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26. 庭園、社交界演習
一度目の社交界演習から約二ヵ月が経ち。
迎えた二度目の演習は、女性、男性それぞれ分かれての実施になった。
そのうち女性は王城の庭園での演習となったのだが······。
「ッ、なんでよ!なんで王弟が来ないの?!話が違うじゃないッ!!」
ヴァレンティ―ナの怒りは最高潮に達していた。
ここには男性達はいない。要するに彼女にとってはこの茶会になんの意味もないわけだ。
長テーブルに座った状態で、フォークとナイフを机に叩きつけるという、まるでマナーのなっていない態度。
彼女は紅茶を一気に飲み干すとガシャンと音を立ててソーサーに戻し、椅子にふんぞり返った。
「メイド!私の好きなお菓子をもってきて。ホント、やってらんないわよ」
そう、この日、本当であればヒューベル王弟殿下がお目見えになる予定だった。
けれど、彼は時間になっても現れず、つい先程、代わりに前回も来ていたエヴァン侯爵が現れて手短な挨拶だけして帰っていったのだ。
その為、いま、この第二回社交界演習にいる周りの令嬢達は、大きく二つに分断された。
荒ぶる”世渡り人”ヴァレンティ―ナをどうにかして宥めようとする者達と、見ない、聞かない、喋らないに徹する者達だ。
そしてシェリルはその二派の間で一人、数刻前の事を思い出していた。
◆
社交演習の前日、シェリルの部屋には再び贈り物の山ができた。
前回もあった【白き精霊のしもべの会】【白き天使の守護者】などの他にも【精霊見守りタイ】【見ているだけで幸せです】等々、新しい名前やコメントのようなモノが書かれた贈り物が集まる中、一際豪華に梱包された箱にシェリルの目は釘付けになる。
豪華といっても派手なわけではない純白の箱。美しい金色のリボンが巻かれたそれにシェリルは惹きつけられるように近づくと蓋を開けた。
そこにあったのは、真っ白なドレスにシェリルの瞳の色と同じ色の装飾がふんだんに施されたドレスと、それに合わせる首飾り等の装飾品が完璧なセンスで組み合わせられたもの。
そのドレスを見た時、シェリルはその美しさに心奪われた。
だから、「僕の姫」や差出人「H」等の言葉もあまり気にせず、それを選び演習に参加していたのだ。
特に、この庭園での演習はヴァレンティ―ナの最も推しているらしい王弟殿下が現れると言われている大事な日だから───。
「ねえ、絶対にしくじらないで?王弟を仕留めるのって大変なの!彼、凄く中性的で美しい見た目なんだけど、すんごく濃厚で優しいエッチなの!そこ超ポイント高いから!」
演習前の王城の隅。
両腕を腰に当てて、そう言い放ったヴァレンティ―ナを見て、シェリルは頷く。
「はい、粗相のないようには致しますが······」
「はぁ。本当にそういう所なのよねえ。あんた本当に垢ぬけないわよね?キス、誰かとしたの?」
「い、いえ······」
シェリルが俯けばヴァレンティ―ナは溜め息を漏らす。
「本気で言ってるの?あんなに何人もアンタの元に送り込んでるのに?」
「送り込んでいる······?」
「そうよ。あんたが自発的に”悪役”を演じられないから。だから私が適当な男達をあんたの所に襲わせに行っているでしょう?」
シェリルは何度か男性に無理矢理口づけを迫られた事を思い出した。
大抵、リルや周囲の男子生徒の誰かが助けてくれていた為、未だ誰ともキスはしていないのだけれど······。
「あれは······ヴァレンティ―ナさんが?ごめんなさい······」
ヴァレンティ―ナさんが機会を与えてくれていた事にも気づかず、未だキス一つできないなんて······不甲斐ないばっかりに······。
「謝るなら誰かとキスくらい練習しといてよね!今日はホント、王弟の前では私を罵んなさいよ」
吐き捨てるようにそう言ってその場を去っていった彼女を見送って、シェリルは少し離れた人目につかない場所を見つけて椅子に腰掛けた。
シェリルは紙を広げて、今日の台詞を確認する。
そして立ち上がると両腕を腰に当て、できるだけ先程のヴァレンティ―ナの忠告を心がけて、口を開いた。
「アナタ、”世渡り人”といえど、わたくしという婚約者のいるアロライン殿下を誑かすだけでは飽き足らず、王弟殿下にまで色目を遣うとは!本当に何様なんでしょうか!私はバルモント公爵令嬢なのですよ!不敬ですわ、立ち去りなさい!」
そう勢いよく言い切ってから、シェリルは顎に手をあてて首を傾げた。
「······こんなものでしょうか?友人にこんな強く言えるかはとても不安ですが······”悪役令嬢”としてはこれくらい「へえ、なるほど。それが”悪役令嬢”なのかい?」
「ひやぁぁあああッ!」
突如後ろから声がして、シェリルは驚きに飛び上がる。同時に手にしていたメモ用紙がいつの間にか男の手元にある事に気付きシェリルは慌てた。
「っ、ふふふ!ごめんごめん。何か面白そうな事をしていたから気になってね」
「······っ?!ど、ど、どなたでしょうか?それにその紙、返して頂けませんでしょうか?」
一瞬、紫色の美しい髪を後ろで束ね眼鏡をかけ、上下黒の衣服を着た美男子に目を奪われたシェリルだったが、すぐに紙を取ろうと手を伸ばす。
だが、彼は高身長。その紙に手が届く事はなく、シェリルはじっとその男性を見つめた。
「ああ、僕?僕はこの城で働いているんだけど······で、何をしていたか教えてくれたら返してあげるよ?」
シェリルは困った。何を、と言われても······言えるわけがない。
「”悪役令嬢”と言ってたよね······これは台詞かな?場所と目的の人物は······王弟殿下?わあ、それはマズいな、早く王城の人間に知らせないとな~「っ!わ、分かりました!話しますから!お願いします······返して下さい······」
俯いたシェリルは、顔を覗き込んだ眼鏡越しの美しい紫色の瞳と目があった。
「うん、じゃあ、教えて?」
彼はイタズラに笑うと、シェリルの隣に腰かける。
シェリルもその長椅子に腰掛けるとポツリポツリと言える事を彼に話した。
「なるほどね~、その”友人”とやらは······婚約者の王太子殿下を君から奪い、認められている多重婚で王弟とも結婚したいって事だよね?でも、じゃあ、婚約者を取られた後、君はどうなるの?」
「”結婚したい”ではなく、”する”のだと思います。此処は彼女が幸せになる為の場所なのです。ここで私は踏み台として親友の役に立つだけで······幸せなのです」
「ふーん、でもそれは本当の意味で、”友人”と言うのかな?」
「ゆ、友人です!ヴァレンティ―ナは、私の唯一の友人です!今も······昔も······」
ぎゅっと両手を握りしめて小さくそう呟いたシェリルは続く彼の言葉に顔をあげた。
「へえ、でも。それじゃあ、その”友人”は君がどうなろうと、君の事なんてどうでも良いんだね?自己中心的な”友人”だな」
「そ、そんな言い方······おやめ下さい······!いきなり会って······私と彼女の何が分かるのですか?!し、失礼致しますッ!」
紙を無理矢理彼から取り返して、シェリルは走ってその場を立ち去る。
「シェリル······君は利用されているだけだよ。相手の事を思い遣る事もなく、ましてや適当な男を送り込んで無理矢理、口づけを強要したりする人間は······”友人”ではない」
怒りに拳を握りしめた彼を一人残して。
◆
そして、話は冒頭に戻る。
「はぁ、」
あの男性は彼の思った事を口にしただけですものね。悪気はなかったはずなのに、私ったら、あんな態度で紙をひったくってしまって······。
申し訳のない事をしましたね。
きっとわたくしの事を気遣って下さっただけなのに······。
次会う機会があったら、謝りましょう······。
シェリルは彼の事を邪件に扱ってしまった事に後悔していた為、全く気が付かなかったのだ。
ヴァレンティ―ナの怒りの矛先が、もの思いに耽る自分一人に向かっていたなどとは。
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