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31. ヒューの策略
リルはヒューベルの私室の重厚なソファに飛び乗って、書類仕事をするヒューベルの姿をぼうっと見ていた。
紺と金で統一され、無駄なものは何も置いていない彼の部屋は、淡白な彼自身の性格を表しているようだ。高貴な身分も相まって洗練され、美しい印象を与えるが、一方でその裏に冷たさと灰黒いなにかを隠しているのは明らか。
そう、あの部屋のように、見えないだけで······。
「そういえば、リル。このロザリアの国境には最近大型の獣が出て被害が拡大しているらしい。君をそこに持って行って献上したらその獣も満足しないかな?”一応”高位精霊なんだからねえ」
その言葉にリルはぞっとする。
頭の中で考えていた不敬すぎる事がまたバレているに違いない。
そう思って、リルは咄嗟に口を開いた。
「ぼ、ボクなんて、食べたって美味しくないよっ······!本当に腹黒いなあ。そういえば、主······本当に学園のカリキュラムを変更したんだね?それは······シェリルを······あの部屋に入れる為?」
その瞬間ヒューベルの雰囲気が一転し、何か深い闇に飲まれそうになり、リルは毛が逆立つのを感じた。
ヤバい。これは本当に怒らせたかもしれない······どうしよう······。
そう思いながら、リルは尻尾を身体に密着させ蹲る。
「ご······ごめん······」
「カリキュラムの変更は、元々行うべきだとは思っていた。それが前倒しになっただけだ」
ヒューベルが瞳を細めて、口調が変わり、リルは素直に頷いた。
「は、い······」
「この国では貞操概念はさほど厳しくない。結婚前の婚前交渉だって別に規制されているわけではないしね。完全なる処女性を気にするのは王族の妻になる女性くらいさ。でもね、だからって学園の至る所で羽目を外してもいいわけではないだろう?それは貴族なら分かっていて当然の事なんだよ」
「······じゃあ、あの赤髪女は······」
「不特定多数の異性と口づけ以上の関係を持っている事なんて······普通ならあり得ないよ。
ただ、彼女はあれでも”世渡り人”だから、それが問題になってアルと結婚できなくなるなんて事はないだろうけどね。でも、醜聞には違いないよ」
「確かに、そうだよな······王太子の婚約者なら······なんか王家の醜聞にもなりそうだ」
「まあ、あの女もそれは”何故か”分かっているみたいだけどね。だから絶対に一線は越えないんだろう」
書類から目を逸らし、窓の方をじっと見つめたヒューベルの元に近づいて、リルは机に飛び乗った。
「でもさ······あの女、腕輪の事だって分かっていたんだろう?転生者にしてはこの国の事、詳しすぎない?それに、”自分の世界”っていつも言っているんだ」
「自分の世界······ねえ」
その言葉の真の意味は分からない。けれど、転生者である彼女の”ロザリア”という名前を見れば、何かこの国に直接の繋がりがあるのは必至だろう。
彼女が今後、このロザリア王国に何かしてくる可能性は高い。
「さてね······真実の全てを知っているのは大精霊様くらいなんじゃないかな?でも、一つ言えるのは、ここは僕たちの世界でもある、という事だ。彼女の好き勝手にさせるわけにはいかないんだよ。
彼女に任せたら、最悪、この国は滅びるだろう?」
リルは彼女が国の王妃になる事を考えて身震いした。
「男は皆私のモノ、国民が死のうがどうでも良いわ、とか言いそうだ······」
「はは、違いない。まあ、だから先の話に戻るけど、最近は令息も令嬢もハメ外しが過ぎる節がある。風紀を正す必要があるんだよ」
そこで一旦区切ったヒューベルはソファに凭れ掛かると紅茶を一口、口に含んだ。
「······というのが、表向き······だね」
「······」
にっこりとほほ笑んだヒューベルに、リルは飽きれた表情をして首を横に振った。
そら、見たことか。この調教ドS殿下に限ってそんなわけがない。
表向きの理由は流石に次期国王だけあって、国の今後を気にしているかのような真っ当なもの。けれど、その裏には必ず自分の真の目的がある。
特に今回はシェリルが絡んでいるのだから、絶対に。
「シェリルには性知識も恋愛知識もない様だ。それは少し困る。今後の事を考えても、ね」
「でも、シェリルは······彼女も······”世渡り人”だろ?そんな知識を付けさせて大丈夫かよ?まあ、彼女が色んな男と関係を持つようには見えないけどさ」
見えないけど、ヴァレンティ―ナが何か仕掛けてくる可能性はある。とリルは推測してヒューベルをじっと見つめる。
「お、考えられる猫になってきたようだね?よしよし、」
ヒューベルに顎下を撫でられ、リルは不覚にもゴロゴロと鳴りだした喉を隠すように彼から離れた。
「ばっ······ばかにしないでくれよっ!!」
「授業は1日で、男女は分けて行う。それに、貞操概念と性教育の基本的な話しかいないよ。貴族の家で一般的に教えられる内容だから大丈夫だろう。けれど、だからこそ彼女が”世渡り人”である事は私との婚約前に露見する事の無いようにしておきたい」
そう言ったヒューベルに、リルは頷いた。
確かに、シェリルが多重婚できると聞いて狙ってくる男は多くいるだろうから。
「あとは······シェリルに関しては、今の彼女が、昔の······幼い頃の記憶をどれだけ持っているかという事が気になるな」
「······というと?」
「今の彼女は昔の事を覚えてないようだけど、仮にも、王太子の婚約者なんだ。王族に嫁ぐ者として、貞操概念についてはしっかり教育されていた筈だろう?」
「う~ん、でも、シェリルはボクが見ている感じだと、この世界の知識は全くないみたいだ。王太子の事も婚約者にしては殆ど興味がないしさ。それに······主の事だって気付いていないじゃないか」
その言葉に、ヒューベルは『確かにね』と寂しそうに笑った。
昔、エヴァンやアルフレッドと遊んだ日々なんか、もう覚えてはいないのだろうな。彼女の記憶から自分はもう跡形もなく抹消されているのだろう。
そう思えば、心にぽっかりと大きな穴が空いたような気がしてヒューベルは瞳を閉じた。
そんなヒューベルの目の前でリルは思い出したかのように顔をあげる。
「そ、そうだっ!その日の授業はボクも見に行ってもいい感じ?手取り足取り詳しく教えてくれる実技とか······あったりして······んふふふ」
その言葉に、瞳を閉じたまま片眉を釣り上げたヒューベルは目の前でフガフガと鼻息を荒げている猫(最近少しわがままボディ気味)を見た。
「リル······君は契約主が傷心しているときに、そういう事しか言えないのかい?そのデレデレ顔、どうにかしなよ。そもそも、一般知識、と言っただろう?みんながみんな君のように変態じゃないんだよ」
「っな!!「それに、授業で教わらずとも彼女の初めては全て私が教えるさ」
ふふっと笑ったヒューベルの顔が作り物のように美しくて、リルは反論する事も忘れ、あんぐりと口を開けたまま硬直した。
誰にも渡さない。
多重婚等の権利が認められている”世渡り人”であろうと、誰にも触れさせはしない。
彼女の知らない事は、僕が、最初から全て教えて、蕩けさせて自分だけの姫にするのだから。
「全て記憶から無くなってしまっているなら、新しい思い出でいっぱいにして、僕の色に染めてしまえばいいだけだしね」
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