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28. 僕が練習相手になろう
「それで、シェリル嬢。別に盗み聞きするつもりはなかったんだけれどね」
「す、すみません······できれば内密にして頂けると助かるのですが······」
先程のリルとの話を、どこからどこまで聞かれていたかは不明。でも、全部聞かれていると考えるのが妥当かもしれない。
シェリルはヒューに頭を下げた。
「うん、それは分かっているけど。でも、やっぱり、本当の友達が、死刑や拷問とか、ましてや君に身体を売って働けなんて言うかな?」
「すみません······私、無知で······。ゴウモンや、身体を売る事はそんなに大変な事なのですか?」
大きく零れ落ちそうなアクアマリンの瞳に見つめられ、ヒューことヒューベルは一瞬固まった。
そして、思わず笑ってしまう。
「っふはは!いやいや、ごめん!そうだよね、シェリルは前からそうだっ······」
瞳に涙を浮かべてお腹を抱えているヒューを見て、シェリルは首を傾げた。
「前から?ですか?」
「あ、いや、覚えてないんだよね?いいんだ、僕が悪かっただけだから」
その瞬間、リルの身体がビクンと震えて、シェリルは心配そうに彼を見つめながら優しく身体を撫でた。
「リル、大丈夫?」
「······にゃ······うぇ」
リルはチラリとヒューベルを見て、すぐにシェリルのドレスに顔を押し付ける。
こんなに楽しそうに笑う主を見たことがなかったし、”僕が悪かった~”なんて言葉を吐いた主に寒気がした。
けれど、ヒューベルに睨まれてすぐにシェリルの中に身を隠す。
「簡単に言えば、”拷問”や”死刑”は、いたぶられて最後に殺されるというまあ所謂、罪人に向けた刑の執行だね。”娼館”で身体を売るというのは文字通り、自分を商品として客に差し出して、お金を稼ぐ仕事だよ」
ヒューベルがそう言った直後、今度はシェリルが身体を震わせ始め、リルはその異変に咄嗟に彼を見た。
「っ、······はぁッ······!」
「シェリル嬢?大丈夫か?過呼吸になっているな、ゆっくり息を吐いてごらん」
彼が直ぐにベンチの自分の隣に座り、身体を凭れ掛からせてくれて。
ありがとうと言いたいのに肝心の言葉がでない······。
シェリルの脳は”娼館”ではなく”いたぶられて殺される”という言葉に反応してしまったのだ。
前世の施設での日々が鮮明に思い出されて、シェリルは震える手を見つめる。
『あんな思いを······もう一度しなくてはならないの······?』
痛みを知らなかった自分でも、とても怖いと思うのだ。
これに痛覚が合ったらどれだけの恐怖が······。
そう考えて、シェリルは震える身体を自分できつく抱きしめた。
そう、だって、まだ誰にも言えてはいなかったけれど······。
「シェリル嬢、君は本当に痛みを感じないのかい?」
自分の顔を覗きこんだヒューにシェリルは俯いた。
「っは······ぁ、い、いえ······分からないのです······痛みがどれ、なのか······」
呼吸を整えながらそう言ったシェリルに、ヒューは金色の腕輪を取り出す。
「これは魔法の腕輪でね、感覚があるか調べられるんだ?どう?良かったら試してみるかい?」
「······は、はい」
ヒューベルはちらりとリルを見る。世渡り人の鑑定にはリルとの共同作業が一番確実だからだ。
彼がコクリと頷いたのを見て、シェリルにその腕輪を嵌めた。
ヒューベルはそこに手を翳し、魔力を流し入れると同時に、ほんの少し雷魔法を肌に当てる。
バチバチッ、と小さな音がして、肌に電気が走ったような感覚がありシェリルは飛び跳ねた。
「ッふ、ぁあんっ!」
肌が粟立ち、呼吸が荒くなってシェリルは更に身体をきつく抱きしめる。
「っはぁ、ご、ごめんなさい······っ、大きな声を出してしまって······」
目の前のヒューが硬直したまま手を口元に当てていて、シェリルは恥ずかしくなり咄嗟に頭を下げた。
「い、いや······。あっ、ほら見てごらん、光っているだろう?君にはやはり痛覚があるんだよ!」
”痛覚がある”そう言われれば、何故か安心する自分がいて、シェリルは両手をじっと見つめた。
前世では無かった”痛覚”を今世で手に入れたのでは、とは思っていたけれど、こうやって他人にしっかり調べて貰えるとそうなんだと実感できるわけで。
そんなシェリルから腕輪を取って、ヒューは彼女の両手をそっと掴んだ。
「痛みがあることは悪い事ではない。でも、君がそれで苦しい思いをすると分かっていて、そのまま見過ごす事はできないよ?」
ヒューの美しい瞳に見つめられ、シェリルは息をのむ。
こんなに美しい男性の、瞳に映るのがこんなキモチワルイ人間であっていいのだろうか?と、シェリルは瞳を伏せた。
「わたくしは······キモチワルイ人間なのです······だから、友人の為に踏み台になる事くらい問題ではないのですっ······」
「誰が、君をキモチワルイなんて言うんだい?君はこんなに美しいのに?」
彼が真っすぐに瞳を見つめてそう言って、自分の髪を一房取って耳にかける。
その一連の動作をシェリルはされるがままに、見ている事しか出来なかった。
「君が、痛みを感じると分かっていてそんな事を言うのなら、それは本当の”友人”ではないよ?”友人”とは言うのはね、君の傍に寄り添い、支えてくれる存在をいうんだ。その人の為に力になりたいって思えるほどにね」
「でも、私は、ヴァレンティ―ナさんの為になんでもできますっ······!」
「それならきっと君は彼女の事を友達と思っているのだろうね。でも彼女は君に同じように思ってくれているのかな?」
「それは······。それはっ、私の努力が足りないのです······ヴァレンティ―ナさんは私に第二の人生を一緒に歩ませてくれて······私に能力まで与えてくれたのに······それをまだ出来ないなんてっ······だから、失望されても当然なのでしょう」
ヒューベルはシェリルの手を強く握りしめてから、髪を掬っていた手の親指で彼女の頬を優しく撫でる。
「キス、の練習の事かい?」
「······はい。キスもできないのかって······私にはビヤクとかいうお薬が入っているようなのですが······それを使えなきゃ意味がないって······」
泣き出しそうなシェリルを見て、ヒューベルは苦笑した。
「分かった。君はリルと仲良くしてくれているらしいね?この庭園にはリルを介していつでも転移できるように魔法陣を引いてあげよう。だから、いつでもここに来るといい······───」
シェリルが顔をあげれば、顔をくしゃっとさせて微笑む端正な彼の顔があって。
「───······だから、僕が君のキスの練習相手になってあげようか、」
シェリルはその言葉に息をのむ。
彼が······?この美しい人間ではないような男性が······。私の為に力を貸してくれると言うの······?
「僕が、君のキスの練習相手になって、目標である”悪役令嬢”に近づけるようにしてあげるよ」
”とりあえず、最初は媚薬に魘されたくはないから······これで勘弁してね”
そう言って微笑んだヒューはシェリルの耳元に唇を寄せてそう囁き、頬に触れるだけの優しいキスをした。
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