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34. これは、貸しだよ・・・?
ロザリア王国、建国記念日の数日前。
ヒューベルは自室の椅子から立ち上がった。
リルの為に作った猫タワーの前まで歩いていくと、ドーム状のリルハウスに寝そべる白猫の前で立ち止まる。
朝から心ここに有らずといった様子でニヤニヤとだらしない顔をしている白猫。
高位精霊にも関わらず、自分の気配にすら気付かず、涎まで垂らして。
「ねえ、」
「······」
「ねえ、リル?」
「······」
「ねえ、変態覗き見高位精霊」
ピクリとリルの耳が動き、リルは不愉快そうに顔をあげた。
「にゃんだって?」
「にゃんだって、じゃないよ、気持ち悪い。その涎をどうにかしてくれ」
ジュルルルと音を立てて、慌てて手の甲で涎を拭いたリルは、ヒューベルに向き直った。
「······な、なんだよッ?用でもあるのか?」
「は?用でもあるのか、じゃないだろう?契約主である僕が呼んでいるんだけど」
にこりと笑ったヒューにリルは罰の悪そうな顔をする。
「······今日は······王太子との面会、だったっけ」
「うん、よく覚えていたね?······で、そのだらしのない顔の理由を聞いても?娼館でも見てきたの?それともあの赤髪の情事でも覗いたかい?」
リルはその言葉を聞いて顔を歪める。
「んなわけないだろッ!あんなイヤな女の情事なんて、見たってなんも面白くもない!」
そして、プンプンと怒ったリルはそのままの勢いで口を滑らせた。
「シェリルの生着替えの方が断然貴重だしさ、それに彼女、最近はボクを毎日抱きしめてキスを······っんふ······ふっ、にゃふふふふ」
「······」
暫しの沈黙が部屋に流れ、リルは恐る恐る目の前に立っているヒューベルを見た。
「······あ······こ、これは、そういう事ではなくて······」
ヒューベルの見下ろす顔にリルはぞわりと毛が粟立つのを感じる。
「なにが?なんの話だい?」
リルはゴクリと生唾を飲み込む。
「······そ、の······」
「そうかそうか、君がシェリルのキスを······ねえ?」
「······も、もうしわけ······「それで······そこから、どうしたら彼女の生着替えなんて発想に辿り着くんだい?」
本当にそうだとしたら、野良猫が入り込めるんだ、寮の規制を強めた方がいいかな?
そうにっこり笑ったヒューベルがリルを持ち上げて、たゆんたゆんっと僅かに揺れるお腹を触る。
「これも······そういう事かな?」
「っ······」
◆
それから、しこたま怒られたリルは、耳と尻尾を力なく垂らしトボトボとヒューベルの後ろをついて歩いた。
ちぇっ、サボっていたわけじゃないのにさァ!ほんと、嫉妬深い男ってやんなっちゃうよな。
それに加えて調教好きときたらほんとに······
「何か考え事かい?」
ふふっと笑って振り返ったヒューベルを見て、リルはブンブンと首を振る。
契約した時に念話以外に心の声が聞こえる魔法が付与されたりしたのだろうか?!
そう考えているうちに、ヒューベルがある部屋の前で立ち止まり、リルはその隣に並ぶ。
扉をノックをすれば、嬉々とした声色を隠しきれない声が響いた。
「おっ、叔父上!入ってください」
ヒューベルが扉を開けると、アロラインが瞬時に席を立つ。
「叔父上!」
キラキラと顔を輝かせるアルを無視して、部屋の中心に置かれたソファに腰掛けたヒューベルは、膝の上にちょこんと座ったリルの背中をゆっくりと手で撫でた。
「お、叔父上、機嫌······悪いんですか?」
「ん?まあ、ちょっと僕の猫がまだ、粗相をね」
「······猫って大変なんですね······」
「いや、普通の猫はそんな事ないんだけどね」
苦笑を浮かべるヒューベルを見て、アロラインはすぐに対面に座った。
「ヴィヴィは猫が嫌いなんです、だから僕はもうリルには触れなくて」
申し訳なさそうにそう言ったアルを、ヒューベルはじっと見つめてから一度頷いた。
「へえ、」
そして、メイドが置いていった紅茶に手をつけると一息おいて口を開く。
「それで、アル。ヴァレンティ―ナ嬢と婚約するのかい?」
アロラインはその言葉に気まずそうに小さく頷く。
「はい。もし叔父上が良ければ、やはり彼女の第一夫は俺に譲って頂きたく」
いや、譲るも何もあんな女絶対に要らないが?
ヒューは内心で暴言を吐きながら、にっこりと微笑む。
「前も言ったけどアル。僕は彼女と婚姻を結ぶ気はないよ。それより、ではシェリル嬢はどうするんだい?」
「シェリルは······ヴィヴィが嫌がるんです。なんか嫌がらせを受けてるとかって······」
「なるほど?では婚約破棄を?いつを考えているの?」
「それは、前に叔父上が言ったように、中間舞踏会にしようかと······許して頂けますか?
次期国王として······」
国王は病に伏せっていて最近はその采配をほとんど弟のヒューベルが受け持っていた。国王自身も息子であるアルが次期国王になる気がない事を分かっていたから問題はない。
これが、最愛の王妃である妻を早くに亡くし、一人となった挙句、一人息子を溺愛した兄の行く末か。とヒューベルは目を伏せる。
一応、執務はアルにも手伝って貰ってはいるが、婚約破棄などの重要な事に関する許可はヒューベルが出す為アロラインはじっと彼を見つめた。
「なるほど、分かった。いいよ、シェリル嬢と婚約破棄をしてヴァレンティ―ナ嬢との婚約を学園の中間舞踏会でするといい。学園の演習とは言え、中間舞踏会は公式なものだからね。そこで僕も立ち合おう」
「え!叔父上が?それは······嬉しいな!」
「うん、まあでも騒ぎにはしたくないから内密にね。婚約破棄の事まだ誰にも言ってはいけないよ?」
「はい······」
一瞬俯いたアロラインは思い出したように顔をあげた。
「あ、叔父上、建国記念日の件ですが!」
「ああ、」
「ヴァレンティ―ナの誕生日と同じ日にちのようなのです。だから、王城での舞踏会、彼女の誕生日も兼ねて行う予定なのですが、是非叔父上も······「いや、私は遠慮しよう」
「え······?」
アロラインは即答したヒューベルをマジマジと見た。
今まで建国記念日の舞踏会では、ずっと壇上で始まりの挨拶をしていたのに。
「兄上······国王陛下が、挨拶の顔出しだけすると言っていたよ。だから僕は今回は大丈夫って」
病は刻々と悪化しているらしいと聞いている。
起きていられる時間も徐々に短くなっているとも。
そんな父でも、建国記念日には久しぶりに顔を出したいと思ってくれているのだろう。
アロラインは久々に顔を見る事のできる父に胸を高鳴らせた。
そして同時に、尊敬する叔父、ヒューベルと共に舞踏会に出れることに嬉しくなる。
「そ、そうか······父上が······。でも、では、叔父上は舞踏会にだけ参加を?」
だが、直後聞こえた彼の言葉にアルは動きを止めた。
「いや、それも僕は出席しない」
「······え?」
「もう国王陛下の許可は取ってあるんだ。今年は健国記念日を裏で支えている国民の様子を見てくるつもりさ」
「そう······なんですね」
「という事だから。次に会うのは中間舞踏会かな?楽しみにしているよ」
席を立ち、ヒラヒラと手を振りながら退出しかけたヒューベルは扉の前でピタリと立ち止まる。
そして扉の方を見たまま、振り向かずに口を開いた。
「あ、そういえば、アル。私は君の性的嗜好がなんであれ受け入れているけどね?一応、王族として、学校内で、それも公共の場で自慰をするなど許される事ではないと思うんだよ······?」
「あ······」
アロラインはヒューベルの予期せぬ言葉に口を開けたまま硬直した。
そして続いた言葉とその感情の籠らない声に背筋が凍りつく。
「だから貞操概念のカリキュラムを導入しなくてはいけなくなった。その意味が分かるかい?」
「は······い」
「まあ、今回は僕の心に留めておいてあげる。これは一つ貸しだよ?」
そう言って、部屋から出て行ったヒューベルを見つめ、アロラインはあの時の状況を尊敬する叔父に知られていた、という事実に赤面し顔を俯けた。
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