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プロローグ
白い女
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その女は明らかに足元が覚束ない様子だった。
土曜日の昼下がり、繁華街は多くの人で賑わっている。大通りを渡るため、横断歩道で青信号を拓真と待っている律綺は、ふと空を眺めた。地球温暖化の影響により、開花が年々早まっている桜の花びらがひらひらと舞っていた。大通りなだけあり、二人の周りには数十人が信号待ちをしていた。その辺りの信号よりも、待ち時間が長い。
「ねぇ、おちびちゃんの名前、どうする?」
二人は夫婦になってからもうすぐ二年を迎えようとしている。律綺のお腹には新しい命が宿っていた。安定期を迎え、二十週の検診を拓真の付添いで受けた帰りだった。胎児は順調に育っており、性別が女の子だと判明したことを受け、律綺は舞い上がっていた。
拓真も、将来娘とデートする日を想像し、少しにやにやしている。
「んー海外でも覚えてもらいやすい名前が良いかな。えまとかさらとかそんな感じの。」
と、言った瞬間、彼の会社携帯がブーと鳴った。休日にも関わらずメールや電話はお構いなく来る。いつもこんな感じだ。そんな拓真を見るのはもう慣れた。
拓真はこの時のことを数時間後、激しく後悔した。この信号待ちが夫婦で一緒に過ごす最後の時になることを、彼らは知る由もなかった。
そんな中、律綺だけは大通りの反対側にいる一人の女に目をやった。その女は上下真っ白の綺麗目なパンツスーツを履いていた。東京とか大阪みたいな都会で多くの部下を抱えているバリキャリだな、でも独身かシングルマザーかな、と律綺は心の中で思った。
独身やシングルマザーに偏見がある訳ではない。彼女の左手薬指には光るものが見て取れなかった為、そう考えたのであった。その女は車が行き交う大通りを、左腕を横に挙げながら車を静止させ、強引に横断しようとしていた。次第に車のクラクションがあちらこちらから鳴り、信号待ちをしている人々もその女の存在に気が付き始めた。
「おい、お前何考えているんだ、危ないだろうが。」
と、ドライバーから怒鳴られようが、その女はお構いなしに横断を続けていた。概ね二十メートル程の距離だが、ジグザグ渡り、その女は確実にこちらに近づいてきていた。律綺は怖いと思った。
それが女性の勘なのか、母親の勘なのかは分からない。
拓真はクラクションに一瞬反応したものの、メール対応を続けていた。そうこうしているうちに、その女はこちら側に渡り切っていたのだ。足元は誰が見てもふらついている。どこかに外傷がある様子はない。白いパンツスーツが綺麗なままだからである。その女の様子がおかしいことに気付いた数人が、さっと道を空けた。律綺の数メートル先にはっきりとその姿を確認した。
先程見えなかった右手には、ナイフが握られていた。
土曜日の昼下がり、繁華街は多くの人で賑わっている。大通りを渡るため、横断歩道で青信号を拓真と待っている律綺は、ふと空を眺めた。地球温暖化の影響により、開花が年々早まっている桜の花びらがひらひらと舞っていた。大通りなだけあり、二人の周りには数十人が信号待ちをしていた。その辺りの信号よりも、待ち時間が長い。
「ねぇ、おちびちゃんの名前、どうする?」
二人は夫婦になってからもうすぐ二年を迎えようとしている。律綺のお腹には新しい命が宿っていた。安定期を迎え、二十週の検診を拓真の付添いで受けた帰りだった。胎児は順調に育っており、性別が女の子だと判明したことを受け、律綺は舞い上がっていた。
拓真も、将来娘とデートする日を想像し、少しにやにやしている。
「んー海外でも覚えてもらいやすい名前が良いかな。えまとかさらとかそんな感じの。」
と、言った瞬間、彼の会社携帯がブーと鳴った。休日にも関わらずメールや電話はお構いなく来る。いつもこんな感じだ。そんな拓真を見るのはもう慣れた。
拓真はこの時のことを数時間後、激しく後悔した。この信号待ちが夫婦で一緒に過ごす最後の時になることを、彼らは知る由もなかった。
そんな中、律綺だけは大通りの反対側にいる一人の女に目をやった。その女は上下真っ白の綺麗目なパンツスーツを履いていた。東京とか大阪みたいな都会で多くの部下を抱えているバリキャリだな、でも独身かシングルマザーかな、と律綺は心の中で思った。
独身やシングルマザーに偏見がある訳ではない。彼女の左手薬指には光るものが見て取れなかった為、そう考えたのであった。その女は車が行き交う大通りを、左腕を横に挙げながら車を静止させ、強引に横断しようとしていた。次第に車のクラクションがあちらこちらから鳴り、信号待ちをしている人々もその女の存在に気が付き始めた。
「おい、お前何考えているんだ、危ないだろうが。」
と、ドライバーから怒鳴られようが、その女はお構いなしに横断を続けていた。概ね二十メートル程の距離だが、ジグザグ渡り、その女は確実にこちらに近づいてきていた。律綺は怖いと思った。
それが女性の勘なのか、母親の勘なのかは分からない。
拓真はクラクションに一瞬反応したものの、メール対応を続けていた。そうこうしているうちに、その女はこちら側に渡り切っていたのだ。足元は誰が見てもふらついている。どこかに外傷がある様子はない。白いパンツスーツが綺麗なままだからである。その女の様子がおかしいことに気付いた数人が、さっと道を空けた。律綺の数メートル先にはっきりとその姿を確認した。
先程見えなかった右手には、ナイフが握られていた。
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