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2.死刑
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私を骨まで舐めつくさんとする獰猛な火はすでに、取り返しのつかないほど大きくなって足元に迫っていた。
「やばい、やばいって…!」
私は慌てて身をよじったが、太い縄で縛りつけられた体は少しも自由が利かなかった。死にかけたところを、さらに死にかけるなんてあんまりだ。
ていうか、これはもう、ツミかけているとかそういうレベルじゃない。
ジ・エンドだ。
エンディングロールが流れてもいい時期だ。
誰でもいいから助けてくれ!
強く願ったそのとき、願いとはまるで正反対の、一際大きな風が吹いた。
それはまるで、神からの裁きであるかのように、足元の火を大きく燃え立たせ、たちまち私の体を飲み込んだ。
し
死んだ――
私は目を閉じた。
「…?」
熱くない。
いつまでたっても熱くない。
おそるおそる目を開けると、視界は炎に染められ真っ赤だった。
それでも、全然熱くない。
「…た、助かった…?」
「当たり前だ」
涼しげな男の声は、すぐそばから聞こえた。
「?」
苦労して顔を向けると、赤い炎のなか、そこに一人の青年が立っていた。
いや、立っていたという表現は適切でない。何しろ私は、地上よりはるか上に磔になっているのだから。
彼は浮いていた。
炎と同じ、赤銅色の髪に、真っ赤な瞳をして、つまらなそうに私を見ている。
「誰と契約したと思ってる。シェラ・オーディス」
ええと、わかりませんけど。
「とりあえず縄を切るまではやってやるから、地上に落ちたらあとは自分でなんとか――」
面倒くさそうにぼそぼそ言っていた青年は、途中ではっとして言葉を飲み込んだ。
「お前、魔力はどうした。まるで普通の人みたいになってるぞ」
言うなりたちまち目を疑わし気に細め、私の顔をじっと観察した。
「シェラ・オーディスじゃない?」
あ、ばれた。
「身代わりを用意した? あの一瞬で? 本人はどこだ、おい、どういうことだこれは」
「それはこっちが聞きたいよ!」
青年はしばし考え込むようにじっと視線を固定していが、やがて溜息を一つついて、髪の毛をばりばりかきながらそっぽを向いた。
「なんだ、せっかく面白そうなことが始まると思って契約したのに、結局、自力で身代わり用意してとんずらかよ。興ざめとはこのことだな」
興味が失せたと言わんばかり、ふいっと彼は背を向けた。
「じゃ、あとはがんばって」
「ちょちょちょ!」
私は慌てた。
「た、助けにきてくれたんじゃないの?」
「俺が助けに来たのはシェラ・オーディスだ。残念だが契約してないやつの言うことは聞けない」
にやりと青年は笑った。
「お前も、あの女に言葉たくみに騙されて何も知らずに身代わりにされるなんて、可哀想に。せめて苦しまず一瞬で骨まで灰にしてやるよ」
まずい。
さっと血の気が引いた。本当に死ぬんじゃないか、これ。
その時、ふと思いついたのは、私をだましたあの女の言葉だ。魔法の呪文。今さらだました相手の言葉にすがるなんて我ながら馬鹿馬鹿しいが、ともあれそれしかできることがない。呪文を唱えた瞬間死んだりしたらもうあきらめよう。
私は意を決して口を開いた。
「『ケイヤクワヒキツイダ』!」
何も起こらない。
ただ、青年がはっとして表情を強張らせ、私を睨み付けながら戻ってくる効果はあった。
「今、なんていった?」
「け、『ケイヤクワヒキツイダ』」
そこで青年は私の腰に目をやり、苦々しげに顔をしかめた。
「なんでお前が、契約書を持ってる」
ようやく私は気づいた。町一番ダサいと評判の制服ではなく、真黒のワンピースを着ていた。それに黒いブーツ。まるでシェラと同じ格好だ。腰には二本の細いベルトが巻かれ、剣を留めておくホルスターやウェストポーチが連なっている。もちろん剣はささってないし、軽さからいってポーチのなかは空っぽのようだが、一つだけ、やけに長い筒の中には、丸めた羊皮紙が入っていた。
青年は死神でもみるように忌々しげに羊皮紙をひと睨みし、さんざん迷うように視線をうろつかせて、たっぷり黙り込んでから、ようやく一言絞り出した。
「…どうしたい」
「え?」
「助かりたいのか、灰になりたいのか、どっちだ」
もちろん、答えは決まっている。
「やばい、やばいって…!」
私は慌てて身をよじったが、太い縄で縛りつけられた体は少しも自由が利かなかった。死にかけたところを、さらに死にかけるなんてあんまりだ。
ていうか、これはもう、ツミかけているとかそういうレベルじゃない。
ジ・エンドだ。
エンディングロールが流れてもいい時期だ。
誰でもいいから助けてくれ!
強く願ったそのとき、願いとはまるで正反対の、一際大きな風が吹いた。
それはまるで、神からの裁きであるかのように、足元の火を大きく燃え立たせ、たちまち私の体を飲み込んだ。
し
死んだ――
私は目を閉じた。
「…?」
熱くない。
いつまでたっても熱くない。
おそるおそる目を開けると、視界は炎に染められ真っ赤だった。
それでも、全然熱くない。
「…た、助かった…?」
「当たり前だ」
涼しげな男の声は、すぐそばから聞こえた。
「?」
苦労して顔を向けると、赤い炎のなか、そこに一人の青年が立っていた。
いや、立っていたという表現は適切でない。何しろ私は、地上よりはるか上に磔になっているのだから。
彼は浮いていた。
炎と同じ、赤銅色の髪に、真っ赤な瞳をして、つまらなそうに私を見ている。
「誰と契約したと思ってる。シェラ・オーディス」
ええと、わかりませんけど。
「とりあえず縄を切るまではやってやるから、地上に落ちたらあとは自分でなんとか――」
面倒くさそうにぼそぼそ言っていた青年は、途中ではっとして言葉を飲み込んだ。
「お前、魔力はどうした。まるで普通の人みたいになってるぞ」
言うなりたちまち目を疑わし気に細め、私の顔をじっと観察した。
「シェラ・オーディスじゃない?」
あ、ばれた。
「身代わりを用意した? あの一瞬で? 本人はどこだ、おい、どういうことだこれは」
「それはこっちが聞きたいよ!」
青年はしばし考え込むようにじっと視線を固定していが、やがて溜息を一つついて、髪の毛をばりばりかきながらそっぽを向いた。
「なんだ、せっかく面白そうなことが始まると思って契約したのに、結局、自力で身代わり用意してとんずらかよ。興ざめとはこのことだな」
興味が失せたと言わんばかり、ふいっと彼は背を向けた。
「じゃ、あとはがんばって」
「ちょちょちょ!」
私は慌てた。
「た、助けにきてくれたんじゃないの?」
「俺が助けに来たのはシェラ・オーディスだ。残念だが契約してないやつの言うことは聞けない」
にやりと青年は笑った。
「お前も、あの女に言葉たくみに騙されて何も知らずに身代わりにされるなんて、可哀想に。せめて苦しまず一瞬で骨まで灰にしてやるよ」
まずい。
さっと血の気が引いた。本当に死ぬんじゃないか、これ。
その時、ふと思いついたのは、私をだましたあの女の言葉だ。魔法の呪文。今さらだました相手の言葉にすがるなんて我ながら馬鹿馬鹿しいが、ともあれそれしかできることがない。呪文を唱えた瞬間死んだりしたらもうあきらめよう。
私は意を決して口を開いた。
「『ケイヤクワヒキツイダ』!」
何も起こらない。
ただ、青年がはっとして表情を強張らせ、私を睨み付けながら戻ってくる効果はあった。
「今、なんていった?」
「け、『ケイヤクワヒキツイダ』」
そこで青年は私の腰に目をやり、苦々しげに顔をしかめた。
「なんでお前が、契約書を持ってる」
ようやく私は気づいた。町一番ダサいと評判の制服ではなく、真黒のワンピースを着ていた。それに黒いブーツ。まるでシェラと同じ格好だ。腰には二本の細いベルトが巻かれ、剣を留めておくホルスターやウェストポーチが連なっている。もちろん剣はささってないし、軽さからいってポーチのなかは空っぽのようだが、一つだけ、やけに長い筒の中には、丸めた羊皮紙が入っていた。
青年は死神でもみるように忌々しげに羊皮紙をひと睨みし、さんざん迷うように視線をうろつかせて、たっぷり黙り込んでから、ようやく一言絞り出した。
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