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◆第二章 ①
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自然豊かな森林と丘陵、蒸気都市が共存するフリューゲルハイン国は、四季がはっきりしている。
夏に差しかかろうというこの時季は気温がぐんと上がり、蒸気と日差しの暑さを強く感じるようになって、植物の生長が著しい。
アパートメントの薬草園でブリキのじょうろで水を遣りながら、エーデルミラは眩しい日差しに目を細めた。朝の時点でこんなに暑いのだから、今日はかなり気温が上がりそうだ。
伸びた薬草を摘んで煎じなければならないが、何となく気乗りがせず夕方にしようと考える。部屋に戻ると以前に比べて格段に雑多になった雰囲気で、物憂いため息をついた。
(少し片づけなければ駄目ね。でも今日はギルドの定期会合に出なきゃいけないから、帰ってきてからにしようかしら)
半月ほど前まで、家の中のことは養い子であるジークがすべてやってくれていた。
だが彼が出ていき、今のエーデルミラは一人だ。家の掃除や整理整頓、食事の用意や薬草園の世話、日用品の買い出しに至るまですべて自分でやらなければならず、精霊に対価を提示して代行してもらうのがほとんどだった。
それはジークを引き取るまでは当たり前だった日常で、元の生活に戻っただけだといえる。しかし彼がすべてやってくれるのに慣れていたために煩わしさは否めず、エーデルミラは日々憂鬱を深めていた。
(前と比べてちょっとだけ不便だと思ってるだけで、ジークを追い出したことを後悔してるわけじゃないわ。……わたしにあんなことをしたんだから、元どおりに一緒に暮らせるはずがないし)
数ヵ月前からジークのスキンシップが激しくなり、ときどきドキリとするような接触をしてくるようになって、エーデルミラは困惑しつつも「女性に興味を持つ年頃だから」と考えていた。
しかし彼は、長いことこちらを異性として見ていたらしい。あの行為がただの好奇心ではなく、愛情があってのものだったことは、触れる手つきや熱を孕んだ眼差しから如実に伝わってきた。
だがそれで許せるかというと、話は別だ。こちらの意思を無視して身体を奪うことは暴力に等しく、思い出すだけでふつふつとした怒りがこみ上げる。
あれ以降、ジークからの接触は一切ない。彼が出ていって一週間ほど経った頃、首都ルーネンヴァハト全域を範囲にして魔力探知をしてみたものの、その気配を見つけることはできなかった。
ジークが首都以外の都市、もしくは国外に出たのかもしれないと思うと、エーデルミラは何ともいえない気持ちになる。
(別にジークのことなんか、心配してない。女受けのいい顔だからどこかの女とよろしくやってるかもしれないし、魔術師として身を立てているのも考えられるわ。どちらにせよ、わたしにはもう関わりのないことなんだから)
そう考える一方、彼の整った顔や醸し出す穏やかな空気感、いつも居心地よく整えられていた家の中を思い出すと、胸の奥がぎゅっとする。
今さら一緒に過ごした日々に未練を持つなど、ひどく滑稽だ。ジークがもたらす生活がこれ以上ないほど快適だったからこそ、それを失くしてほんの少し感傷的な気持ちになっているに違いない。
そう結論づけたエーデルミラは書斎に向かい、預かっている魔導書を開いて解読作業を始める。
この国における魔女の仕事は幅広く、病気や怪我に効く治療薬や特殊効果を持つ魔法薬を調合したり、依頼を受けて魔法による殺人や魔道具の悪用などといった事件の捜査をしたり、都市や重要な施設を守るための結界の構築と維持に携わったりと、さまざまだ。
古い魔導書や文献を解読し、一般に知られていない魔法や古代文明の技術を発掘するのもそのひとつで、国立魔導研究所から定期的に依頼されている。
ほとんどは所属するギルドを通じてもたらされる仕事であり、難易度の高い案件をこなすほど報酬も破格だ。
だが忙しくなれば家の中がおろそかになるのは必至で、山のような資料と文献に埋もれて作業をするエーデルミラは、精霊に自動書記をさせながらじっと考える。
(やっぱりこんなに雑然としていては心が荒むし、誰か家事をしてくれる人を雇おうかしら。男性だと何かと面倒だから、物静かな女性とかがいいかも)
とはいえ気配が邪魔にならない人間というのが第一で、相性がいい人間に出会うまでに一体何人と面接しなければならないのかを考えると、うんざりする。
午後になって仕事を一段落させたエーデルミラは、魔女ギルドの定期会合に出掛けるべく衣裳部屋で着替えを始めた。
月に二度ある会合は、特異契約者である上級魔女七名と選出された新人魔女三名で行われるもので、正装が義務づけられている。そのため、長袖のシンプルな黒いロングドレスを着用し、同じく黒のローブを羽織って、胸元にギルドの紋章をかたどった銀のブローチをつけた。
フェルト製のつば広帽を被ると完成で、鏡で全身をチェックしたエーデルミラは外に出る。辻馬車に乗って向かった先は、ブリュッケ地区の外れにある〝黒の糸紡ぎ〟のギルド本部だ。
国内でも有名なギルドの所属人数は現在一二二名で、国家資格を取ったばかりの若手から数百年の経験を持つ熟練の者まで、幅広い年齢の魔女たちが所属している。
かつての貴族の館を改装したそこは石造りの古い建物で、壁には蔦が絡まり、黒い鉄の塀で囲まれていた。
固く閉ざされた門扉の前までやって来たエーデルミラは、鍵の部分に右手をかざす。するとギルドの一員であることを示す魔女の刻印が光り、鉄扉が軋みながらひとりでに開いていった。
花が咲き乱れる美しいアプローチを抜けてオーク製の玄関ドアを開けると、そこは錬鉄製の大きなシャンデリアが吊り下げられた広いホールになっており、柔らかな光で照らされている。
正面の壁にはギルドの紋章が入ったタペストリーが掛けられ、歴代のギルド長の肖像画と珍しい蝶や虫の標本が飾られていた。
館内には大きな図書館があり、天井まで届く本棚には古文書や羊皮紙に書かれた魔導書、ギルドで扱った過去の事件記録などが所狭しと並べられていて、真ん中に置かれたテーブルと椅子で調べ物ができるようになっている。
他にも、希少な薬草や鉱物を取り揃えた調合室や、天体観測をするための部屋、休憩室などがあり、あちこちで魔女が作業や調べ物をしたり、彼女たちに同行してきた従者が立ち話をしていた。
ハーブと古い紙の匂いが漂う中、エーデルミラが向かったのは上階にある円卓の間だった。分厚い絨毯が敷かれた室内は磨き上げた木製の調度品で統一されていて、マホガニー製の棚の上には複雑な文様が彫られた水晶玉や古い砂時計が置かれている。
壁にはフリューゲルハイン国の地図が貼られ、現在ギルドのメンバーが派遣されている地域に貴石がついたピンが刺さっていた。
中には既に数人の魔女がいて、微笑んで声をかけてくる。
「エーデルミラ、ごきげんよう」
真っ先に挨拶してきたのは、〝鋼鎖の魔女〟ヴィエラ・アルテンローゼだ。
燃えるような赤毛を持つ彼女の見た目は三十歳くらいだが、実年齢はエーデルミラに近い二一一歳で、左腕が魔導外殻で造られた頑丈な義手になっている。
封界に住む悪魔〝ファス=ハグナ〟と契約し、左腕を捧げることで触れたものの魔力を無効化する力と強力な封印結界術を有していて、邪悪な魔術師を捕まえる場面でこそ真価が発揮される魔女だ。
エーデルミラは円卓に歩み寄りつつ、ヴィエラに微笑んで応えた。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、エーデルミラ。あなた、今日はいつも連れてる子と一緒に来ていないそうね。どうして?」
彼女の隣から甘く澄んだ子どもらしい声で問いかけてきたのは、〝契鍵 の魔女〟ゼリーナ・グリムハルトだ。
見た目が十歳ほどで人形のように可愛らしい容姿の彼女は、実年齢が三〇九歳で、自らの心臓を代償にいにしえの神〝レーベン・クルーゼ〟と契約しており、精霊との契約破棄や再契約の仲介に長けている。
どうやらエーデルミラがジークを連れていないことを既に精霊から耳打ちされていたらしく、興味津々の表情で問いかけてくるゼリーナに、エーデルミラはさらりと答えた。
「家から追い出したの。だからもういないのよ」
すると魔女たちが驚き、口々に問いかけてくる。
「追い出したって、ジークを? あんないい子なのに」
「そうよ。一体何があったの?」
エーデルミラが十四年前に奴隷として売られていた子どもを気まぐれに買ったこと、人目を引く美青年に成長した彼を従者として常に連れ歩いていたことは、魔女たちの間で周知の事実だ。
こうして聞かれるのはわかっていたため、「いろいろね」と曖昧に言葉を濁すと、彼女らはなおも食い下がってくる。
「えー、気になるわ」
「ルオーラ、ちょっと記憶を視てくれない? エーデルミラがどうしてジークを追い出したのか、知りたいでしょ」
水を向けられたのは、〝深眼の魔女〟ルオーラ・マウルバッハだ。
両目に黒い布を巻いて隠している彼女は十七歳くらいの見た目で、真っすぐな金髪も相まって聖女のように神秘的な雰囲気を漂わせている。
幻獣〝メト・アマリル〟と契約しているルオーラは、視覚はないものの目の前の人や場所の記憶を読み取る力があり、エーデルミラはすかさず彼女に告げた。
「やめて。勝手にわたしの記憶を視るのは、信頼を著しく損なう行為よ」
自分とジークの間に何があったかを他人に知られるなど、冗談ではない。
言葉の裏に「こちらの気持ちを無視して勝手に記憶を視るなら、実力行使も辞さない」という恫喝を込めてルオーラを見つめると、それを察した彼女がニッコリ笑う。
「確かにそうね。エーデルミラを怒らせたら怖いから、やめておくわ」
そんなルオーラの答えに残念そうな顔をした彼女たちは、口々に言った。
「あんなにきれいな子を追い出すなんて、勿体ないわ。飾っておきたくなる美青年なんて、滅多にいないでしょ」
「そうよ。あなたがいらないなら、私にくれればよかったのに」
そこで白髪の上品な老女がギルドに加入したばかりの新人魔女三人と共に部屋に入ってきて、上座に座る。
その場にいる全員の頭の中に、穏やかな女性の声が響いた。
「《時間です。皆さん、着席してちょうだい》」
夏に差しかかろうというこの時季は気温がぐんと上がり、蒸気と日差しの暑さを強く感じるようになって、植物の生長が著しい。
アパートメントの薬草園でブリキのじょうろで水を遣りながら、エーデルミラは眩しい日差しに目を細めた。朝の時点でこんなに暑いのだから、今日はかなり気温が上がりそうだ。
伸びた薬草を摘んで煎じなければならないが、何となく気乗りがせず夕方にしようと考える。部屋に戻ると以前に比べて格段に雑多になった雰囲気で、物憂いため息をついた。
(少し片づけなければ駄目ね。でも今日はギルドの定期会合に出なきゃいけないから、帰ってきてからにしようかしら)
半月ほど前まで、家の中のことは養い子であるジークがすべてやってくれていた。
だが彼が出ていき、今のエーデルミラは一人だ。家の掃除や整理整頓、食事の用意や薬草園の世話、日用品の買い出しに至るまですべて自分でやらなければならず、精霊に対価を提示して代行してもらうのがほとんどだった。
それはジークを引き取るまでは当たり前だった日常で、元の生活に戻っただけだといえる。しかし彼がすべてやってくれるのに慣れていたために煩わしさは否めず、エーデルミラは日々憂鬱を深めていた。
(前と比べてちょっとだけ不便だと思ってるだけで、ジークを追い出したことを後悔してるわけじゃないわ。……わたしにあんなことをしたんだから、元どおりに一緒に暮らせるはずがないし)
数ヵ月前からジークのスキンシップが激しくなり、ときどきドキリとするような接触をしてくるようになって、エーデルミラは困惑しつつも「女性に興味を持つ年頃だから」と考えていた。
しかし彼は、長いことこちらを異性として見ていたらしい。あの行為がただの好奇心ではなく、愛情があってのものだったことは、触れる手つきや熱を孕んだ眼差しから如実に伝わってきた。
だがそれで許せるかというと、話は別だ。こちらの意思を無視して身体を奪うことは暴力に等しく、思い出すだけでふつふつとした怒りがこみ上げる。
あれ以降、ジークからの接触は一切ない。彼が出ていって一週間ほど経った頃、首都ルーネンヴァハト全域を範囲にして魔力探知をしてみたものの、その気配を見つけることはできなかった。
ジークが首都以外の都市、もしくは国外に出たのかもしれないと思うと、エーデルミラは何ともいえない気持ちになる。
(別にジークのことなんか、心配してない。女受けのいい顔だからどこかの女とよろしくやってるかもしれないし、魔術師として身を立てているのも考えられるわ。どちらにせよ、わたしにはもう関わりのないことなんだから)
そう考える一方、彼の整った顔や醸し出す穏やかな空気感、いつも居心地よく整えられていた家の中を思い出すと、胸の奥がぎゅっとする。
今さら一緒に過ごした日々に未練を持つなど、ひどく滑稽だ。ジークがもたらす生活がこれ以上ないほど快適だったからこそ、それを失くしてほんの少し感傷的な気持ちになっているに違いない。
そう結論づけたエーデルミラは書斎に向かい、預かっている魔導書を開いて解読作業を始める。
この国における魔女の仕事は幅広く、病気や怪我に効く治療薬や特殊効果を持つ魔法薬を調合したり、依頼を受けて魔法による殺人や魔道具の悪用などといった事件の捜査をしたり、都市や重要な施設を守るための結界の構築と維持に携わったりと、さまざまだ。
古い魔導書や文献を解読し、一般に知られていない魔法や古代文明の技術を発掘するのもそのひとつで、国立魔導研究所から定期的に依頼されている。
ほとんどは所属するギルドを通じてもたらされる仕事であり、難易度の高い案件をこなすほど報酬も破格だ。
だが忙しくなれば家の中がおろそかになるのは必至で、山のような資料と文献に埋もれて作業をするエーデルミラは、精霊に自動書記をさせながらじっと考える。
(やっぱりこんなに雑然としていては心が荒むし、誰か家事をしてくれる人を雇おうかしら。男性だと何かと面倒だから、物静かな女性とかがいいかも)
とはいえ気配が邪魔にならない人間というのが第一で、相性がいい人間に出会うまでに一体何人と面接しなければならないのかを考えると、うんざりする。
午後になって仕事を一段落させたエーデルミラは、魔女ギルドの定期会合に出掛けるべく衣裳部屋で着替えを始めた。
月に二度ある会合は、特異契約者である上級魔女七名と選出された新人魔女三名で行われるもので、正装が義務づけられている。そのため、長袖のシンプルな黒いロングドレスを着用し、同じく黒のローブを羽織って、胸元にギルドの紋章をかたどった銀のブローチをつけた。
フェルト製のつば広帽を被ると完成で、鏡で全身をチェックしたエーデルミラは外に出る。辻馬車に乗って向かった先は、ブリュッケ地区の外れにある〝黒の糸紡ぎ〟のギルド本部だ。
国内でも有名なギルドの所属人数は現在一二二名で、国家資格を取ったばかりの若手から数百年の経験を持つ熟練の者まで、幅広い年齢の魔女たちが所属している。
かつての貴族の館を改装したそこは石造りの古い建物で、壁には蔦が絡まり、黒い鉄の塀で囲まれていた。
固く閉ざされた門扉の前までやって来たエーデルミラは、鍵の部分に右手をかざす。するとギルドの一員であることを示す魔女の刻印が光り、鉄扉が軋みながらひとりでに開いていった。
花が咲き乱れる美しいアプローチを抜けてオーク製の玄関ドアを開けると、そこは錬鉄製の大きなシャンデリアが吊り下げられた広いホールになっており、柔らかな光で照らされている。
正面の壁にはギルドの紋章が入ったタペストリーが掛けられ、歴代のギルド長の肖像画と珍しい蝶や虫の標本が飾られていた。
館内には大きな図書館があり、天井まで届く本棚には古文書や羊皮紙に書かれた魔導書、ギルドで扱った過去の事件記録などが所狭しと並べられていて、真ん中に置かれたテーブルと椅子で調べ物ができるようになっている。
他にも、希少な薬草や鉱物を取り揃えた調合室や、天体観測をするための部屋、休憩室などがあり、あちこちで魔女が作業や調べ物をしたり、彼女たちに同行してきた従者が立ち話をしていた。
ハーブと古い紙の匂いが漂う中、エーデルミラが向かったのは上階にある円卓の間だった。分厚い絨毯が敷かれた室内は磨き上げた木製の調度品で統一されていて、マホガニー製の棚の上には複雑な文様が彫られた水晶玉や古い砂時計が置かれている。
壁にはフリューゲルハイン国の地図が貼られ、現在ギルドのメンバーが派遣されている地域に貴石がついたピンが刺さっていた。
中には既に数人の魔女がいて、微笑んで声をかけてくる。
「エーデルミラ、ごきげんよう」
真っ先に挨拶してきたのは、〝鋼鎖の魔女〟ヴィエラ・アルテンローゼだ。
燃えるような赤毛を持つ彼女の見た目は三十歳くらいだが、実年齢はエーデルミラに近い二一一歳で、左腕が魔導外殻で造られた頑丈な義手になっている。
封界に住む悪魔〝ファス=ハグナ〟と契約し、左腕を捧げることで触れたものの魔力を無効化する力と強力な封印結界術を有していて、邪悪な魔術師を捕まえる場面でこそ真価が発揮される魔女だ。
エーデルミラは円卓に歩み寄りつつ、ヴィエラに微笑んで応えた。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、エーデルミラ。あなた、今日はいつも連れてる子と一緒に来ていないそうね。どうして?」
彼女の隣から甘く澄んだ子どもらしい声で問いかけてきたのは、〝契鍵 の魔女〟ゼリーナ・グリムハルトだ。
見た目が十歳ほどで人形のように可愛らしい容姿の彼女は、実年齢が三〇九歳で、自らの心臓を代償にいにしえの神〝レーベン・クルーゼ〟と契約しており、精霊との契約破棄や再契約の仲介に長けている。
どうやらエーデルミラがジークを連れていないことを既に精霊から耳打ちされていたらしく、興味津々の表情で問いかけてくるゼリーナに、エーデルミラはさらりと答えた。
「家から追い出したの。だからもういないのよ」
すると魔女たちが驚き、口々に問いかけてくる。
「追い出したって、ジークを? あんないい子なのに」
「そうよ。一体何があったの?」
エーデルミラが十四年前に奴隷として売られていた子どもを気まぐれに買ったこと、人目を引く美青年に成長した彼を従者として常に連れ歩いていたことは、魔女たちの間で周知の事実だ。
こうして聞かれるのはわかっていたため、「いろいろね」と曖昧に言葉を濁すと、彼女らはなおも食い下がってくる。
「えー、気になるわ」
「ルオーラ、ちょっと記憶を視てくれない? エーデルミラがどうしてジークを追い出したのか、知りたいでしょ」
水を向けられたのは、〝深眼の魔女〟ルオーラ・マウルバッハだ。
両目に黒い布を巻いて隠している彼女は十七歳くらいの見た目で、真っすぐな金髪も相まって聖女のように神秘的な雰囲気を漂わせている。
幻獣〝メト・アマリル〟と契約しているルオーラは、視覚はないものの目の前の人や場所の記憶を読み取る力があり、エーデルミラはすかさず彼女に告げた。
「やめて。勝手にわたしの記憶を視るのは、信頼を著しく損なう行為よ」
自分とジークの間に何があったかを他人に知られるなど、冗談ではない。
言葉の裏に「こちらの気持ちを無視して勝手に記憶を視るなら、実力行使も辞さない」という恫喝を込めてルオーラを見つめると、それを察した彼女がニッコリ笑う。
「確かにそうね。エーデルミラを怒らせたら怖いから、やめておくわ」
そんなルオーラの答えに残念そうな顔をした彼女たちは、口々に言った。
「あんなにきれいな子を追い出すなんて、勿体ないわ。飾っておきたくなる美青年なんて、滅多にいないでしょ」
「そうよ。あなたがいらないなら、私にくれればよかったのに」
そこで白髪の上品な老女がギルドに加入したばかりの新人魔女三人と共に部屋に入ってきて、上座に座る。
その場にいる全員の頭の中に、穏やかな女性の声が響いた。
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