13 / 30
第二章
銀細工の夜その三
しおりを挟む
四
放射状に五本の筋が入った、鮮やかな薄赤色の木の実をアルバは手にとった。
それはドクウツギの果実だ。
アルバが子供だった時分、近所に住んでいた遊び仲間のひとりが、誤ってこのドクウツギの木の実を口にしてしまい、
命を落とした。
とても仲の良い友達で、アルバは今でもたまに墓参りをしていた。
ドクウツギの実は、見た目は美しく味もほんのりと甘い。
だが、このドクウツギに含まれている成分のコリアミルチン、ツチンは猛毒だ。
アルバは採取してきた木の実をすり潰すと、布で包んで度数の強い蒸留酒に浸した。
透明だった蒸留酒が、赤く色付いた液体へと変化していく様は、アルバにはとても美しく感じられた。
それから数日ほど置いた酒をガラスの小瓶の中に移し替えた。
毒酒の入った小瓶を眺めていると、アルバは自分の心が安らぐのを感じた。
この毒酒は今のアルバにとって、ある種のお守りのようなものだった。
アルバが小瓶をポケットの中にいれて、家路に着く。
その表情はどことなく、晴れやかだった。
それから一週間後、自らその毒酒を飲んだリーザは、哀れにもその命を落としてしまった。
女房の死にアルバは泣き崩れた。
三日三晩泣き通し、それでも四日目の朝を迎える頃になると、悲しかった気持ちも静まってきた。
五
アルバは今日も仕事場で銀を溶かし、叩き、細工を施す。今日も徹夜だった。
溜まっていた仕事をこなさなければならないからだ。
それに仕事に集中していれば、一時の間でも死んだ女房のことも忘れられる。
アルバは金床に置いた板銀にタガネを当てて、金槌を振るって彫金を施していった。
丁寧に慎重に彫っていく。少しでも手元が狂えば、全てが台無しになってしまう。
アルバは常にそう心掛けながら仕事をした。
額から滲んだ汗の雫が床に落ちていく。
すでに深夜だった。一通り終えてから、アルバは一休みしようと作業の手を止めた。
すると、仕事場のドアを誰かがトントンとノックした。
こんな夜更けに誰が訪ねてきたのだろうかと、アルバは訝しんだ。
「こんな夜中に一体誰だ?」
だが、返事はない。
それでも扉の向こう側にいる誰かは、ノックの手を止めなかった。
アルバは無言で扉を見つめた。扉から視線をはずせなかった。
その内にトントントンという音が、徐々にドンドンドンと強まっていった。
「口が聞けないのかっ、本当に誰なんだよっ」
思わずアルバは怒鳴った。それでもやはり相手は無言でドアを叩き続けるだけだ。
アルバは不気味で不気味で仕方が無かった。
だが、そこでハッとなった。
もしかしたら、相手は口が聞けないのではないかと。
口か喉を怪我して話すことができず、それでも自分に必死で助けを求めているのではないのか。
そう考えたアルバはドアの把手を掴み、思わず開けようとした。
だが、その瞬間、開けちゃダメだという誰かの声が耳に飛び込んできた。
子供の声のような気がした。
アルバが把手を掴んだ手を緩める。
すると、不意にドアを叩く音が止んだ。諦めたのか、アルバはそう思った。
だが、次の瞬間、ガリガリと扉を引っかく音が響いてきた。
アルバは思わず、扉から飛び退いた。
恐ろしさに毛穴から冷や汗が噴き出す。
鋭い鉤爪で扉の表面を激しく引っ掻くような耳障りな音がアルバの鼓膜を震わせた。
「アケロ……ヨクモ……」
扉の向こうから呟くような、低くくぐもった声が漏れ聞こえた。
しわがれた喉奥から絞り出されたような、そんな声だ。
(これは生きている人間じゃないぞっ……っ)
そう感じたアルバは、突然激しい動悸に襲われ、身体を震わせた。
「オマエモシネ……アルバ……オマエモシネ」
「もしかしてリーザ、リーザなのかっ?!」
だが、相手はひたすら同じ言葉を繰り返しながら、ドアを引っ掻くだけだった。
それから陽が昇り始めると、いつしか外に感じた不気味な気配も消えていた。
アルバは仕事場を出るとお日様を拝んだ。
そして外側の扉を見ると、そこには無数の引っかき傷がついていた。
(リーザは成仏できずにこの世を彷徨っているのか……)
引っかき傷に指を這わせると、アルバはリーザに黙祷を捧げた。
放射状に五本の筋が入った、鮮やかな薄赤色の木の実をアルバは手にとった。
それはドクウツギの果実だ。
アルバが子供だった時分、近所に住んでいた遊び仲間のひとりが、誤ってこのドクウツギの木の実を口にしてしまい、
命を落とした。
とても仲の良い友達で、アルバは今でもたまに墓参りをしていた。
ドクウツギの実は、見た目は美しく味もほんのりと甘い。
だが、このドクウツギに含まれている成分のコリアミルチン、ツチンは猛毒だ。
アルバは採取してきた木の実をすり潰すと、布で包んで度数の強い蒸留酒に浸した。
透明だった蒸留酒が、赤く色付いた液体へと変化していく様は、アルバにはとても美しく感じられた。
それから数日ほど置いた酒をガラスの小瓶の中に移し替えた。
毒酒の入った小瓶を眺めていると、アルバは自分の心が安らぐのを感じた。
この毒酒は今のアルバにとって、ある種のお守りのようなものだった。
アルバが小瓶をポケットの中にいれて、家路に着く。
その表情はどことなく、晴れやかだった。
それから一週間後、自らその毒酒を飲んだリーザは、哀れにもその命を落としてしまった。
女房の死にアルバは泣き崩れた。
三日三晩泣き通し、それでも四日目の朝を迎える頃になると、悲しかった気持ちも静まってきた。
五
アルバは今日も仕事場で銀を溶かし、叩き、細工を施す。今日も徹夜だった。
溜まっていた仕事をこなさなければならないからだ。
それに仕事に集中していれば、一時の間でも死んだ女房のことも忘れられる。
アルバは金床に置いた板銀にタガネを当てて、金槌を振るって彫金を施していった。
丁寧に慎重に彫っていく。少しでも手元が狂えば、全てが台無しになってしまう。
アルバは常にそう心掛けながら仕事をした。
額から滲んだ汗の雫が床に落ちていく。
すでに深夜だった。一通り終えてから、アルバは一休みしようと作業の手を止めた。
すると、仕事場のドアを誰かがトントンとノックした。
こんな夜更けに誰が訪ねてきたのだろうかと、アルバは訝しんだ。
「こんな夜中に一体誰だ?」
だが、返事はない。
それでも扉の向こう側にいる誰かは、ノックの手を止めなかった。
アルバは無言で扉を見つめた。扉から視線をはずせなかった。
その内にトントントンという音が、徐々にドンドンドンと強まっていった。
「口が聞けないのかっ、本当に誰なんだよっ」
思わずアルバは怒鳴った。それでもやはり相手は無言でドアを叩き続けるだけだ。
アルバは不気味で不気味で仕方が無かった。
だが、そこでハッとなった。
もしかしたら、相手は口が聞けないのではないかと。
口か喉を怪我して話すことができず、それでも自分に必死で助けを求めているのではないのか。
そう考えたアルバはドアの把手を掴み、思わず開けようとした。
だが、その瞬間、開けちゃダメだという誰かの声が耳に飛び込んできた。
子供の声のような気がした。
アルバが把手を掴んだ手を緩める。
すると、不意にドアを叩く音が止んだ。諦めたのか、アルバはそう思った。
だが、次の瞬間、ガリガリと扉を引っかく音が響いてきた。
アルバは思わず、扉から飛び退いた。
恐ろしさに毛穴から冷や汗が噴き出す。
鋭い鉤爪で扉の表面を激しく引っ掻くような耳障りな音がアルバの鼓膜を震わせた。
「アケロ……ヨクモ……」
扉の向こうから呟くような、低くくぐもった声が漏れ聞こえた。
しわがれた喉奥から絞り出されたような、そんな声だ。
(これは生きている人間じゃないぞっ……っ)
そう感じたアルバは、突然激しい動悸に襲われ、身体を震わせた。
「オマエモシネ……アルバ……オマエモシネ」
「もしかしてリーザ、リーザなのかっ?!」
だが、相手はひたすら同じ言葉を繰り返しながら、ドアを引っ掻くだけだった。
それから陽が昇り始めると、いつしか外に感じた不気味な気配も消えていた。
アルバは仕事場を出るとお日様を拝んだ。
そして外側の扉を見ると、そこには無数の引っかき傷がついていた。
(リーザは成仏できずにこの世を彷徨っているのか……)
引っかき傷に指を這わせると、アルバはリーザに黙祷を捧げた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない
橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。
そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。
1~2万文字の短編予定→中編に変更します。
いつもながらの溺愛執着ものです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
お前が産め!
星森
ファンタジー
結婚して3ヶ月、夫ジュダルから突然の離婚宣言。
しかし妻アルネは、あっさり「はい、いいですよ」と返答。
だがその裏には、冷徹な計画があった──。
姑ロザリアの暴走、夫ジュダルの迷走、義父バルドランの混乱。
魔方陣が光り、契約精霊が応え、屋敷はいつしか常識の彼方へ。
そして誕生するオシリーナとオシリーネ。
「子供が欲しい? なら、産めばいいじゃない」
冷静沈着な契約者アルネが、家族の常識を魔法でぶち壊す!
愛も情もどこ吹く風、すべては計画通り(?)の異色魔法家族劇、ここに完結。
⚠️本作は下品です。性的描写があります。
AIの生成した文章を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる