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5. 王立学園の寮に入寮します
この日、新学期が始まったばかりのロザリア王国王立学園には一人の編入生がやってきた。
シェリル・バルモント。
この国の至宝とも言われるバルモント公爵の御令嬢でいて、王太子の現婚約者である。
『ねえ、あれじゃない?』
『あの子······?確かに、あれは傾国級だわ······』
『でも彼女性格が荒いって噂よ?何人も虐められたのですって······怖いわ』
『うっひょー、絶世の美女だな!!あんな女性と結婚してー!』
『ッお、お前、一応彼女はアロライン王太子殿下の婚約者だぞ?お前には無理無理』
『それに、スゲー性格悪いらしいしな。しかも超尻軽って噂、聞いた?』
『は?あんな美人なら尻軽でもいいよ。もう俺の童貞さっさと奪ってくれ!!』
馬車の前、少し離れた場所でひそひそと囁かれているらしいその声は、すべてシェリルの耳に入ってきている。
押しつぶされそうな心を跳ね返すようにぎゅっと拳に力を込めてシェリルは馬車を降りた。
大丈夫······この場をすぐに立ち去って、今日は入寮手続きをすれば良いだけなのだから。
早く此処を立ち去りましょう。
その不安気な表情に気付いたローズは心配そうにシェリルを見つめた。
「シェリル様······大丈夫でございますか?」
「ローズさん······。はい、私は大丈夫です。本当に、長い間お世話になりました。ありがとうございます」
『わあ!見て!公爵令嬢が使用人に頭を下げているわ?』
『え?!どういう事なの!!?』
ひそひそと囁く生徒達に目線を送ってから、ローズは何度も頼んだ言葉を口にする。
「シェリル様、私も共に寮に留めて頂く事はできませんか?」
「いえ······貴女にまで迷惑をかけたくないのです······本当にごめんなさい。それに、御兄様······アルフレッド様にも一人で生きていけるようにしろと再三注意されているのです」
普通、王立学園に通う貴族の多くは邸から馬車での通学をする。
だが、シェリルの兄アルフレッドはそれを拒否した。
だから、今日からシェリルはこの学園の隣に併設された寮が自分の家なのだ。
「では、もしお嬢様にメイドが必要になる時があれば、私に仕えさせて頂きたいのです。私はそう願っているという事、頭の片隅に留めておいて頂けますでしょうか?」
メイドの真剣な表情を見て、シェリルは頷いた。
「分かりました。その時は、ローズさんにまた頼みたいと思います。今までご迷惑をおかけしたと思うのでそのお礼もしたいですし······。私は今日は入寮手続きを行う予定でおりますので······公爵家の皆様によろしくお伝えください。貴方もわざわざ此処まで送って下さりありがとうございます」
馬車を運転していた男に軽く頭を下げれば、彼の顔が一瞬で朱色に染まる。
そんな中、一人の男性が近づいてきて、周りから歓声が上がった。
「まさか······シェリル······なのか?」
振り向けば、濃紺の短髪に濃い紫色の大きな瞳、少し可愛らしい印象も与えるが凛々しい佇まいの男性が立っていてシェリルは首を傾げる。
だが、直ぐにその制服についた黄金に輝く紋章を見てシェリルは咄嗟に習ったばかりのカーテシーを取った。
「バ、バルモント公爵家の長女がシェリル・バルモントと申します······」
「······は?いや、知っている······というか、自分の婚約者の名前くらい覚えてる。そんなに記憶力は悪くはないと自覚しているんだけど」
この学校では制服の胸元に紋章を付けているのは高位貴族以上と聞いていたからカーテシーを取ったのだけれど······婚約者?
シェリルはローズから教えてもらった自分の情報を頭に思い出した。
「婚約者······?と言う事は······も、申し訳ございません······アロライン王太子…殿下でしょうか?」
「え?いや、まあ······名前はそうなんだけど······」
「も、申し訳ございません······わたくし、今少し急いでおりまして······。ですので、また後程······ご挨拶させて頂きたく······失礼いたしますっ!」
シェリルはジロジロと見られる気配を背中に感じながら、そそくさと寮の入口に向かっていった。
そんなシェリルの後ろ姿を見ながら、アロラインは手を口に当てて固まった。
「ちょ······っと、待て······ホントに······俺のワガママなシェリルお嬢様はどこ行った······?」
◆
「あのぉ······失礼致します」
寮の入口を覗き込み、長く美しい白髪を揺らしたシェリル。
そこに、この寮の寮母がやってきた。
「ああ!あんたが今日から寮に入る御令嬢だね!!」
「はい······」
「ちょうどこの間、一人厄介なのが出て行ってね。その部屋が最も広い貴族の御令嬢用の部屋なんさね。だから、そこを使いな。腐っても公爵令嬢!汚い部屋には通せないからねえ!!」
「く、腐っても······。······お心遣いありがとうございます」
寮母に連れられてやってきた部屋はかなり大きく、広い豪華なものでシェリルは目を見開く。
「まあ!こんな大きくてふかふかな寝台······ソファもあるのですか······?」
「ええ······そりゃあ、天下のバルモント公爵様の家じゃあこんなの大した事「この窓は······開くのですか?!」
「え?ええ······建てつけが悪いんでねえ、少し強く押さないといけないけど」
寮母がドンッと窓を強く推し開けば窓が開き、清々しい風が部屋に舞い込んできて······
シェリルは目を輝かせた。
「素晴らしい······窓が自由に開けられるなんて······!」
『バルモント公爵家にもなれば、危険となるような事は避けるため、お嬢様である彼女に窓も開けさせないのだろうか······?』
寮母の頭にそんな疑問が浮かんでいる間にも、シェリルは目の前を小走りに横切っていく。
「まあ······!これは?私一人で使ってよろしいのでしょうか?皆様は······?」
「ええ······?高位貴族の邸は必ず部屋に一つ浴室があると聞いているんだがねえ······違ったのかい?そんなに綺麗な部屋じゃなくて申し訳ないが「寮母様!?本当に素敵な部屋ですわ······困ってしまいます。こんなに充実した部屋を私が使っていいのでしょうか······?」
キラキラと目を輝かせたシェリルに寮母は笑みを漏らす。
「っはは······あんた面白いねえ、バルモント公爵令嬢」
「シェリルと呼んで下さい」
「ん。じゃあ、シェリルちゃん、あと一年、よろしく頼むよ!本当に前に使ってた女が居なくなって良かったよ。あんな性格の悪い女は困っちまうねえ」
シェリルは首をコテンと傾ける。
「前に使っていた方······?」
「ほら、壁紙が全部剝がれているだろう?それは前の御令嬢が壁紙をかえるだ、寝台がこんなのでは寝れないだ、駄々を捏ねてね。全て金で解決して好き勝手した挙句嵐の様に退去していったのさね!」
困ったもんだよ、と寮母が溜め息をつく。
「······その方はお金持ちだったのでしょうね?今あるべき物に感謝しなくてはならないのに······」
「いや、彼女は平民だったんだよ。だから金は無いはずなんだが、きっと男を引っかけて金を出させているんだろうよ。悪い噂が絶えない御令嬢さね。シェリルちゃんも気をつけなよ」
「まあ······そんな横暴な方がいらっしゃるのですね?私は3年生のようですし、あまり会う機会はないとは思いますが······。ご忠告心にとめておきたいと思います」
「ああ、でもあの娘も3年生じゃなかったかねえ······確か名前は······」
ああ、この位の真っ赤な髪に赤い瞳の······と寮母が肩に手を当てる。
そして考えるような素振りを見せてから、何かを思い出したように口を開いた。
「ああ!そうだ、”ヴァレンティ―ナ”と言ったねえ!」
”ヴァレンティ―ナ”
その名前を聞いて、シェリルの思考が停止した。
だから、寮母が教えてくれた彼女の悪行や噂など頭の片隅にも残っていなかったのだ。
そう、だって、ヴァレンティ―ナはシェリルの唯一の友人なのだから······。
「っ、ヴァレンティ―ナさん!!生きているのですね?貴女に会いたいっ······もう一度!」
「っちょ······っと待ちな、シェリルちゃん!?こりゃ大変なこったねえ······」
制止も聞かず、一目散に部屋から駆けだしたシェリルの後ろ姿を見ながら、寮母は溜め息をついた。
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