。まあ、ひとまず麺が伸びない内に、ラーメンを堪能しようじゃないか。」
器から麺がなくなった。
彼らが外へと出ると、何やら騒がしい雰囲気が風に流されていた。人々は二つに分離する。一つはその雰囲気の方へと気になり進む者達。一つは変わらない行動を取る者達。彼らは後者であった。
坂を登っていく。
人通りの多い中でも、前者の人溜まりに入り込めばすんなりと進める。星ヶ丘テラスを抜け出し、少しばかし歩くと騒がしい正体が現れる。
神丘の地にて一つの建物が燃焼していた。建物が赤く黒く燃え盛る。真夏の篝火が空気を揺らしていく。
スマホを抱えてその様子を画面に記録させている集団がいた。いや、集団ではないが、それぞれが同じ行動を取ってしまっているため同じ集団に見えてしまう。
最前列にいた男が列を掻き分けて抜け出した。
すかさず探偵は声をかける。
「すみません。ここで何が起きたか教えていただけませんかい。」
「火事だよ。急に燃え出したんだよ。まーじでびっくりだよ。まあ、それぐらいじゃね。」彼はそのまま去っていった。
消防車のサイレン音が空気中を反射する。
隊服の人達が急いでホースを取り出し、建物の炎を消し去ろうと消化液を炎に向けて発射した。簡単に炎は消えない。それでも時間が経つにつれて炎は打ち負け消化された。
そこには朽ち果てた建物が残されていた。
わらわらと去っていく集団。二人もその集団の一員となっていた。一部始終が気になって近づいてきたもの好きな人達の集合体という集団に。
「もう少し何があったかサーチしてみよう」と帰り道にスマホを操作しながら歩く。彼は面白いことに気付いたようで、
「ルイン君。とても面白い事件だったみたいだよ。」と笑みを浮かべていた。
「何が面白いのですか。」
「他にも二軒、火事が起きたみたいだね。それもそこそこ近辺でね。奇遇かな。同時に三軒、燃え盛るなんてね。それも原因不明の延焼なんてね。」
スマホを見ると、ローカルな話題故にツイート数は圧倒的に少ないが、明らかに全く別の所で火事が起きたことを示していた。というのもそれぞれのツイートには場所が記載されていたり、建物の写真が載っていたりするが、それぞれが違う場所だったからだ。
下り道の中で足を止める。
何かを思い出した顔をしていた。
「すみません。その火事なんですが、もしかしたら宗教と関わりがあるかも知れません。」脳裏に現れていたのは死後の図書館にいる女性が語った事だった。
「なるほど。それはそれは、楽しそうな展開になってきたではないか。」
その瞬間からモタローは鮮やかに、飛び跳ねながら、回転しだした。踊っているように見える。それを見た人々が奇人を見る目で彼に視線を向ける。助手は一歩引いて、その視線に集まらない距離感を保ちながら進んでいった。
*
モタロー探偵事務所は相変わらずの熱気があった。クーラーの通り道が細いせいでこの部屋は熱さ増量だ。
二人は火事のあった次の日に各々で捜査した内容を照らし合わす。
まずは「僕が調べたのは一社駅から数分歩いた所にある中華料理屋『ブッター』です」と目撃した火事場から近い場所で同時に燃え出した建物についてを報告した。
「調べていくと、そこは宗教団体『龍の宮』の勧誘運動してる者がよく見かけられたみたいです。推測ですけど、この火事にはやはり『龍の宮』が関係しているのではないでしょうか。」
ふむふむとデスクに肘をついて頷いていた。
「俺の方は株式会社リュウダの本店営業所と隣接するドラッグストアだ。本山駅から東へ進んだ所だよ。そのリュウダとやらは焼失前はそこそこ大きな建築会社みたいで、会社の焼失と社長夫妻やお雇い画家の訃報が新聞にも載っているね。ただ、建築会社もドラッグストアもどちらとも『龍の宮』に関わっていそうな情報は手に入らなかった。」
「そこそこ大きい会社なら裏で繋がっている可能性とかあるかも知れないですよね。」
「その線はあるかも知れないねぇ。が、そこのトップがこの件で亡くなった。調べるのには骨が折れそうだよ。」
「僕の方も店主が火事で死去したようです。」
「何にせよ。まだまだ掴める情報はありそうだねぇ。明日は手分けせずに二人でみっちりと情報を集めようか。」
冷たい緑茶を注ぎながら「そうですね」と呟く。
「では、明日はルイン君が調べた中華料理屋を深く調査してみようではないか。」
お茶の入ったコップを手に取りながら返事をする。そして、中の液体を身体の中へと注ぎ込んだ。
そして、次の日――。
いや、次の日が来ることはなかった。
そこは次の日を何回も何回も繰り返して辿り着いた死後の世界。彼は図書館へと戻されていた。
ほぼ顔の隣に扇風機はそびえ立っていた。
「こちら側にもエアコンをつけましょう。そっちの方が絶対に安上がりだと思いますよ。」
その言葉をおしりで聞くモタロー。彼は上半身を前に倒しており、カーテンの向こう側へと隠れていた。そして「あ~。涼しぃ~」と爽やかな声を上げていた。
この事務所は主に二つのスペースに分かれている。一つは入り口からすぐの客席スペース。クラシックな空間を壊さないように白かったエアコンもそれっぽく色塗られている。カーテンを挟んだ側にあるのが事務スペース。仕事をするためのスペースである。そこには残念ながらエアコンというものは設置されていない。
カーテンの向こう側からやってくる冷気と強風の扇風機からくる風が暑さを凌がせていく。
パソコンの中の報告書が完成を示す。「何とか終わった。」
背筋を伸ばし椅子にもたれかかって後ろに倒れた。太陽が雲に隠れている日だと言うのにとても暑い。いや、雲隠れの夏だからこその蒸し暑さが余計暑さを感じさせるのだ。
ドアが開く音だ。
パッと背筋を正し、驚いた顔で半回転するモタロー。彼は「仕事だよ」と冷静になり切れていない声で呟いた。さらに半回転してカーテンの向こう側へと進む。
がんがんに聞いた空調が身体の熱を奪っていく。涼しすぎてずっとここにいたいと思わせる程に。
来客の人がソファに腰を下ろす。身体は硬直してるようにも見える。背筋も伸びており規則正しいような姿勢だ。
横に置かれた黒のスクール鞄は色褪せていた。
冷たいお茶を机に置いた。
その人は統制された黒髪と統一感を感じさせる制服に包まれた男の子だった。真面目に見える爽やかな男の子だった。
彼は隣の区の学校に通う高校生。
ここを知ったきっかけはインターネットのようだ。どうしても探偵事務所に赴く用事があったと言う。
優しく「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」と言われたのをきっかけに、彼は固まった息を抜いた。姿勢も自然体に変わる。
「わざわざこんな所までありがとね。お茶も好きな時に飲んでね。是非、ゆっくりと要件を聞かせて貰えないかな。」相変わらずの口ぶりだ。
彼はゆっくりと口を開く。
「俺の母ちゃん。怪しい宗教にハマっていて。辞めさせたいんです。」
「宗教ねぇ。我々は探偵であって相談員じゃないんだよ。辞めさせることは本人の意志だから、そんなに力にはなれないかも知れないよ。」
「……なら、その宗教を潰すことはできますか。ほら、悪徳な金稼ぎみたいなことをやってるし。」
「悪徳商法……宗教沙汰だと霊感商法や開運商法とかかな。それを調べて公にすることはできるかも知れないけどねぇ。」
ドン、と鞄から出される袋。
札束が広げられた。
「金ならこんだけあるので、何とか出来ませんか。」
机の上には数え切れない程のお金が広がっていた。
「どうしたんだい。そのお金は。」
「これ全部、宗教団体が売りつける物にかかるお金です。教本、八十万円。鏡、三十万円。その他も含めて全部で百万以上はあります。」
「これ、くすねてきたんだよね。」
バツが悪そうに頷いた。
すぐに真剣な顔へと変わる。
「こんなものにお金をかけていくなんて馬鹿げている。もう終わりにしたいんです。お願いできますか。」体が前のめりになっていた。
その反応に対して、額に指を当てて「しかし、こんだけ金が無くなったらすぐに気付くはず。君たち親子の関係悪化のきっかけになりたくはないからねぇ。」と言うが、すぐに「だからと言って、こっちも仕事。慈善事業じゃないから、金がないと仕事は出来ないんだよねぇ。」と困り果てる。
パチンッ。指を鳴らす。
「それじゃあ、着手金に五十万を貰おうかな。難易度は相当高い。相場的には妥当だろう。これで打診しようと思う。」
「残ったお金は報酬金で貰って下さい。一度持ち帰ったら、次は……く、くすねてこれない気がするので。」斜め下を向き、噛みながら話す。
「気にしないでくれたまえ。報酬金は……君の出世払いで頼むよ。」
机に置かれた束に揃えて、きっちり五十枚を数えてこちら側へ、それ以外を彼側へと置いた。
「本当は無料でと言いたい所だけど、俺もこの探偵事務所の主。社長として守らなきゃいけない社員がいるんだ。これでいいかな、ルイン君。」
その問いに対して頷き返す。
二人の対応に手の拳を和らげている。
「君の名前を聞くのが遅れたね。名前は何て言うんだい?」
「羊宮陽です。」すっ、と凛々しい声で居間に響く。
「陽君。これがこの探偵事務所の名刺だ。」
名刺が渡される。そして、連絡先を教えて貰った。この連絡先は探偵仕事として扱われる。
「さあ、本題と行こうか。その宗教について知ってることを教えてくれないかい。」
「その宗教は『龍の宮』と言います。けど、詳しいことはあまり分からないというか。あっ、怪しい人達が家に来て物を売ってきたり、後、休日に怪しい場所に行ったりしてます。」
彼の提示した情報を頼りに、怪しい宗教団体『龍の宮』を手探りで探すこととなった。
彼は大金を鞄の中にひっそりと隠した。
彼がこの場所から離れる。それをモタローがこっそりと追った。尾行のような行動ではあるが、これは同意があり、大金を持つ彼を守るエフピーとして行動している。
エアコンでひんやりと冷えた部屋に置かれた少しだけ飲まれたお茶。
それを洗い場へと持っていく。
カーテンを超えると蒸し暑い空間がそこに現れた。
*
一般人に紛れて歩いていく。疎らな人達の一員となる。対象者に見つからないように時々姿をくらましていく。
今度は車に待機していたルインの出番。少し走らせて通り過ぎる。録画された映像がアイパッドにダウンロードされていく。
その女性はライトゴールドの長髪。先端に向けてパーマがかかっている。落ち着いた服装が年相応で似合っている。
彼女がふとこちら側に顔を向ける。
ニヤッと笑った。
踵を返す。来た道を戻っていった。
バレないように上手に距離を置く。今度は高い場所へと陣取りをし、望遠カメラで対象者を確認した。来た道を戻っていく。
急いで近くの公園へと向かう。探偵二人は公園で落ち合った。
「尾行に気付かれたのかな。それとも何か忘れ物でもしたのかな。」
尾行を巻くために戻ったのか、それとも忘れ物を取りに戻るために戻ったのか、どちらなのか。答えはすぐに分かった。
対象者が家へと帰った頃だろう。
一通の連絡。
電話に出ると男子高校生の声だった。
スピーカーによって車の中で音が反射していく。
「陽君。どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも、母ちゃんに尾行がバレてるんですよ。」
プライドに大きな鉄槌が下される。二人は頭を悩ませた。
「申し訳ないね。俺らの落ち度だよ。」
「そもそも、帰ってきてから母ちゃんがおかしいんだ。いつもと違うというか。」
不穏さが車内を不穏な空気に変える。
通話が終わった後も流れが悪い。
数分後、また連絡がきた。
「母ちゃん、助手のルインさんのこと知ってたんだけど、何か関係あるのか?」
「ごめんなさい。何も身に覚えがないんですよね。」
その会話が車内にさらに不穏な空気として流れ込む。
「ルイン君、本当に何も関係はないのかい?」
「えぇ。ここ二日で調べた情報でも知人という情報は一切なかった。いや、一つ心当たりが……」
彼の頭の中には色々な人の姿が浮かんだ。その人影は警察官になったりキャバ嬢になったりする。
「あまりにも非現実的な話ですが、一人だけ思い浮かぶ人がいるんです。その人は"プレイヤーX"という、誰かに成りすまして存在する人物です。」
「そう言えば、そんなのがあったね。確か春先で起きた事件だったね。じゃあ、もしかして今の君は何度もやり直しているのかな?」
「その通りです。ただ、実はまだやり直しの中の一回目ですが。」
「となれば、陽君の母ちゃんを頼りにする線は厳しいかも知れないね。そのプレイヤーXは解決の邪魔をしてくるんだろう。」
「そうですね。一度作戦を建て直す必要がありそうですね。」
一方通行の道を制限速度の三十キロで走っていく。大通りに出ると否や速度を上げていった。空いた窓から涼しくもない風が入ってきていた。
*
あっさりとした汁に絡む麺をすくい上げた。スプーンの先にはフォークの先端がくっついている。
麺を啜った後、窪んだ部分で薄茶色に澄んだ汁をすくった。置かれたチャーシューが飽きかけてた舌に新鮮な感覚を送り込む。
カラフルな内装の中で美味しそうにラーメンをいただく二人がいた。
「ひとまずこの近くで勧誘活動が活発に行われていると聞いてますので、ここを積極的に攻めていきましょう。」「そうだね。まあ、ひとまず麺が伸びない内に、ラーメンを堪能しようじゃないか。」
器から麺がなくなった。
彼らが外へと出ると、何やら騒がしい雰囲気が風に流されていた。人々は二つに分離する。一つはその雰囲気の方へと気になり進む者達。一つは変わらない行動を取る者達。彼らは後者であった。
坂を登っていく。
人通りの多い中でも、前者の人溜まりに入り込めばすんなりと進める。星ヶ丘テラスを抜け出し、少しばかし歩くと騒がしい正体が現れる。
神丘の地にて一つの建物が燃焼していた。建物が赤く黒く燃え盛る。真夏の篝火が空気を揺らしていく。
スマホを抱えてその様子を画面に記録させている集団がいた。いや、集団ではないが、それぞれが同じ行動を取ってしまっているため同じ集団に見えてしまう。
最前列にいた男が列を掻き分けて抜け出した。
すかさず探偵は声をかける。
「すみません。ここで何が起きたか教えていただけませんかい。」
「火事だよ。急に燃え出したんだよ。まーじでびっくりだよ。まあ、それぐらいじゃね。」彼はそのまま去っていった。
消防車のサイレン音が空気中を反射する。
隊服の人達が急いでホースを取り出し、建物の炎を消し去ろうと消化液を炎に向けて発射した。簡単に炎は消えない。それでも時間が経つにつれて炎は打ち負け消化された。
そこには朽ち果てた建物が残されていた。
わらわらと去っていく集団。二人もその集団の一員となっていた。一部始終が気になって近づいてきたもの好きな人達の集合体という集団に。
「もう少し何があったかサーチしてみよう」と帰り道にスマホを操作しながら歩く。彼は面白いことに気付いたようで、
「ルイン君。とても面白い事件だったみたいだよ。」と笑みを浮かべていた。
「何が面白いのですか。」
「他にも二軒、火事が起きたみたいだね。それもそこそこ近辺でね。奇遇かな。同時に三軒、燃え盛るなんてね。それも原因不明の延焼なんてね。」
スマホを見ると、ローカルな話題故にツイート数は圧倒的に少ないが、明らかに全く別の所で火事が起きたことを示していた。というのもそれぞれのツイートには場所が記載されていたり、建物の写真が載っていたりするが、それぞれが違う場所だったからだ。
下り道の中で足を止める。
何かを思い出した顔をしていた。
「すみません。その火事なんですが、もしかしたら宗教と関わりがあるかも知れません。」脳裏に現れていたのは死後の図書館にいる女性が語った事だった。
「なるほど。それはそれは、楽しそうな展開になってきたではないか。」
その瞬間からモタローは鮮やかに、飛び跳ねながら、回転しだした。踊っているように見える。それを見た人々が奇人を見る目で彼に視線を向ける。助手は一歩引いて、その視線に集まらない距離感を保ちながら進んでいった。
*
モタロー探偵事務所は相変わらずの熱気があった。クーラーの通り道が細いせいでこの部屋は熱さ増量だ。
二人は火事のあった次の日に各々で捜査した内容を照らし合わす。
まずは「僕が調べたのは一社駅から数分歩いた所にある中華料理屋『ブッター』です」と目撃した火事場から近い場所で同時に燃え出した建物についてを報告した。
「調べていくと、そこは宗教団体『龍の宮』の勧誘運動してる者がよく見かけられたみたいです。推測ですけど、この火事にはやはり『龍の宮』が関係しているのではないでしょうか。」
ふむふむとデスクに肘をついて頷いていた。
「俺の方は株式会社リュウダの本店営業所と隣接するドラッグストアだ。本山駅から東へ進んだ所だよ。そのリュウダとやらは焼失前はそこそこ大きな建築会社みたいで、会社の焼失と社長夫妻やお雇い画家の訃報が新聞にも載っているね。ただ、建築会社もドラッグストアもどちらとも『龍の宮』に関わっていそうな情報は手に入らなかった。」
「そこそこ大きい会社なら裏で繋がっている可能性とかあるかも知れないですよね。」
「その線はあるかも知れないねぇ。が、そこのトップがこの件で亡くなった。調べるのには骨が折れそうだよ。」
「僕の方も店主が火事で死去したようです。」
「何にせよ。まだまだ掴める情報はありそうだねぇ。明日は手分けせずに二人でみっちりと情報を集めようか。」
冷たい緑茶を注ぎながら「そうですね」と呟く。
「では、明日はルイン君が調べた中華料理屋を深く調査してみようではないか。」
お茶の入ったコップを手に取りながら返事をする。そして、中の液体を身体の中へと注ぎ込んだ。
そして、次の日――。
いや、次の日が来ることはなかった。
そこは次の日を何回も何回も繰り返して辿り着いた死後の世界。彼は図書館へと戻されていた。
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