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4. 繰り返される、日々
リリアーナは後宮の私室にいた。
朝から教育係であるジゼッタが来て、座学の淑女教育をして昼食を取り、夜まで刺繍や舞踏会のためのダンスの練習などをして夕食をとって寝る。
この同じ事の繰返しをもう何日やっているのだろうか。 まるで、籠の中の鳥、である。
後宮の外の話は厳重に管理されているようで自分には何も分からない。
そんな単調に繰り返される日々の、ある日の午後、護衛のシャルロッテがお菓子を持ってやってきた。
専属侍女だったラナーは皇城のメイド業に慣れるためという名目で今はリリアーナの傍にはいない。
そのため実質彼女に心を許せる相手はおらず、唯一の救いは護衛のシャルロッテだけだったのだ。
「リリアーナ様! お茶にしましょう?」
にっこりと微笑む彼女にリリアーナも自然と笑みが零れる。
「······っ、(あんなに儚い笑顔を······、)」
「シャル、今日は一緒にどうかしら?」
「はい、ではご一緒させて頂いてもいいですか?」
本来、護衛が主人とお茶をする事はない。
だが、ここ最近ずっと元気がないリリアーナを心底心配していたシャルロッテはその提案に乗ることにした。
「リリアーナ様、大丈夫ですか? 私は本当に心配しているのです。 あの男たちは女性の気持ちなんて考えていないんですから。 罰が当たればいいのに。」
「ふふっ。 そんな事言ってはだめよ。 皆さんお忙しいのでしょう」
”あの男たち”というのはきっと、皇国の上の人間たちを指しているのだろう。 少し笑顔を見せたリリアーナにシャルロッテは最も気になっていた事を聞くことにした。
「リリアーナ様? 最初に神殿に行った後から様子がお変わりになりましたね。 あそこで、何があったのですか? 私で良ければ、、頼ってください。」
あの日······。 身体検査のために神殿に行った日。
思い出したくもない記憶が蘇り、リリアーナは感情の抜け落ちたような表情で遠い目をした。
あの日以降、毎日夕方になればマチルダ医師が後宮にやってきて注射(あれ)を打つのだ。
変わった事といえば、そのあと直ぐに魔力安定剤という薬を飲むと少し早めに落ち着くようになったこと。
変わらないのは、あの日受けた検査で心にぽっかりと穴が開いたようになっていることだ。
それは、ヴィクトールがこの皇国に到着して以降、一切会いに来てくれていない事も大きく関係していた。
彼女には信頼できる者が誰一人いないのだから。
「リリアーナ様、この国はヴィクトール陛下が即位されてから素晴らしい発展を遂げています。 ですが、変わらない事もあります」
シャルロッテはリリアーナの瞳を真っ直ぐ見た。
「この国の神殿は女性に辛い思いを強いている傾向があります。 もし、嫌であれば、しっかりと陛下に······、」
そこまで言うと、シャルロッテはさっと立ち上がって緊張感を漂わせ部屋の扉を凝視する。
「シャル、どうしたの······ 「諄い! 退けと言っている。 二度はないぞ、」」
リリアーナの声が外で聞こえる怒鳴り声に掻き消され、扉の外から漏れ出した濃い闇にシャルロッテは身震いした。
主が本気で、怒っている。と確信したためだ。
そしてそれから直ぐに、バタンと大きな音を立てて部屋に入ってきたのは、この国の皇帝ヴィクトール、その人であった。
「リリアーナ、」
「・・・」
リリアーナは紅茶を啜ったまま動かない。
言葉すらも発する事のない彼女をヴィクトールは目で捉え、続いてシャルロッテを睨んだ。
「シャル、退出せよ、」
「はっ。お心のままに」
シャルロッテは心の中でリリアーナに謝罪した。
だが、シャルロッテとて、ここでヴィクトールに刃向かい殺されたくはない。
それに、ヴィクトールがリリアーナに手を出すはずがないと分かっての事だ。
シャルロッテが退出すると、ヴィクトールは足早にリリアーナに近づいてその肩を掴んだ。
「リリアーナっ!」
途端、リリアーナの手から陶器のカップが落ちてガシャンっと音を立てて床に砕け散る。
「─────っ!」
ヴィクトールは息を呑む。
そして直ぐにリリアーナを抱きしめた。
無言で座っていた彼女の大きな瞳から大粒の涙がぽろぽろと止めどなく零れ落ちていたからだ。
「リリ······ィ、っ、」
リリアーナはヴィクトールに抱き締められたその腕の中で声を押し殺し歯を食いしばっていた。
「辛い思いをしたな。 俺への情報が止められていた。 気づくのが遅くなって、すまない」
リリアーナは皇帝であるヴィクトールが謝罪の言葉を紡いだ事に驚いて顔をあげる。
「ヴィクトールさまが······謝ることでは······、」
「貴女の専属侍女も下げられたと聞いた。 真に助けになれる奴もいなかったろう? 本当に寂しい思いをさせた」
「それは······、」
「それに、神殿での検査は辛かったろう。 俺は女ではないから、あまり分かってやれないが。 あれは屈辱的なものだと聞く。 まあ、かといって止めてやる事はできなかったのだが······」
ヴィクトールはリリアーナを横抱きにしてソファに腰を下ろすと彼女の美しい髪を優しく撫でた。
その穏やかな彼の声にリリアーナは凍りついた心が溶かされていくのを感じて彼の腕をそっと掴む。
「今後、このような事はないようにする。 もし何かあれば、シャルロッテに言えばしっかり俺に届くだろう。 それか俺の真名を呼んでくれ」
涙で濡れたリリアーナの頬を拭い、しっかり目線を合わせながらそう言ったヴィクトールは、申し訳なさそうな表情で言葉を続けた。
「リリアーナ、俺は貴女をどうしても離せない。
許してくれ。 求婚の際、貴女は“不本意だ”と言ったが、今後本当に不本意だと思う事があるだろう。 ······だが、俺を信じてほしい」
全てが終わった後には、君を一生大事にするから。
その言葉にリリアーナはゆっくりと頷く。
どこまで信じられるかわからないが、信じようとする気持ちは大切だろう。
それに、やはり心の支えはとても大事なものらしい。 相談できる相手もいなかったため孤独だったのだ。 今日、ヴィクトールに会って大分気持ちが救われたような気がする。
「今日ヴィクトール様にお会いできて、本当に良かった。 とても、楽になりました。」
「力になれたのであれば良かった。 それと、リリィ、明日からは閨事の勉強に専念してくれるだろうか? 私たちの婚儀までもう一月しかないんだ。」
流石に何も知識がないのは困るからな、と最後につけ加えながらヴィクトールは彼女の額に口づけを落とし、そそくさと部屋を出ていった。
婚儀まであと一月という衝撃の事実に、リリアーナは落ち込んでばかりいた自分を戒める。
今だって、執務で忙しい合間を縫って会いに来てくれたのだろう彼は、時間を気にしながらも、自分の話はしっかりと聞いてくれた。
この国の皇帝である彼を心配させてしまった挙げ句、本来は入ってはいけない後宮にまで来させてしまったのだ。
自分もしっかりとしなくてはいけない。 鞭打って自らを奮い立たせたリリアーナにはその日を境にマダム・ジゼッタによる閨事の座学が追加されたのである。
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