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第30話 過去の記憶
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鬱蒼と茂る森に少女は取り残された。
魔の森。
昼でも薄暗く何が出てくるかわからない不気味さがこの森にはある。
リーネ族の居住区からはるか離れたこの地を王女リーザは、さ迷っていた。
陽が沈みかけている。
夜が来れば魔族たちが跳梁跋扈する。
その前に魔の森を脱出しなければならないが、方角すらわからないようでは、移動先をイメージできず、瞬間移動など自力の脱出は不可能である。
しかも、陽が沈み太陽の力が届かぬのでは、力を使えなくなる。
(こんなところで死ぬわけにはいかない)
リーザは現リーネ族の王で叔父のリーフェイスとその息子、リージェント王子の顔を思い浮かべて唇をかんだ。
前王である父が第6次神魔大戦で戦死したのが3年前。
王妃だった母は1年前、発狂して王宮の最上階から飛び降り自殺をした。
二人は戦死と自殺ということで処理されたが、王位簒奪のため、叔父のリーフェイスが暗殺したのだとリーザは確信している。
リーザは従兄であるリージェント王子との婚約を強要され、離宮に軟禁されていたが、密かに同志を募り、前王と王妃暗殺の証拠を集めていた。
「私の動向に気づかれていたようだな・・・」
魔族狩りの最中、何者かに薬を嗅がされ意識を失い、気づけば魔の森にいた。
すぐに命を奪われなかったのが幸いである。
(誰かが密告したのか)
同志たちの顔を順々に思い出したが、今は犯人探しは後回しにして脱出方法を考えなければならない。
陽は落ちたがソロモンの指輪が灯す金色の明かりで森を歩くことはできる。
しかし、安全な場所で朝を待った方が無難だ。
樹の上や陰はどうだろう。
休む場所を物色していたその時。
「キェー!!!」
雄叫びとともに頭上から複数の人影が降ってきた。
たちまちリーザはオークの群れに囲まれる。
魔族に属するオークは、自分とさほど変わらない背丈であるが、醜く獰猛な牙を口元からのぞかせている。
腰の長剣を抜くが多勢に無勢であり、切り抜けられるのか。
「勇ましい姫君だな」
オークの囲いを抜けて漆黒の髪と瞳の男が優雅な足どりでやってきた。
オークたちが一斉にひざまずく。
息を飲むほどの神々しい美貌。
魔族の王族のみに許された神々の面差しを持つ者と言えば・・・。
「魔王ラディリオンか」
リーザは長剣を握る手に力を込めたが、突然、金縛りで身動きがとれなくなった。
するりと長剣が地面へ落下する。
手足を動かそうとしても石のように重く、睨みつけるのが精一杯だった。
リーザは魔界の王宮へ連れて行かれた。
魔族に捕らえられたリーネ族の末路は悲惨だ。
生きながら皮を剥がされる者、手足や耳を切断され目玉をくり貫かれたり、全身を焼かれたり、苦痛を散々に与えられた後、殺される。
女はさらに悲惨である。
散々、陵辱を受けた後、乳房を切り取られ、局部に槍を刺された状態の死体をリーザは見たことがある。
これ見よがしに、魔族はリーネ族の切り刻んだ死体を打ち捨て、己の仕業を誇示するのである。
親の敵も取れないまま、魔族に汚され生き地獄の中で死ぬのか。
リーザの瞳からクリスタルのような涙がスッーとこぼれ落ちた。
そんな目に遭うくらいなら、自死を選んだ方がマシだが、舌を噛みきろうにも口の中まで麻痺していて、ままならない。
もう、どうとでもなれ。
破れかぶれな心境になった。
果たして、魔王ラディリオンの寝所に通され、屈辱の一夜を過ごすことになる。
太陽の届かぬ魔界では、リーザはなすすべがない。
ラディリオンに求められるがままに体を開き、誰にも踏み込ませたことのない聖域の中へ彼を入れた。
しかし、驚いたことに、ラディリオンとの同衾を不快に感じなかった。
肌と肌がよくなじみ、離れた後が切なくなるくらいだった。
もっと、驚いたのは、行為の後のラディリオンのセリフであった。
「そなたを我が妃として迎えたい」
「は?」
思わずリーザは頓狂な声をあげた。
魔族と婚姻?
信じられないという風に、リーザはまじまじとラディリオンを見た。
リーネ族と魔族双方の王族との婚姻による融合政策を唱えたのは父王だった。
しかし、純血主義である一族の猛反対にあい、政策は頓挫する。
反対者の筆頭が叔父のリーフェイスだ。
(この男、父と同じ考えなのか)
長引く魔族との戦乱にリーネ族は疲弊していた。
王族同士の婚姻は和睦を意味し、前王の考えに共鳴した者は少なくなかったが・・・。
「魔族との婚姻など私の叔父が許すまい」
「現王リーフェイスか。ならば、そなたが女王になって、決定をくだせばよい」
「簡単に言うな。リーネ族を支配しているのは現王だ。
王統は息子のリージェントに受け継がれ、私の出る幕ではない」
「姫君は野心に満ちた瞳をしている。とても王位を諦めているようには見えないぞ」
「・・・・・・」
リーザは見つめられることに照れたように、そっぽを向いた。
「リーネの姫よ。我らは地上の覇権を諦めるつもりはない。
地上で暮らすことは我が一族の悲願であり、一族の望みを叶えるのが王たる私の役目だ。
だが、我らの望みのためにリーネ族を殲滅するつもりはない。」
「私の父も長引く戦いに終止符を打とうと魔族との和睦を画策した。
だが、反対する一派がいて、その頭領である実の弟に父は殺された。
私は王ですらない。むしろ、現王に反抗的な不届き者よ。お前の妃になる価値はないぞ?」
「そなたが私の考えを知っていてくれればよい」
ラディリオンはリーザの腕をつかみ抱き寄せた。
「なっ!?」
リーザは抗ったが、しっかりと抱き留められる。
「リーネの姫よ。私の心臓の音が聞こえるか」
「き、聞こえる!」
「私の鼓動をそなたに捧げる。私の言葉を覚えていてくれ」
口づけをされ、リーザは解放された。
魔の森。
昼でも薄暗く何が出てくるかわからない不気味さがこの森にはある。
リーネ族の居住区からはるか離れたこの地を王女リーザは、さ迷っていた。
陽が沈みかけている。
夜が来れば魔族たちが跳梁跋扈する。
その前に魔の森を脱出しなければならないが、方角すらわからないようでは、移動先をイメージできず、瞬間移動など自力の脱出は不可能である。
しかも、陽が沈み太陽の力が届かぬのでは、力を使えなくなる。
(こんなところで死ぬわけにはいかない)
リーザは現リーネ族の王で叔父のリーフェイスとその息子、リージェント王子の顔を思い浮かべて唇をかんだ。
前王である父が第6次神魔大戦で戦死したのが3年前。
王妃だった母は1年前、発狂して王宮の最上階から飛び降り自殺をした。
二人は戦死と自殺ということで処理されたが、王位簒奪のため、叔父のリーフェイスが暗殺したのだとリーザは確信している。
リーザは従兄であるリージェント王子との婚約を強要され、離宮に軟禁されていたが、密かに同志を募り、前王と王妃暗殺の証拠を集めていた。
「私の動向に気づかれていたようだな・・・」
魔族狩りの最中、何者かに薬を嗅がされ意識を失い、気づけば魔の森にいた。
すぐに命を奪われなかったのが幸いである。
(誰かが密告したのか)
同志たちの顔を順々に思い出したが、今は犯人探しは後回しにして脱出方法を考えなければならない。
陽は落ちたがソロモンの指輪が灯す金色の明かりで森を歩くことはできる。
しかし、安全な場所で朝を待った方が無難だ。
樹の上や陰はどうだろう。
休む場所を物色していたその時。
「キェー!!!」
雄叫びとともに頭上から複数の人影が降ってきた。
たちまちリーザはオークの群れに囲まれる。
魔族に属するオークは、自分とさほど変わらない背丈であるが、醜く獰猛な牙を口元からのぞかせている。
腰の長剣を抜くが多勢に無勢であり、切り抜けられるのか。
「勇ましい姫君だな」
オークの囲いを抜けて漆黒の髪と瞳の男が優雅な足どりでやってきた。
オークたちが一斉にひざまずく。
息を飲むほどの神々しい美貌。
魔族の王族のみに許された神々の面差しを持つ者と言えば・・・。
「魔王ラディリオンか」
リーザは長剣を握る手に力を込めたが、突然、金縛りで身動きがとれなくなった。
するりと長剣が地面へ落下する。
手足を動かそうとしても石のように重く、睨みつけるのが精一杯だった。
リーザは魔界の王宮へ連れて行かれた。
魔族に捕らえられたリーネ族の末路は悲惨だ。
生きながら皮を剥がされる者、手足や耳を切断され目玉をくり貫かれたり、全身を焼かれたり、苦痛を散々に与えられた後、殺される。
女はさらに悲惨である。
散々、陵辱を受けた後、乳房を切り取られ、局部に槍を刺された状態の死体をリーザは見たことがある。
これ見よがしに、魔族はリーネ族の切り刻んだ死体を打ち捨て、己の仕業を誇示するのである。
親の敵も取れないまま、魔族に汚され生き地獄の中で死ぬのか。
リーザの瞳からクリスタルのような涙がスッーとこぼれ落ちた。
そんな目に遭うくらいなら、自死を選んだ方がマシだが、舌を噛みきろうにも口の中まで麻痺していて、ままならない。
もう、どうとでもなれ。
破れかぶれな心境になった。
果たして、魔王ラディリオンの寝所に通され、屈辱の一夜を過ごすことになる。
太陽の届かぬ魔界では、リーザはなすすべがない。
ラディリオンに求められるがままに体を開き、誰にも踏み込ませたことのない聖域の中へ彼を入れた。
しかし、驚いたことに、ラディリオンとの同衾を不快に感じなかった。
肌と肌がよくなじみ、離れた後が切なくなるくらいだった。
もっと、驚いたのは、行為の後のラディリオンのセリフであった。
「そなたを我が妃として迎えたい」
「は?」
思わずリーザは頓狂な声をあげた。
魔族と婚姻?
信じられないという風に、リーザはまじまじとラディリオンを見た。
リーネ族と魔族双方の王族との婚姻による融合政策を唱えたのは父王だった。
しかし、純血主義である一族の猛反対にあい、政策は頓挫する。
反対者の筆頭が叔父のリーフェイスだ。
(この男、父と同じ考えなのか)
長引く魔族との戦乱にリーネ族は疲弊していた。
王族同士の婚姻は和睦を意味し、前王の考えに共鳴した者は少なくなかったが・・・。
「魔族との婚姻など私の叔父が許すまい」
「現王リーフェイスか。ならば、そなたが女王になって、決定をくだせばよい」
「簡単に言うな。リーネ族を支配しているのは現王だ。
王統は息子のリージェントに受け継がれ、私の出る幕ではない」
「姫君は野心に満ちた瞳をしている。とても王位を諦めているようには見えないぞ」
「・・・・・・」
リーザは見つめられることに照れたように、そっぽを向いた。
「リーネの姫よ。我らは地上の覇権を諦めるつもりはない。
地上で暮らすことは我が一族の悲願であり、一族の望みを叶えるのが王たる私の役目だ。
だが、我らの望みのためにリーネ族を殲滅するつもりはない。」
「私の父も長引く戦いに終止符を打とうと魔族との和睦を画策した。
だが、反対する一派がいて、その頭領である実の弟に父は殺された。
私は王ですらない。むしろ、現王に反抗的な不届き者よ。お前の妃になる価値はないぞ?」
「そなたが私の考えを知っていてくれればよい」
ラディリオンはリーザの腕をつかみ抱き寄せた。
「なっ!?」
リーザは抗ったが、しっかりと抱き留められる。
「リーネの姫よ。私の心臓の音が聞こえるか」
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