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1.5万達成記念閑話:ヴィクトールの、真名
「───────っ!、、っく、」
急に胸を抑えて苦痛の表情を浮かべたヴィクトールにセドリックが焦って立ち上がる。
「ヴィクトール様っ!」
「っ······シド、リリアーナは、今、どこだ」
「本日は、神殿にて身体検査をしているかと、思いますが······」
苦しそうに悶えるヴィクトールの下に跪きその顔を覗き込めば、真っ青な顔をした彼が一点を見つめたまま茫然としていた。
「っ、今、何を、、しているのだろうか、」
「い、今でしょうか?······ええと、、身体検査を」
今日リリアーナは神殿にて処女検査を行う予定になっている。
それは昨夜の晩餐会でも本人に告げていたし、ヴィクトールにも知らせておいた筈である。
医師も女医のマチルダに変更したし、問題があるとすれば、場所が後宮での検査から神殿での検査に変わった事くらいだろうか。
マダム・ジゼッタも同行しているのであからさまな問題が起こるとは考えにくいが・・・。
セドリックは汗を垂らしながら執務室の机に腕をついている主君の魔力の乱れを探知した。
「陛下。どうされたのですか? 魔力は正常な筈なのですが······お身体の具合が?」
「······いや、良い。 心当たりはある、」
ヴィクトールはセドリックが用意した水を口に含み椅子に凭れ掛かると天井を見上げる。
今、確かに、真名を呼ばれた。
自分の真名“レイ”と呼ぶことができるのはこの世に一人、リリアーナのみ。 そしてその声と共に、身体が焼けるような熱さが全身を駆け巡り、苦しくて息ができなくなったのだ。
そして今は逆にその熱が自分の男性器に集まってきている。 先程とは打って変わり、心地よい温かさをもった快感となったことで徐々に大きく変化する自分の股間に目を落とす。
「っ、ふぅ、」
身体の具合を心配されながら、男性器を勃たせている皇帝の姿などセドリックには見せられない。
ヴィクトールは席を立つとふらふらと隣にある仮眠室へと急ぐ。
「陛下、大丈夫ですか、医師を─── 「っ、ああ、セドリック・・・俺は大丈夫だ。 少し横になる。 此処は頼むぞ?」」
すぐに身体を支えようとしたセドリックを制し、逃げるように仮眠室に入ったヴィクトールは扉に鍵をかけて寝台に身を投げた。
深呼吸をしながら目を閉じて魔力制御を試みるが敢え無く失敗して、彼は昂る己の分身に手を当てる。
「っ、最悪だ、何故······、」
皇国では皇族の精は厳重に管理されている。 此処で自慰をするなど許されてはいない。
今すぐに発散させてこの欲の塊を吐き出せたならどんなに良いだろうか。
「っ、く······、」
此処から自室に転移して、浴室まで行って抜くか。
いや、そんな大した事でもないのに。
心の中で葛藤し、ぎゅっとそれを握りしめれば、すぐに部屋に若い男の声が響いた。
「ヴィクトール様、今はご自重下さい」
『くそっ、本当に真面目な奴だな。』
舌打ちをして悪態をつきながら、天井をじっと見つめていると途端、その熱が失われた。
今までの苦痛が嘘のように無くなり、今度はぽっかりと穴の空いたような虚無感に襲われヴィクトールは顔を顰める。
·······待て、なんなんだ?リリアーナはどうして、
そしてヴィクトールがこの状況の意味を知ったのは、それから約一月経った頃だった。
婚儀へ向けた準備等に追われ目の回るような忙しさに、その時の事も記憶から薄れ、リリアーナにも全く面会する事が出来ずにいたその日、彼女の護衛であるシャルロッテが個別に訪ねてきた。
彼女は他人の目を盗むようにヴィクトールが一人の時を狙って執務室に入室してくると、直ぐに跪き皇剣を掲げた。 そして衝撃の事実を話し始めたのだ。
「リリアーナ様が、毎日生気がなくお辛そうで······確信が持てず、直ぐにご報告しなかったこと。 本当に申し訳ございませんでした。」
そんな言葉から始まった彼女の懺悔は、神殿での処女検査の後からのリリアーナの異変。 そして、それを救ってあげられない自分を責めるものだった。
“神殿での検査”と聞き、ヴィクトールは“真名”を呼ばれた時の状況を鮮明に思い出した。 あの日、確かにリリアーナは神殿で検査をしていた筈。
要するに、あれは“真名”による共鳴だったのだ。
“真名”がこれ程深く、感覚まで共有するという事に ヴィクトールは衝撃をうける。 そして同時に直ぐに気付いてあげられなかった罪悪感に苛まれた。
あの苦しみは、彼女が感じていたものだったのか。
あまりの苦しさに、俺の名を呼んだのだろうか?
いまとなっては真実は分からないが、彼女が塞ぎ込んでいる事と少なくとも繋がりはあるのだろう。
ヴィクトールは席を立ち、跪くシャルロッテに目を向けた。
「シャルロッテ、お前の責任ではない。 それに私にはなんの情報も来ていなかったのだ」
窓の側まで歩いていき、外を見て言葉を続ける。
「リリアーナの公爵家(あの)メイドも傍にいないとはな。 ······セドリックか。」
セドリックが情報操作をしていた、という事実にシャルロッテは息を呑む。
「セドリック様が······。 な、何故······、」
「、? あれはそういう奴だ。 どうせ、リリアーナの周りから頼れる存在を消して皇国へ早く馴染ませる為とかだろう。 本当に、困った奴だな」
ヴィクトールは溜息混じりにシャルロッテに向き直り口を開く。
「兎に角、シャルロッテ、今回の件助かったぞ。 早急に、明日辺りにでもリリアーナの所に面会に向かう事にしよう」
彼女が退出した事を確認してから、一人になったヴィクトールは椅子に座り直し手で顔を覆った。
『セドリックには一度きつく叱ってやらなければいけないな』
それに、リリアーナにあんなに辛い思いをさせていたのか。 自責の念に駆られるが、自分の妻にするには避けては通れない、仕方のない事だった。 と感情に蓋をする。 それが自己欺瞞だと分かっていながら。
その翌日、後宮へとリリアーナへ面会をしに向かったヴィクトールは自分の思っていたよりも遥かに傷ついた彼女の姿を見て怒りを露にする事となるのだが、その時の彼はそれほど重要な事だとは認識していなかった。
また、自分の行いに間違いがあったとは微塵も思っていないセドリックも同様に、自分の敬愛する主君から怒りの鉄槌が下るなど想像もしていなかったのである。
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