12 / 30
第二章
銀細工の夜その二
しおりを挟む
アルバは酷くやつれた顔をしていた。その青白い相貌には、生気が感じられなかった。
「顔色が悪いな。あんまり無茶はしないほうがいいぞ。俺のは急ぎじゃないからいつでも構わないさ」
「そう言ってもらえると助かる……」
小声でアルバが頭を下げる。
アーヴィンは、道具袋から取り出したクサスギカズラの粉末の入った包をいくつかアルバの目の前に置いた。
「どうやら疲れている様子だな。これを飲むといい。疲労に効く薬草だ」
クサスギカズラの根には、アスパラギンやベータ・シトステロール、スミラゲニンといった成分が含まれている。
そして、これらの成分には滋養強壮、強精、疲労回復といった効果がある。
「ありがとう……礼を言うよ……」
アーヴィンから受け取った包の一つを開けて、アルバが粉末を水で流し込んだ。
「それじゃあ、俺はそろそろお暇するよ」
そう言うと、アーヴィンは工房から立ち去った。
その場に一人残ったアルバが、床に視線を落とす。
その両眼には、どこか思いつめたような色合いが篭っていた。
「ちくしょう……ちくしょう……リーザ……っっ」
アルバが思いつめたように女房の名前を呟き続ける。
工房の外では、小ぶりの雨が降り出し始めていた。
三
あの晩、アルバはリーザが見知らぬ男と連れ立ち、裏通りにある宿屋へと入っていくところを偶然目撃してしまった。
胸騒ぎを覚えて家路に着いたら、こんな場面を見てしまうとは。
だが、自分が思っていたよりもアルバは冷静だった。何となく予感はしていたのだ。
ただ、だからと言って、全くショックがないわけでもなかった。
これが夢なら覚めて欲しい……アルバは神に願った。強く、強く、願った。
残念ながらアルバは覚めなかった。なぜならば、これが現実だからだ。
それからアルバは酒場で、浴びるようにエールを呷り、グデングデンになるまで酔っ払ってから帰宅した。
普段は酔うまで酒を口にすることがないアルバに、リーザは怪訝そうな視線を向けた。
だが、そんなアルバの事などすぐに忘れたかのように自室の中へと消えていった。
アルバは悶々と思い悩みながら、自問した。
女房に問いただすべきか、どうかを。
だが、問いただしたところで一体何になるというのだろうか。
リーザが開き直って、浮気を認めたらどうするのか。
あるいはリーザが否定した所で自分の猜疑心が消えることもないだろう。
結局の所、八方塞がりでしかない。
何も考えたくなくなったアルバは、寝室のベッドに倒れた。
そして、そのまま、深い眠りに落ちていった。
昼過ぎになってようやく目を覚ます。
リーザの姿は見当たらない。
アルバは豆のスープの残りと固くなったパンを食べて、飯を済ませた。
慣れた食事だった。リーザは料理が得意ではない。
だからアルバの食事は、いつも豆のスープとパンばかりだった。
それでもアルバは一度だってリーザに文句を言ったことはない。
いくら悪妻とは言っても、それでもアルバは自分の女房を愛していたからだ。
だからこそ苦しいし、悲しい。
いくら浮気に走ったといっても女房と別れたくはない。
それはある種の依存心とも言えた。
そうだ、アルバはどこかでリーザに依存している。
だから何も言えずにいる。
あんな酷い女だというのに別れずにいるのはそのせいだ。
罵声を浴びせられ、物をぶつけられ、嘲笑われてもアルバは決して離縁しようとはしなかった。
そんな自分に嫌気が差したアルバは決心した。やはりリーザに尋ねようと。
食事を終えたアルバは工房にはいかず、そのまま家の中でじっとしていた。
女房が帰ってくるまでの間、椅子に座って動かなかった。
そしてリーザが戻ってくると「宿屋に入っていったあの男は誰なんだ」と問いかけた。
そんなアルバにリーザは鼻で笑って見せた。
「誰だっていいでしょ、あんたには関係ないわ」
「関係ない訳無いだろっ、俺はお前の亭主なんだぞっ」
アルバはリーザに怒鳴った。女房に怒鳴ったのは、結婚して初めてだった。
「亭主ヅラしないでよ、安っぽい指輪やスカーフなんかで誤魔化してる癖に。
どうせだったら、一度でもいいから、大粒のダイヤのネックレスでも買ってから言って欲しいわっ」
リーザがヒステリックに怒鳴り返す。
「一体俺の何がいけないっていうんだっ、お前に生活で苦労させたことなんてないぞっ」
「そんなの当たり前でしょっ、いい、私は贅沢がしたいのよっ、シルクのドレスに宝石を着飾ってみたいのよっ、
それなのにあんたは全然じゃないのよっ、このロクデナシの甲斐性なしっ」
そしてわめき散らしながら、リーザが皿をアルバにぶつけた。
皿はアルバの額に当たると床に落ちて砕けた。
アルバの割れた額の傷から血が流れ落ちる。
リーザはそのまま、自分の部屋に飛び込むと鍵をかけた。
アルバは割れた皿の破片を拾い上げていった。酷く情けない気分だった。
「顔色が悪いな。あんまり無茶はしないほうがいいぞ。俺のは急ぎじゃないからいつでも構わないさ」
「そう言ってもらえると助かる……」
小声でアルバが頭を下げる。
アーヴィンは、道具袋から取り出したクサスギカズラの粉末の入った包をいくつかアルバの目の前に置いた。
「どうやら疲れている様子だな。これを飲むといい。疲労に効く薬草だ」
クサスギカズラの根には、アスパラギンやベータ・シトステロール、スミラゲニンといった成分が含まれている。
そして、これらの成分には滋養強壮、強精、疲労回復といった効果がある。
「ありがとう……礼を言うよ……」
アーヴィンから受け取った包の一つを開けて、アルバが粉末を水で流し込んだ。
「それじゃあ、俺はそろそろお暇するよ」
そう言うと、アーヴィンは工房から立ち去った。
その場に一人残ったアルバが、床に視線を落とす。
その両眼には、どこか思いつめたような色合いが篭っていた。
「ちくしょう……ちくしょう……リーザ……っっ」
アルバが思いつめたように女房の名前を呟き続ける。
工房の外では、小ぶりの雨が降り出し始めていた。
三
あの晩、アルバはリーザが見知らぬ男と連れ立ち、裏通りにある宿屋へと入っていくところを偶然目撃してしまった。
胸騒ぎを覚えて家路に着いたら、こんな場面を見てしまうとは。
だが、自分が思っていたよりもアルバは冷静だった。何となく予感はしていたのだ。
ただ、だからと言って、全くショックがないわけでもなかった。
これが夢なら覚めて欲しい……アルバは神に願った。強く、強く、願った。
残念ながらアルバは覚めなかった。なぜならば、これが現実だからだ。
それからアルバは酒場で、浴びるようにエールを呷り、グデングデンになるまで酔っ払ってから帰宅した。
普段は酔うまで酒を口にすることがないアルバに、リーザは怪訝そうな視線を向けた。
だが、そんなアルバの事などすぐに忘れたかのように自室の中へと消えていった。
アルバは悶々と思い悩みながら、自問した。
女房に問いただすべきか、どうかを。
だが、問いただしたところで一体何になるというのだろうか。
リーザが開き直って、浮気を認めたらどうするのか。
あるいはリーザが否定した所で自分の猜疑心が消えることもないだろう。
結局の所、八方塞がりでしかない。
何も考えたくなくなったアルバは、寝室のベッドに倒れた。
そして、そのまま、深い眠りに落ちていった。
昼過ぎになってようやく目を覚ます。
リーザの姿は見当たらない。
アルバは豆のスープの残りと固くなったパンを食べて、飯を済ませた。
慣れた食事だった。リーザは料理が得意ではない。
だからアルバの食事は、いつも豆のスープとパンばかりだった。
それでもアルバは一度だってリーザに文句を言ったことはない。
いくら悪妻とは言っても、それでもアルバは自分の女房を愛していたからだ。
だからこそ苦しいし、悲しい。
いくら浮気に走ったといっても女房と別れたくはない。
それはある種の依存心とも言えた。
そうだ、アルバはどこかでリーザに依存している。
だから何も言えずにいる。
あんな酷い女だというのに別れずにいるのはそのせいだ。
罵声を浴びせられ、物をぶつけられ、嘲笑われてもアルバは決して離縁しようとはしなかった。
そんな自分に嫌気が差したアルバは決心した。やはりリーザに尋ねようと。
食事を終えたアルバは工房にはいかず、そのまま家の中でじっとしていた。
女房が帰ってくるまでの間、椅子に座って動かなかった。
そしてリーザが戻ってくると「宿屋に入っていったあの男は誰なんだ」と問いかけた。
そんなアルバにリーザは鼻で笑って見せた。
「誰だっていいでしょ、あんたには関係ないわ」
「関係ない訳無いだろっ、俺はお前の亭主なんだぞっ」
アルバはリーザに怒鳴った。女房に怒鳴ったのは、結婚して初めてだった。
「亭主ヅラしないでよ、安っぽい指輪やスカーフなんかで誤魔化してる癖に。
どうせだったら、一度でもいいから、大粒のダイヤのネックレスでも買ってから言って欲しいわっ」
リーザがヒステリックに怒鳴り返す。
「一体俺の何がいけないっていうんだっ、お前に生活で苦労させたことなんてないぞっ」
「そんなの当たり前でしょっ、いい、私は贅沢がしたいのよっ、シルクのドレスに宝石を着飾ってみたいのよっ、
それなのにあんたは全然じゃないのよっ、このロクデナシの甲斐性なしっ」
そしてわめき散らしながら、リーザが皿をアルバにぶつけた。
皿はアルバの額に当たると床に落ちて砕けた。
アルバの割れた額の傷から血が流れ落ちる。
リーザはそのまま、自分の部屋に飛び込むと鍵をかけた。
アルバは割れた皿の破片を拾い上げていった。酷く情けない気分だった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない
橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。
そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。
1~2万文字の短編予定→中編に変更します。
いつもながらの溺愛執着ものです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
お前が産め!
星森
ファンタジー
結婚して3ヶ月、夫ジュダルから突然の離婚宣言。
しかし妻アルネは、あっさり「はい、いいですよ」と返答。
だがその裏には、冷徹な計画があった──。
姑ロザリアの暴走、夫ジュダルの迷走、義父バルドランの混乱。
魔方陣が光り、契約精霊が応え、屋敷はいつしか常識の彼方へ。
そして誕生するオシリーナとオシリーネ。
「子供が欲しい? なら、産めばいいじゃない」
冷静沈着な契約者アルネが、家族の常識を魔法でぶち壊す!
愛も情もどこ吹く風、すべては計画通り(?)の異色魔法家族劇、ここに完結。
⚠️本作は下品です。性的描写があります。
AIの生成した文章を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる