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7. 王太子アロラインと王弟ヒューベル
「殿下ッ!申し訳ございません!やはり私が御供するべきでしたっ!!」
アロラインは廊下を凄まじい形相で走ってきて目の前に傅いた短髪の男を見下ろした。
「ラルク。いや、今回は俺が来る必要がないと言ったんだからな。謝る必要はない」
ラルク・コンラッド、伯爵家嫡男でありながら、歳が同じ。今は学園に通いながら専属護衛として活躍しているが、騎士団に入ったとすればすぐにトップに昇り詰めるであることは明らかな程に優秀な騎士だ。
彼は顔を上げると訝し気に首を傾げた。
「殿下······何か問題でもありました······?少し顔が赤いってゆーか······熱でもあるんじゃないっすか?」
ラルクの質問に、アロラインは咄嗟に顔の下半分を抑えた。
「いや······そういうわけではない!」
「そ、そうですか······まあ、殿下が言うならそうなんでしょうね!」
橙色の短髪をガシガシと掻き分けて、ニカッとはにかんだこの男は、騎士としては有能だが、お世辞にも頭は良いとは言えない。
この時ばかりはそんなラルクに感謝して、アロラインは歩を進めた。
「それで、殿下······聞きました?バルモント公爵令嬢が学園に入学するって噂で持ちきりですよ?」
「ああ······事故に遭ったと聞いていたが、目覚めたらしい。今は公爵家で静養しているらしいな。俺も会いに行ったのだが······アルフレッドに拒否された「おお!やっぱそーなんすね?でも、どうするんです?ヴァレンティ―ナ嬢をこの王城に住まわせるんでしょ?なんか······大変そうっすね~」
話を最後まで聞かない上に、他人事かよ。とアロラインはチラとラルクを横目で見る。
だが、彼は悪気のない様子で言葉を続けた。
「でもあれっすよね~、ヴァレンティ―ナ嬢が本当に”世渡り人”なら、彼女と結婚した方が殿下の次期国王としての地位は固くなるのか?ん~あんま俺はそういう政治的な事わっかんないけど」
「ラルク、あまり公の場でそういう話をするな。だから噂が広がるんだろう?」
「ああ、はい。そうっすねえ。でも、殿下は良いなあ、選び放題じゃないっすか」
「は?別にそういう訳ではないだろう、」
「国一番の美女バルモント公爵令嬢とフツーに美人なヴァレンティ―ナ嬢で選べるんだから良いよなあ······!俺もあんな美女とヤリてえ!」
「はあ、本当にお前は······」
なんでそんなに欲望に忠実なんだ······。動物じゃあるまいし!とアロラインは溜め息まじりにラルクをみた。
「え?今のでなんか落胆する理由ありました?!」
「まあ、良い。今日は俺の護衛は要らない。お前は剣の稽古でもしてこいよ」
「殿下は?殿下を一人にする事はできないっすよ!」
どの口が!と思いながらも、アロラインは目の前の重厚な扉を指さした。
「ここ、入るからだよ」
「え?あ!なるほど!殿下は殿下の戦っすね!じゃ、俺も将来の殿下の力になれるように頑張るっす。今の騎士団長強えぇからなあ~」
じゃ!と手を軽く挙げて、バタバタと廊下を走って居なくなったラルクを見て、アロラインは重々しい溜め息をついた。
そして誰にも聞こえない声で呟く。
「俺の戦······ねえ。いやいや······彼と彼の周りの有能な人材に叶うわけなんかないよ。俺の憧れの人なんだし」
そしてアロラインは目の前の重厚な扉を叩く。
中から聞こえる声に背筋を正した。
「ん?誰かな?」
「ヒューベル王弟殿下。私、アロラインだ。入ってもいいでしょうか?」
「ああ、どうぞ?」
扉を開けると、執務室の椅子に座って書類仕事を行っている叔父の姿が見えて、一瞬綻んだ顔をアロラインは必死で抑えた。
しっかり扉が閉まった事を確認し、忙しそうに書類を捲る彼を見る。
紫の長い髪を後ろで束ね、瞳は自分と同じ紫。凛とした佇まいに中性的な見た目はとても美しく、国の女性達からは最も美しく妖艶な男性と言われている。
だが、彼を慕うのは女性だけではない。騎士団長、次期宰相候補と未来の重鎮になり得る人材が皆こぞって彼の周りにいるのだ。
それは彼の聡明さとカリスマ、人格の良さにもあるのだろう。
「おっ······」
「ちょ、ちょっと待ってアル······、魔法展開だけさせてくれるかい?」
アロラインが頷けば、彼はブツブツと詠唱をしながら部屋に遮音の魔法を張り巡らせる。
そして片手を自分に向けて差し出した。
「······はい、どうぞ?」
「お、叔父上~~~!!!会いたかった!!おじうええええ」
「うんうん、アル、久しぶりだね。今日はどうしたんだい?こんな昼過ぎから来るなんて珍しい事もあるもんだね?」
「それは······色々と問題が······山積みでして······」
アロラインが視線を泳がせば、ヒューベルはふふっと笑った。
ヒューベル・ロザリア、父である現国王の弟で王弟。
アロラインにとっては叔父にあたる人物だが9つしか歳は変わらない。
そう、彼こそがアロラインの尊敬してやまない人。そして次世代の優秀な人材はこぞって彼の下で働きたいと申し出る程のカリスマの塊だ。
「山積み······ねえ、なるほど、それは僕に解決できる事なのかな?」
アロラインは部屋の中心に置かれたソファに座って項垂れる。
「叔父上~、いつまで俺は貴方と王位争いをしている事にすれば良いんですか?もう、無理だよ~······」
「それは、そうした方が問題が浮彫になって害虫駆除がしやすいだけでね?もう少しだから待ちなよ」
「もう少しって······卒業までは、まだあと一年もあるのに?」
アロラインとヒューベルは、王太子、王弟という立場から王位継承権の争いを繰り広げていると思われている。というかそのように振舞っている······と言った方が正しい。
アロラインとしてはヒューベルが大好きだし、王位継承権に興味もない。
既に父である国王にはヒューベルに王位を譲る事は進言済だし、それに······自分にはやりたい事があるから······国を影から支えようと考えていた。
「まあまあ。自分の理想郷を作るんだろう?それなら一年くらい待ちなよ」
そう······、理想郷を作りたい。それはアロラインが物心つく時から感じていた自分の中の違和感からだった。
「それで、アル。今日は何用だい?まだ明るいうちから僕の執務室に来たんだ。それなりの理由があるんだろう?ヴァレンティ―ナ嬢を王城に住まわせた事?それとも何か別かな?」
その言葉に気まずい顔をしたアロラインは渋々口を開いた。
「······お見舞いを兼ね公爵家までシェリルに会いに行ったんですが······」
”シェリル”という名前にピクリと身体を震わせたヒューベルは、直ぐに笑顔を作ってそれを隠す。
「そうなんだ······。婚約者の意識が戻ったんだね?それは良かったんじゃないかい?でもそうか、ヴァレンティ―ナ嬢がこの王城にいるのは······問題かもね?バルモント公爵令嬢なら、彼女を殺めかねないもんね?」
ははっと笑ったヒューベルを見て、アロラインは俯いた。
「······それが······アルフレッドが”今は会わせられない”の一点張りで話は出来なかったんです。でも遠目で盗み見たら、彼女、全く別人のように変わってたんだ······全然、俺のシェリル様じゃなくなってた······」
「うん?それは······どういう「叔父上、叔父上の保有する魔法で、”世渡り人”の鑑定はできますか?」
「う~ん、まあできるけど······」
直後、アロラインはヒューベルの前までくると勢いよく頭を下げた。
「お願いします、叔父上!ヴァレンティ―ナの鑑定を······行って下さいませんか?」
”ヴァレンティ―ナ”と呼んだアロラインを見て、ヒューベルはその心の移りようを感じヤレヤレと頭に手を置いた。
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