男嫌いな魔女ですが、養い子に夜ごと(こっそり)溺愛されてました 追い出したはずなのに再会して全力で迫られています

西條六花

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 グリュンフェルトがこちらに駆け寄ろうとしたものの、ジークフリートは彼に向かって鋭く声を上げる。
「来るな! 大丈夫だから」
 すぐさま回復魔法をかけて立ち上がったジークフリートを見つめ、グスタフが勝ち誇った顔で言う。
「ふん、幼い頃に神童と言われていたお前だが、存外たいしたことないな。つい最近まで魔法も使えなかったんだろう? その程度の力なら、この僕の敵ではない」
 彼の言葉には応えず、ジークフリートは手をかざして魔力を込める。
 そして炎系上位魔法の詠唱を始めた。
「――《来たれ紅蓮の炎よ。大地を穿ち、空気を熱し、絶え間なき業火の杭をもって我が敵を灰燼かいじんと化せ》」
 それを聞いたグスタフがハッと息をのみ、咄嗟に水系の防御魔法を唱えてそれを防ごうとする。
 しかし上位魔法は、丁寧に詠唱をするほど言霊の力で威力が増すものだ。ジークフリートが《火柱穿天術フラムメンゾイレ》を唱えた瞬間、彼の足元からドォンという轟音と共に激しい火柱が吹き上がり、灼熱の炎に一気に全身を包まれたグスタフが声にならない悲鳴を上げた。
「……っ!」
 激しい火柱が天を衝くほどの勢いで赤々と燃え上がり、やがて勢いが収束して、炎の中で焼き尽くされた彼がガクリと膝をつく。
 真っ黒になったグスタフはまだかろうじて息はあるようだが、すぐに回復しなければ生存率は極めて低いだろう。そう判断し、騎士団の者たちの戦況を確認しようとしたジークフリートだったが、空が急速に暗くなっていく。
(これは誰かの魔法か? まさか――……)
 次の瞬間、空に形成された巨大な魔法陣から、真っ赤な流星が次々と降り注ぐ。
 ジークフリートは咄嗟に自分が使える一番強い防御魔法で、我が身を守った。
「……っ!」
 ――それは、この世の終わりを思わせる凄まじい勢いの流星群だった。
 灼熱の巨大なつぶてが地鳴りを起こしながらいくつも天から降り注ぎ、敵も味方も関係なく辺りにいた者たちを押し潰していく。
 息を詰めて何とか圧に耐え、ようやく鎮まって目を開けると、辺りは木々がなぎ倒されてあちこちで火災が発生しつつあった。
 地面には多くの人間が呻きながら倒れ、その中には騎士団長のバルトロメウス、護衛騎士のグリュンフェルトとシュトラッサーも含まれている。
 血まみれの彼らを見たジークフリートは、顔色を変えた。
(すぐに彼らを回復しなければ。そして……)
 すると低い美声が、背後の間近で響いた。
「――高位悪魔にして深淵の王〝アズ=ゼルヴァス〟の魔法を凌ぐとは、さすが王子殿下だ。称賛に価します」
 バッと振り返ると、そこには三十代半ばの銀髪の男が立っている。
 長い銀の髪を赤いリボンで結わえた彼は、シンプルなスタンドカラーシャツに黒のテーラードジャケットとベスト、トラウザーズという服装で、品よく優雅だ。
 整った顔立ちには知性と余裕が漂っており、低い美声とスラリとした長身を持つその男の右手には、魔術師であることを示す刻印が刻まれている。
 彼――リヒャルト・エーレンフェルスの後ろには人間の倍ほどの背丈を持つ異形の者が浮かんでいて、山羊に似た角や背中に生えた蝙蝠の翼、左右の色が異なる瞳孔が縦長の蛇眼が異様な雰囲気を放っていた。
 おそらくこの異形が、エーレンフェルスが契約しているもののうちの一体なのだろう。たった今目の前で展開された魔法は天変地異に匹敵するほどの威力で、ジークフリートはじわりと冷や汗がにじむのを感じた。
(この男が契約している精霊は、最低でも三体いると言っていた。一体でもこれほど力があるのに、他の者も召喚されたら……)
 そんなこちらの焦りをよそに、彼が微笑んで口を開いた。
「先ほど《干渉断絶結界アブグレンツフェルト》を無効化されたときは、驚きました。あなたの術式構造を瞬時に読み解く能力は、目を瞠るものがある。国王の御子の中では、一番魔術師の素質がある方かもしれませんね」
「お前がエーリッヒ兄上に取り入った理由は何だ。それほどまでの力があるなら、誰かに仕えたりせず自分で何かを成したほうが早いだろう。それなのに」
 するとエーレンフェルスが、ニッコリ笑って答える。
「私はエーリッヒ殿下のお人柄と将来性に心酔し、お仕えしているだけですよ。あの方が王になるお手伝いができたらと思い、配下の末席に加えていただいただけです」
「御託はいい。この期に及んで取り繕う必要はないから、本音で話してくれないか」
 それを聞いた彼が「ふうん」という顔でじっとこちらを見つめ、やがて口元に笑みを浮かべて言う。
「――まあ、ここには本人がいないので本音で話しましょうか。あのぼんくら王子をあるじに選んだのは、おだてれば上手く操縦しやすそうだったからです。私の野望のためにね」
「野望?」
「魔導大国として名高いこの国を我が物とするのも、一興かと思いまして。長く生きてきて大抵のものは手に入れましたが、国までは難しい。ならば中枢に入り込んで王位継承争いを起こし、御しやすい一人を王の座に就けて、その後意のままに動く傀儡かいらいにすればこの国は私のものになると考えたのです」
 いわば〝ゲーム〟なのだとにこやかに説明し、エーレンフェルスが言葉を続ける。
「エーリッヒは神経質な性格で用心深く、初めは異国の魔術師である私をひどく警戒していました。ですから聞こえのいい言葉で彼の矜持をくすぐり、私が役に立つことの証として、王太子フリードリヒに呪詛を仕掛けてみせたのです。その結果、フリードリヒは倒れて王太子の責務を遂行することが難しくなり、国王アルブレヒトが新たな後継者を選出すると宣言しました。以後、エーリッヒは私に全幅の信頼を置くようになったのです」
 それを聞いたジークフリートは、表情を険しくしてつぶやく。
「兄上を呪ったのは、やはりお前だったのか。エーレンフェルス」
「私が契約している精霊のひとつに、深界に住まう憎悪の精霊〝シュティレゲスト〟がおります。純粋な怒りの概念から生まれた精霊で、火属性に近い特性を持ち、精神干渉が得意です。この精霊が使う〝グルート・デア・灼熱シュルド〟という魔法は、対象の過去の罪に〝火〟という形を与え、その罪を償わないかぎり心臓を内側から焼き続ける強固な呪いとなります。王太子フリードリヒの心の中には、幼い末弟を襲って記憶と魔力を封印し、異国に売り飛ばしてしまったという罪悪感が常にあったのでしょうね。いまだ苦しみ続けているということは、彼の罪の意識は相当根深かったのだと思います」
 彼が「お見せしましょうか」と言うのと同時に、背後にブワッと大きな黒煙の塊が現れる。
 それは明確な形を持たないものの、顔の部分に赤く爛れた眼窩のような二つの光点が浮かび、鋭い鉤爪のついた四本の腕があって、全身から激しい憎しみの感情を発していた。離れたところからでも〝シュティレゲスト〟の禍々しい魔力を感じ、ジークフリートはぐっと唇を引き結ぶ。
 するとエーレンフェルスが、「ところで」と口を開いた。
「あなたはエーデルミラを、ご自身の陣営に引き入れたようですね。彼女が奴隷を買って養育していたのも驚きですが、それ以上に年端もいかぬ若造に肌を許したのが意外でした。エーデルミラは非常に誇り高い性格のはずですが、どうやって懐柔したのですか?」
 ジークフリートはそれには答えず、抑えた声音で問いかけた。
「お前が一八二年前にあの方に何をしたのか、詳しい話を聞いた。わざわざこの国に呼び寄せて再び接触したのは、歪んだ欲望の餌食にするためか」
 するとエーレンフェルスが眉を上げ、興味深そうにつぶやく。
「ほう、そこまで話したのですか。なるほど、エーデルミラは相当ジークフリート殿下に心を許しているとみえる」
「質問に答えてくれないか」
「もちろん、そのつもりですよ。あれは私の物ですから」
 ニッコリ笑ってそんなふうに言われ、ジークフリートはザワリと血が騒ぐのを感じる。
 エーデルミラを〝あれ〟呼ばわりされたこと、そして当然のように所有権を主張されたことに、強い反発心がこみ上げていた。それと同時に、彼が柔和な表情の下に残虐な性格を隠しているのが事実であると確信し、激しい怒りが湧く。
 エーレンフェルスを正面から見つめ、ジークフリートは静かに告げた。
「彼女には、二度と触れさせない。お前を叩きのめし、過去の所業とこの国の王位継承争いに首を突っ込んだことを後悔させてやる」
「たかが二十年しか生きていない青二才が、ずいぶんと勇ましいことだ。まあ、エーデルミラに纏わりついて不快なのは、こちらも同じです。エーリッヒを王位に就かせるためにはあなたの存在は邪魔ですし、相手をして差し上げましょう」
 ジークフリートは身体の前に手をかざして魔法陣を形成すると、彼に向かって強烈な雷である《穿雷ゼルトナードナー》を放った。
 するとエーレンフェルスが難なくそれを防御し、一定範囲の地面を高温に熱して爆発的に焼く《焦土転化術ブランテーフェルト》を繰り出してきて、咄嗟に熱波や寒波から身を守る《空熱障壁ルフトシュトラール》を築いて防ぐ。
 それを見た彼は、澱んだ闇の波動を広範囲に放出して精神を濁らせる《暗澱波ドゥンケル動術・ヴェレ》を発動したものの、そこに白銀に輝く大きな鳥が現れて高く鳴き、羽ばたきで魔法を跳ね返した。
 エーレンフェルスが、眉を上げて言った。
「霊鳥セレフリード……闇属性の魔法を跳ね返す神鳥ですね。こんな高位の精霊と契約していたとは、驚きだ」
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