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30. 庭園への転移
シェリルの部屋の窓の少し下、風通しの良い勉強机の上。
ここは最近のリルの定位置だ。
リルは朝にシェリルの寮の部屋に忍び込み、彼女と癒しのひと眠りした後、起床後はこの定位置で待機する。
そうしている間にシェリルはいつもの朝の入浴を終えて出てくるんだ。
真っ白な肌に、身体を拭く時に見えるお尻······。
にゃフフフ······それに、あの零れ落ちんばかりの双丘がさいこうにゃんで······
でれでれと顔をだらしなくさせながらシェリルの生着替えをじっと見る。
そうしていれば、シェリルは笑顔でこう言うのさ。
「リル、お腹空いていますよね?ご飯食べましょうか?」ってね。
本来猫が寮の中に入る事は許されていない。自分がヒューベル王弟殿下の猫で、特別な、元高位精霊様だと知れば、誰も何も言わないだろう。
けれど、悲しきかな、今はただの猫。野良猫だと思って追い払われる何て事もありえるのだ。
リルはゴロゴロと喉を鳴らしながら裸のシェリルに近寄った。
「にゃあにゃふにゃ~♪にゃあにゃふにゃんにゃあ、にゃおにゃおにゃおにゃ~♪にゃおにゃいにゃんにぇ~!」
「え?リル大丈夫ですか?なんか変な物を食べたのです?変な声が出ていますよ······!」
大変だわ!お腹が空きすぎて何か変なものを食べたのかも!と慌てるシェリルを見て、リルは慌ててテーブルに飛び乗ると焼き魚に手で触れた。
「あ、その魚を食べたのね?良かった。それに、もう部屋に食事を持ってきてくださったなんて······。毎日毎日申し訳ないけれど、リルを食堂に連れて行くわけにはいかないものね」
リルの為にと、ワガママを言い、朝食を部屋に持ってきてもらっているシェリル。
二人で朝食を取り始めれば、すぐにリルの身体がピクリと動き、シェリルは彼を振り返った。
「リル?どうしたの?」
時計がヒューに言われていた時刻を指しているから。なんてシェリルに伝える事はできないから······、リルはストンっと床に着地した。
すぐに扉に近寄って、カイカイと扉を引っ掻く素振りをすれば、シェリルは意を汲んで慌てて立ち上がる。
「出発するのね?リル、ちょっと待って下さいね!今、用意しますので······!」
教科書やら宿題やらを鞄にしまって、直ぐに髪を整えてから、彼女は部屋の扉に手をかけた。
「では······ここに入れますか?少し窮屈だとは思いますが、少しの辛抱ですから······」
リルはシェリルの脇腹に抱えられる形で、上に制服の上着を被せられ部屋を出る。
たゆんたゆん、という弾力を堪能しながら、リルは上着の下でニンマリと顔を崩した。
『この弾力と温かさ。最高にゃ······』そう思っていると、直ぐに上着が外され、明るくなってリルは目を細める。
「もう大丈夫ですよ。今日はヒュー様に会う日、でしたよね?ですが······登校前なのですか?」
シェリルはリルを見て首を傾げた。
先日の王城での演習で、彼には、ヴァレンティ―ナと自分の関係がある程度バレてしまっている。
自分が”悪役令嬢”にならなければいけない事も、自分に与えられた能力も全部、だ。
それに加えて、自分が能力を使いこなせなければ······拷問の死刑エンドを迎えるということも······。
それを聞いても、彼は嫌な顔せずに練習相手に名乗り出てくれた。
彼はヴァレンティ―ナをよく思っていないようだけど、きっとそれは自分の事を気遣ってくれているからだろう。
でも、大丈夫。だって、これを乗り越えれば、またヴァレンティ―ナが笑ってくれる筈だから。
「にゃあ」
「なるほど······でも、今からでは、登校時間に間に合わなくなってしまいます······」
その言葉を気にせず、走り出したリルの後をついていけば、そこは校舎裏にあるリルと初めて出会った小さな庭園だった。
「ここ?いつもきていますが······?」
「にゃー」
大きな木の影にリルが歩いていき、慌てて後を追ってきたシェリルを見上げる。
「?」
その瞬間リルが飛びついてきて、シェリルは咄嗟に抱きしめた。直後、二人の周りを眩い光が包み込み、シェリルは目を瞑る。
「······っ、」
どこかに引きずりこまれる感覚の後、脚が地面に付き、恐る恐る目を開いた。
「ここは······?この間の······「おはよう、シェリル嬢」
この間の、ヒュー様の庭園······?そう思った直後、後ろから心地の良い落ち着いた男性の声が聞こえてシェリルは振り返った。
「ヒュー様······?お、おはようございます」
上下黒の動きやすそうな服で、庭園に咲く草木に水をやりながら笑った彼を見て、シェリルは硬直する。
「ん?どうしたんだい?」
本当に絵画みたいな人。
絵はこの世界に来てから初めて見る機会があったけれど、彼はその絵画の中から出てきたようで。
「っ······!いえ、申し訳ございません······不躾にもジロジロと視線を向けるなど······」
「君にされるなら本望だよ」
ヒューベルの目が一瞬細められた気がして、シェリルは首を傾げる。
「え?」
「いや、さて、シェリル嬢。今日は朝から呼び出してごめんね?」
「いえ······それより、ここは大丈夫なのですか······?」
「僕が管理をしていると言ったろう?だから誰も此処には入ってこないし、使っても怒られたりしないから大丈夫だよ?」
「そうですか······では······」
シェリルは彼に促されるままに、噴水の淵に腰掛けた。
「で、それからどうだい?”悪役令嬢”とやらになる練習は順調?」
「”悪役令嬢”······になるのはやはり難しいです。舞踏会までになんとか与えられた事は行っておきたいのですが······ヒュー様、先日の件······やはり、ご協力頂けますでしょうか?この御返しは致しますので······」
シェリルは先日、ヒューから額にキスをされた事を思い出して赤面する。
唇のキスではなかったのに、とっても恥ずかしくて、あの後ずっと心臓がけたたましく鳴り止まなかったのだから。
「うん、勿論。キスの練習だよね?でも、その前に、その件で聞いておきたい事があったんだ。
大前提としてね······、君はまだ王太子の婚約者でしょう?練習をするとしてもさ······色々と問題だと思わないの?」
「問題······でしょうか?」
全く分からない様子のシェリルを見て、ヒューは頭を抱えた。そしてゆっくりと口を開く。
「キスがどうする事かは······分かっているんだよね?」
「それは······男女が唇を重ね合わせる事と聞いておりますし······それに······ヴァレンティ―ナさんが複数の男性とそれを行っているのも、何度も見ておりますので······」
シェリルはその光景を思い出して、また赤面する。
「ふーん、じゃあ、貴女も彼女のように誰とでも唇を重ね合わせるのかい?」
その直後、ヒューの美しい顔が目の前にあって、シェリルは驚きに息をのんだ。
「そ、それは······」
親友であるヴァレンティ―ナに言われれば、そうするの?
でも、なんでこんなに心臓が鼓動を早めるのだろう?
ヴァレンティ―ナが様々な男性とキスするのを実際に目にしているから?
あの濃厚な口づけを······私も同じように何人もの相手とできるのだろうか?
そう考えれば、何故か急に恥ずかしくなって、シェリルは俯いた。
「······うん、やはり知識が少なすぎるな」
ヒューベルはシェリルにも聞こえない声で小さくそう呟くと、立ち上がる。
◆
その日、彼はすぐにエヴァンと先日決めた方向性で学園の3年生の授業を改定した。
表向きロザリア王国で最近乱れている”性”を正す”国の貞操概念”改善プログラムの導入という形だったそれは、彼がシェリルに最低限の知識をつけ、調教をスムーズに始める為のお膳立てに過ぎなかったのだが。
そんな事を、純粋で疑う事を知らないシェリルが知る由もなかった。
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